訓練だから。
奴隷だから。
ここではそんな風に人間をいたぶって、殺すこともざらじゃなかった。
気にくわないから殺す。
役に立たないから殺す。
でも、増やしていくから減らない。
子供を売るだなんて、少々狂気じみたもんだと思う。
「八王子さーん、今日も使わないんですか?」
商人の男、安川がへらへらと優しそうな顔で八王子平助に話しかけてくる。
拠点が奴隷市場と併設されているこの軍は、「奴隷の訓練のため」夜は金もなしに借りることができる、だとか。
そういう目的でも売ることができるように。
正直人間を道具のように扱うことに平助は嫌気しか感じられなかった。
けれど、今日は。
少しだけ、気まぐれに、気になる子がいたので借りてみようか、とか思う。
「……そうだな、あのぼろぼろの子」
「あはは、みんなぼろぼろですけど」
クソが。なんて言えばいいんだよ。
番号なんて見えねぇよ。
平助は悪態をついて少年を見つめた。
他の子より怪我をしていてぼろぼろだ。
前髪が長くて、なかなか表情が見えない。
「嘘嘘、276、これでしょう?」
安川は牢の中に入っていって見ていた少年を掴んだ。
あぁ、その通り。
平助は少年を受け取る。
少年は、大人しく平助の後をついてきた。
「八王子さん、次の日には返してくださいねー」
安川はまたへらりと笑う。
平助は適当に返事をして、少年を連れて自分の部屋へと向かった。
少年は部屋で隅っこにちょこりと座った。
平助はそれをみて表情をしかめる。
「おい、こっち来い」
「……は、はい」
おどおどしてんな。
もしかしたら怪我してんの、訓練だけじゃなくて、前の人間にこの性格のせいで殴られたりしたのかもしれない。
少年は控え目に平助の近くへと寄る。
「名前は?」
「……く、ずみ。久住」
「……俺は下の名前を聞いてんの」
「下の名前が、久住、です。名字は……覚えて、ないです」
表情は見えないが久住と名乗る少年は今にも泣きそうだった。
気に入らない奴隷は殺していいだとか誰かが言っていた。
よく、死ななかったなこの少年。
「俺は八王子平助、よろしくな」
「……」
久住は不思議そうに口を小さくぽへらと開いていた。
何故名乗るのか、そう言いたげに。
「まぁ、座れ」
ベッドをぽんぽん叩いて指示したのにも関わらず久住は床に座った。
何でだよ、こっちだっつってんのに。
平助は呆れたように立ち上がりつつ、久住を抱きかかえてベッドに座らせる。
ちょっと待ってろ、と伝えて救急セットを手に持って久住の元へと戻った。
下手くそな包帯を取って、怪我の治療をする。
よし、これでいい。
しっかりと包帯を巻いて、治療を終わらせた。
「……?」
また、不思議そうに久住が首を傾げる。
風呂に入れてやりたいけど怪我が多くて痛いだろう。
久住を選んだのは、他の子供よりぼろぼろで、それでいて治療もろくにされていない。
だから、治療でもしてやろう。
それだけだった。
「あぁ、デコも怪我してんのか」
前髪をかきあげて、額を見る。
久住は驚いたように目を見開いた。
その瞳は、平助や他の子供と違い、灰がかった青い色、だった。
「……お前珍しい色、してんな。外人か?」
名前は日本人だけど。
日本生まれの外人、とか。
「わかんない、です。でも、気持ち悪いって」
そういって、売られたのか。
それとも、それが理由でボコられてんのか。
とにかく、ロクな目には合っていないらしい。
久住はぺたりと平助が治療した箇所に触れる。
「……ありがと?」
ふにゃりと表情を崩して久住は笑った。
ここにいる奴隷とは思えない、感情のある笑顔だった。
この場所にいる子供達には、一部を除いて表情なんて見られない。平助は少し驚きながら久住を見た。
久住ははっとしたように、ありがとうございますと言葉を直す。
「温かいもん作るか……ちょっと待ってろよ」
平助は久住の頭を撫でて立ち上がる。
数少ない材料でスープを作ってみた。
「久住」
美味しいかどうかは保障はできないが。
戸惑う少年に平助は命令口調で「食え」と告げる。
久住は慌てたようにそれを受け取る。
「あったかい」
皿越しに伝わるスープの温かさに久住は表情を綻ばせた。
普段布団の中ですら眠れないような生活送ってるんだもんな。さぞかし寒い生活を送っているのだろう。
子供になんて生活送らせやがる。
少年は涙をぽろぽろ落としながらスープをすすった。
食べ終えたらしい皿を受け取って平介は久住を布団の中へと誘導した。
「俺、もう少しやるこたあっから寝てろ」
「……え、でも」
「俺同性愛とか子供抱くとかそんな趣味ねぇから。つーか嫁さんいるから困ってねぇから」
つらつらと平介は言葉を重ねる。
不思議そうに久住は何度も首を傾けた。
「その怪我治療したかっただけだからよ。普段布団で寝れねぇんだろ?たまにはちゃんとしたところで寝ろ」
「お、俺っ、そんな失礼な……」
「なぁにが失礼なんだ。餓鬼は黙って従え!布団で!寝れ!」
平介は半ば無理やり久住を布団に押し込んだ。
少年は困った表情を浮かべながら布団をぎゅうと掴む。
「はちおーじさん」
「あ?何だ久住」
平介を見て、久住は小さく笑った。
ごめんなさい、何でもないです。
そういって、えへ、と笑って。
少年は布団の中へと隠れるように潜り込んだ。
兵士と奴隷
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