気付いた時には


もう手遅れで



失いたくないものほど


手から


零れていく――……











―彼女の喪失―
〜I regret because......〜

















私の目に入ったのは緑色の、





マフラー。




ジャックがいつも身につけている、マフラーだ。



あの人が言っていた、緑色。





「……緑」

「だから……緑がどうしたんだよ?」





不思議そうにジャックが言う。




……そうだ。

緑なんかこの世界に溢れるほどそんざいしているわけで。



ジャックが“あの人”であるとは断定できない。





彼女は他に何か言っていただろうか?


……彼女?




「アリス?どうかした?」



私は何で今、性別もわからない人間のことを“彼女”だと断言したのだろうか。



そんなことよりも、そう。

彼女は何を言っていた?




“時間だよ、アリス”





そう……その後だ。





“思い出して?”




思い出して、そうあの人は言っていた。


……何を?





ジャックをジッと見ると、彼は怪訝な目で私を見ていた。




マフラーに視線を移す。



「……あ」





思い出した。


ねぇ、思い出したよ。



私はそのマフラーを、見たことがある。





ここに来たばかりの時は、あのときは……状況が理解できなくて、気付けなかった。





私はジャックに近付いて、マフラーを引っ張った。




“さりげなく、刺繍されているの。綺麗でしょう?”




そういって、昔彼女が嬉しそうに見せてくれた、蝶の刺繍。

彼女がずっと愛用していた、マフラー。






これは、紛れもなく。


「双葉……」




親友の……双葉の、マフラーだ。





「双葉?つぅかひっぱんなアリス!首しまってる……っ!」

「ねぇ、このマフラーどうしたの!?」

「はぁ!?……これは貰い物、だ」





ジャックは小さく呟いて、俯く。




「誰に!!何処にいる人に!!」




双葉がいる。

ジャックが双葉の場所を知っている。




やっぱり彼女は、この世界に来ている。



そして、“彼女”が救ってと言っていたのは、ジャックなんだ――……



「……アリス」



ぽつりと、私の呼称をつぶやくジャック。



「何?」


「お前を呼んだんじゃねぇ。これをくれたのは、アリスだ」





……は?

「10番目のアリス……彼女がくれた」






10番目。


私の前のアリス。





それが、双葉?





ジャックは悲しそうな目で私を見た。



「だから……!アリスは……彼女はもう、いない」




そうか。


昔のアリスは死んだ、ってジャックは言っていたね。






“彼女”を亡霊だってクイーンは言っていたね。









“彼女”が……双葉なんだ。




親友は、もうこの世界にはいない。

リアルにも、いない。




つまりそれは、死んでしまったということを示している。



リアリティがないから実感がなかったけれど。
……こちらで死んでしまえば、やはり存在はなくなってしまうのか。







“好きだ、アリス……好きだ”


あの時のジャックの言葉は
10番目のアリス、双葉にむけたものだったんだね。




“あの人を、助けて”

双葉は言っていた、助けてって。




心配だったんだ……ジャックのことが。




想いが通じていたのか、そうでないのかはわからない。

けれど、確かに両想いだったんだ。






最初に会ったときに
アリス、の名前を聞いてジャックが動揺したのは……





彼女を忘れられないのに、次のアリスが来てしまったから。





失いたくなかった。


彼女がいたという証を

彼女を好きだったという想いを。



だから、アリス……私を双葉に重ねていたのかもしれない。





それが、「アリスを守るのが俺の役」と言った理由なのだろう。






「……アリス」


……私のことだよね?

「なに?」




「双葉、っていうのは」


彼はおそるおそる聞いてきた。

私はそれに、控えめに答える。



笑って答えることなんて、できない。







「10番目のアリス……彼女の名前だよ」





もう、存在していない彼女の名前だ。




失ってしまった。
助けることができなかった。





……親友を。





「双葉、」



マフラーをぎゅうと掴んでジャックは呟いた。



苦しそうに。





エースがつまらなさそうな表情を浮かべてジャックをにらみつけた。


「前のアリスが死んだのは、1年以上前の話じゃん」



未練がましいよと、エースは言った。





待って……1年以上、前?


そんなの、おかしいよ。







「それに、俺知ってるよ。10番目のアリスを殺したのは……ジャック、あんたでしょ?」






「えっ?」






ジャックが……


双葉を?









「違う」






後ろから声が聞こえた。

最近聞いたような声で、酷く懐かしく感じる声。




……そこにいたのは。






「双葉……?」






生きているはずのない彼女。

その彼女が、立っている。



私の目に、映っている。






「歩、ありがとう」



触ろうとしても触れられない。

私の手は宙しか掴むことができなかった。





双葉は「私幽霊だから」といって笑った。


幽、霊。





「……双葉」

「あなたに名前で呼ばれると、なんだかうれしいね」





双葉が柔らかく笑う。




ジャックを見て、口を開いた。



「ジャック、私が死んだのはあなたのせいじゃない」





「どういうこと?」

私は全然ついていけない。



ジャックが双葉を殺しただとかジャックのせいじゃないだとか。





私がそう言うと、双葉は私を見て笑った。





「私ね、この世界に留まろうとしたの……ジャックと、一緒にいたかったから」





言葉を続けて、彼女は説明する。


「そうしたら、クイーンが『ゲームにならない』っていって、私は殺された……正確に言えば、死にかけていたけど、まだ生きていた」

「それで……」

「私は、どうせ生きられないからって……ジャックに頼んだの」




――どうせなら最期は、あなたに殺されたい。


言葉を吐き終わって下を向く彼女。





「でも……それのせいで、ジャックに余計な物を背負わせてしまったね」





悲しげに双葉は笑う。


ジャックに近付き、ジャックの頬に手をやる。



実際は触れることはできないが、本当に触れているように私には見えた。






「ごめんね……もう、いいから」

「……良くねぇよ」



双葉は、ジャックに立ち止まって欲しくないんだ。


ジャックが過去に囚われて、動くことができなくなっているから……心配なんだ。







「私が良いって言ってるの、そもそも私が頼んだんだからジャックは気に病む必要ないじゃない。だから、下を向かないで、前を見て……進んで?」

「……双葉」

「さよなら、ジャック」








ジャックの言葉を気にせずに、双葉は別れのあいさつを零す。





ジャックは双葉を

抱きしめるように
包み込むように




まるで、本当に触れているかのように。





双葉は消えた。

笑いながら、嬉しそうに





だけど

微かに、涙を零している……そんな気がした。





ジャックは、自分の手を静かに手を見つめ、握りしめた。





「アリス」

「……何?」

「進もうぜ、前に」





そう言って笑ったジャックは、もう過去になど囚われていなかった。



「うん」






私は後悔した。彼女を救えなかったことに。





だけど
それでも、私達は進まなければならない。


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