“アリス”


“これはあたしからのプレゼント”




“今から話すことは”

“全部、本当のことさ”







―消え逝く者の墓場―
〜Enigma〜









ふわふわ、ゆらゆら。



体が宙に浮く感覚。


私はどこにいるの。



また、夢の中なの。









「夢の中なんかじゃないさぁ」






聞きなれない声が脳内に響く。


さっぱりとした、女の人の声だ。




「君は今ここに、いるでしょう」






真っ白な世界じゃない。

でも、どこか夢のような世界だ。





左右には絶壁のような崖が存在していて。




見上げる空は汚れたような色で気持ちが悪い。


それしか見えない。

視界は霧のせいで悪い。




霧があるのに絶壁と空が見えるのは甚だ謎だけれども。







歩き出そうとした、けれど。

何かに引っかかって転ぶ。



「……っいったぁ」



起き上がって自分の頬に触れる。




ぬちゃ、と嫌な感触が私の頬に伝う。



「……え」






手のひらには、血。


自分の血じゃない。

赤黒く、乾きそうな血だった。





「なっ……!」




視界が晴れてくる。

霧が、引いてきたのか。





私の下にあるのは、トランプ兵。


いるのではなく“ある”んだ。





首のない、クローバーマークのトランプ兵。





「……っう!」


「知っているかい、アリス」




笑い声と共に先ほどの女の人の声が聞こえる。


脳内にではなく、耳に伝わっている。




……どこに、いるのか。






「トランプ兵にも意味はあるのさぁ。

スペードは庭師!
クラブは兵士!
ダイヤは廷臣!
ハートは王子や王女!

ちゃんと役割を持っているのさぁ」




軽やかに、上から現れたのは髪の短い女性。


背が高く、笑顔が似合う。



左の目元には十字架のようなマークがあしらわれている。





「初めまして、アリス。あたしはエニグマ、役なしさぁ」





綺麗にお辞儀をして目を開いた。






「ここは、どこ」

「見ての通り」





にこり、とエニグマは笑う。



見ての通り……




周りを見渡すと、たくさんのトランプ兵。

それに、一般市民のような人。





血塗れで、倒れている。


夢じゃない。

感触がある。




なんでどうして。
私は寝ていただけなのに。




何も入っていない胃から液体を吐き出す。


何度も、何度も。
嗚咽を漏らして。





「酷いなぁ、アリス。君だってそいつを

“殺したろ”」




作ったような笑顔で、エニグマは私を指さす。
私の、後ろ……?





そこにいたのは、確かに。

―帽子屋―




「ひっ……」





なんでこの人がここにあるの。



近くには三月兎と眠りネズミも“あった”。






目元を押さえようとして、汚れている手に気が付く。


「見えてないふりをする?聞こえないふりをする?何度も何度も吐き出して、気持ち悪いと軽蔑してさぁ。


でも“それ”を殺したのは“君”だろ」




違う。
違う違う違う。



私は、私は。

そうだ、汚れたけれど。
私は悪くない、悪くないんだ。



だって、


「“そうしなければならなかったんだから私は悪くない”」




エニグマが見透かしたように私の耳元でそう呟いた。







時間が経てば消えると思った。

そんなわけない。



みんなみんな。

この世界でも、生きているんだから。





「昔のアリスの死体はないよ。元の世界に、行っちゃったんさぁ」

「……でも、あっちの世界で私は10番目のアリスが死んだなんて聞いてない」

「忘れてるだけさぁ」

「忘れてない!……私はリアルの記憶を、持っているから」






エースは言ってた、1年以上前に双葉はこっちで死んだ。



それだけ長い期間が経っていれば、そういった連絡はある。





「……アリス、矛盾点に気が付いてくれるかな?」

「矛盾……?」

「時間の矛盾さぁ」



時間の、矛盾。



確かにおかしいんだよ。



双葉がいなくなったのは2か月前。

でも死んだのは、1年以上前だという。







からからと楽しそうにエニグマは笑って私から離れた。






「苛めるのはそろそろやめよう。さて、お気付きかもしれないけれど、ここは墓場」


言葉を続けて、笑う。





「命を奪われた可哀想な人たちの、ごみ箱さぁ」




ごみ箱。



確かに、墓場にしてはお墓が建っているわけじゃないし。

乱雑に、死体が放り投げられているというべき状態。





「そしてあたしは墓場の番人をしてるかっわいそーな役なしエニグマさぁ!女王様も酷い役目を押し付けたもんさぁ」

「……さっきから思ってたんだけど、役なしってなに?」


「役なしは、君たちのようにスペード、クラブ、ダイヤ、ハート。どの役柄も、数字も、与えられてないことさぁ」


君たち、って。



私は。





「私にも役が、あるの?」

「知らなかったのかい?」




知らなかった。


誰も、そんなこと言ってなかったから。



――ゲームの期限はあと少し。


エニグマが小さく笑う。






「君に勝ってほしいからいいことを教えてあげよう」




人差し指を立てて口元に持っていくエニグマ。




「アリス、これはあたしからのプレゼント

これから話すことは……全部、本当のことさ」






エニグマは妖しく、笑った。











全部は教えられないよ、あたしは女王様みたいに世界を把握してるわけじゃないからね。

時間がないから、簡潔に。

あたしの知っていることを、話していいことだけを。
話してあげよう。





エニグマは相変わらず笑顔を崩さない。




「この世界はね、何度も何度も繰り返されているんさぁ、あの子によって」

「あの子?」



どこまで話していいのかわからない。

“あの子”は、話しちゃいけないのかな?





「あ、そうそう、役なしの話、あたしと白ウサギの2人だけさぁ」

「なんで、役がないの?あぶれたの?」



うーんでも白ウサギは重要だから役が合ってもおかしくないとおもうんだけれど。





「あたしたちは、女王様に作られたわけじゃないからさぁ」


……どういうことだ。

リアルの人間ってこと?


いや、私たちにも役はあるんだよね?




よく、わからない。





「あたしたちはクイーンが大好きなのさ」

エニグマは寂しそうに笑う。



「あたしたちは、消えられない」





なんだか、違和感がある。


白ウサギはクイーンが大嫌いだと、言っていた気がする。






「あぁそうそう!君の役についても話しておいた方がいいかな!」





カチカチカチ。

時計の音が近付いてくる。




「君のカードは、オニーチャンと対になるカードさぁ」






そこで、エニグマの姿は消える。

墓場が、崩れるように消えていく。





「ちょ……っと!」



まだ、聞きたいことがある。


謎が残っている。





オニーチャン?

お兄ちゃん?




あの子?

女王様?
クイーン?




エニグマの正体は?


















目を覚ます。


さっきのは夢、だったのか。

いや、夢なんかじゃなかった。




確かに、感じた。



部屋を出るとジャックが私に気付いて優しく笑う。





「おう、アリスはよ」

「……おはよう。エースは?」

「まだ起きてねぇよ」

「ジョーカー、は」

「んー、どっか行った」




静かな朝。


ジャックの隣に座ってパンを口にする。



「ジャック、墓場って知ってる?」

「墓場なんてあんのか?」

「うーん、知らないならいいや」



普通じゃわからないところにあるんだね、やっぱり。

きっと、エニグマのこともわからないと言うんだろう。



「今日は、行くか……ハートの城」

「うん……でもその前に、行きたいところがあるんだ」

「行きたい、ところ?」







確かめたいことが、あるんだ。





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