「うっ……」
「あーあ、この包帯野郎、可愛いアズミを殺しちゃってさぁ」
帽子屋さんがジョーカーを蹴って、笑う。
「ま、どうでもいいんだけどね?」
涙が零れる。
自然に、無意識に。
ぼろぼろ、ぼろぼろと零れていく。
「うっ……」
「いいねぇ、アリス……最高に絶望に浸ってる。今が食べ時かな」
頭おかしいよ。
誰が?
帽子屋さんが?
「いただきます」
ぱぁん。
軽やかな音が響いた。
すぐあとに、重たいものが倒れるような音が耳を揺らす。
私の手には、ジョーカーにもらった小さな銃。
帽子屋さんの額に、綺麗に一発。
もう一度問おうか。
頭おかしいよ。
誰が?
帽子屋さんが?
いいや。
「うっ……ひっ……あは……」
私が。
おかしいのは私だ。
「あははははははは!!」
柵が、何もなかったかのようにフェードアウトする。
死んだ。
死んだ死んだ死んだ死んだ!!
みぃんな死んじゃった!
「あっは、私のせいでぇ!」
私が弱いから。
そう、私のせいで。
あぁ、馬鹿みたい馬鹿みたい。
笑いが込み上げてくるのに、笑いが止まらないのに。
比例するように涙がぼたぼたと零れてくる。
もう元には戻れない。
するり。
銃が手から零れ落ちて倒れているジョーカーに当たった。
「……あっ」
思わず声を漏らしてジョーカーを見た。
――微かに。
微かに、指が動いた。
彼の指に触れる。
まだ、あたたかい。
心臓も、弱いけれど動いている。
微かに脈打つ音が聞こえる。
……生きている。
慌てて立ち上がって、他の2人を探した。
生きている。
みんな、生きてる。
でも私に3人なんて運ぶことはできない。
誰でもいい。来てほしい。
キング。
ナイト。
お願い助けて。
3人を助けて。
このままじゃ助からない。
助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて助けて。
ジョーカーの包帯が、目に入る。
――助けられる。
聞こえてくる。
微かに聞こえてくる気がした。
あの気持ちが悪くなりそうな、
英語の歌。
「……ハンプティ・ダンプティ!」
あの不気味な少年を思い浮かべた。
「我を呼んだ?」
うん、呼んだ呼んだ。
この子なら助けてくれる。
願いを、叶えてくれる。
「ハンプティ・ダンプティ!お願い、ジョーカーとジャックとエースを助けて……何だってあげるから!何でもあげるから……っ!」
私はどうなったっていいよ。
心臓を取られたって、かまわない。
だから、
「だから、助けろ!ハンプティ・ダンプティ!」
「乱暴だなぁ……いいよ、助けてあげる」
急に襲ってくる、痛み。
左耳に、ありえないほどの痛みが襲ってくる。
「……っ!」
あぁ、これが代償か。
たったこれっぽっち。
みんなが助かるなら、大したことないや。
気が付けばハンプティ・ダンプティはいなくなっていた。
左耳に触れる。
感覚がある、ちゃんと耳、ある。
――でも、何も聞こえない。
左の世界が、遮断された気分だ。
聴覚を、奪っていったというのか。
一気に疲れが襲ってきた。
私は抗わずに、意識を手放した。
……どれだけの時間が経ったのだろうか。
「――……」
「……い、おいっ!」
目を開くと、ジャックとエースが心配そうに私を見つめていた。
「よか、った」
生きてる。
いなくなってない。
ちゃんと、あたたかい。
「大丈夫か?」
「……私は大丈夫だよ」
珍しく、ジョーカーがいる。
まだ、いる。
「びっくりしたー大怪我したはずなのに……なんだろうこれ」
けがのない体を見つめながら右側にいるエースは不思議だと繰り返す。
……ポイズンと途中で変わってたのかな。
「……おいっ!!」
「うわぁ!びっくりしたぁ!急に叫ばないでよ!」
「あ?ずっと呼んでたんだけどよ」
「……え」
あ、油断してた。
左側、聞こえないんだっけ。
ジョーカーが、私をにらんだ。
ジャックを押しのけて、私に近付いてくる。
「……卵か」
卵?
……あぁ、ハンプティ・ダンプティのことだっけ。
なんか、怒ってる?
「……」
「おかしいと思ったんだ。死ぬくらいの怪我を負っていたはずなのに傷がなくなってるなんて」
「ジョーカー、今日はよく喋るね」
「うるさい。お前あいつに俺たちを助けるように言っただろう」
肯定したら、どうなるの。
なんで怒ってるの?
私だって……
「私だって、みんなを助けたいんだ」
「は、足1本とかなくさなくてよかったな」
恐ろしいことを言わないでよ。
ジョーカーは何でか怒っている。
「自分を犠牲にしてまで助けられても、嬉しくなんかない」
「いいの!私なんてどうなったって、みんなが助かったんだから……」
「お願いだから……自分を大切にしてくれ」
ジョーカーが切ない声でそう、呟いた。
「じゃあ、みんなも自分を大切にしてよ」
守られるばかりじゃいやだ。
「わかった……悪い」
「片耳聞こえないくらいなんともない!!」
「……聞こえないって、なんだよ」
ジャックが驚いた顔を浮かべる。
「……願いを叶えるために、自分の一部を犠牲にしたんだ」
ジョーカーが私の代わりにそう返した。
「俺たちを助けるっていう、願いのために」
ジャックがそれを聞いて、黙り込む。
「……あーもう!湿っぽい雰囲気やめよ!私は大丈夫、みんなも大丈夫でしょ?早く扉探そう、時間ないしさ!」
「……うん!」
もう少しで終わるんだ。
絶対に、見つけてやる。
綺麗になっている手のひらを眺める。
みんなに触れた時の血が、残っている気がした。
まだ感触に残っている。
跳ね返った血。
残っているような、気がして。
もう戻れない。
私は汚れてしまった。
だけど構わないよ。
だって、みんなと
お揃いじゃないか。
みぃんな、汚れているんだから。
それでいい。
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