春樹は粉々になったソレイユを睦月に渡す。
それで解明なりなんなりできれば、打ち消す薬が作れないかなぁ、なんて。
薬を薬で打ち消すなんぞ、滑稽極まりない話だけれども。
何故それを持っているのか。
何をしてきたのか。
睦月は心配したように、責めるように春樹を問い詰めた。
春樹は苦笑いでそれを受け流す。
「俺、疲れたから寝るわー!むつきちじゃあね」
「おい、槇田……!」
「落ちてたの!それ!安土さんの落とし物か何かじゃない?」
「落ちてたものがソレイユだなんて断定はできないはずだろ……槇田!」
春樹は睦月を無視して、逃げるように部屋へと向かった。
「……あぁ、春樹。丁度良かった」
部屋の前には刹那の姿があった。
珍しい。来ることなんて滅多にないのに。
彼はつまらなさそうに目を逸らして、口を開く。
「党首から。明日は見回りじゃなくて殲滅任務に変更」
「うえー、楽できると思ってたのにぃ」
「今日休みだったんだからいいだろ……そういえば、どこ行ってたんだ?」
あーあ、普段はそんなこと聞かないくせに。
こういう時に限って詮索するようなこと聞くの。
「色々ね。疲れたよー刹那、癒やしてー」
「ひっつくな気色悪い」
あ、冷たい。
春樹は刹那にじゃれるようにくっついてみたものの、すぐに離れられる。
「可愛い女の子とかちょうだいよ!俺に!癒しを!!」
「うるさい気持ち悪いお前少し黙れば?」
何でそんなに冷めてるんだよ。
春樹は口を閉じた。
静かになった春樹を見て、刹那は首を右に傾けた。
春樹は刹那の右耳をちらりと目に入れる。
今はフープの小さな黒ピアス。
少し前までは……商品の番号だった、それ。
「あの、さ……刹那」
聞いていいのだろうか?
あの薬売人はおそらく、刹那が奴隷だった頃の関係者で。
それで刹那が、俺の姉かもしれない人物を知っている、らしくて。
……それって、俺の姉は。
奴隷、だった?
それか、奴隷商人側の人間?
両親がいたことを、なかったことにすらしているのだからおそらく……奴隷側だろう。
何で。
何で俺は売られなかった?
姉だけ、どうして。
「……春樹?どうした?」
刹那が不思議そうな顔を春樹に向ける。
ゆっくりと、春樹な俯いていた顔を上げた。
「ええと」
ひとつだけ。
ひとつだけ聞いてみよう。
嫌な思いはさせたくないし。
……刹那のことだから、どうでもよさげにしてみせるだろうけど、奴隷の話なんて俺が嫌だから。
「刹那、さ、知り合いに……槇田っている?」
「……お前は自分の名字も忘れたのか?」
「そうじゃなくてぇ!!俺以外に、いたりしなかった?」
刹那は思い出すかのように、右上に視線を動かした。
「ほ、ほら……小さい、頃、とかに」
ぎこちない言葉を吐き出す。
刹那はその言葉を気にする様子も見せず、しばらく黙ってから再び春樹へと視線を向ける。
「……いや、いないな」
「そっ、か」
「それがどうかしたか?」
「いや、何でもない!」
刹那が知っていたとしても、知っていたからといってどうするつもりだったんだ。
春樹は自分を無意識に、意味もなく責めながらへらりと作り笑いを浮かべた。
うんと昔の話で、今の所在なんてわかるわけないのに。
どうなっているかなんて、刹那にもわかり得ないだろうに。
「……俺出掛けて疲れちゃったから寝るわ」
「あぁ……おやすみ」
刹那の手が、春樹の頭の上に乗った。
ぽふ、と何度か春樹の頭を軽く叩く。
何を思ったか、普段はそんなことしないくせに。
「何、刹那」
「ん、軍医殿の真似」
「変なの。むつきちに撫でられるの?子供みたいだね」
「医務室で寝てたら勝手にしてくんの」
おやすみ。
再び刹那は呟いて、春樹に背を向けた。
離れていく刹那の背を眺めながら、春樹は作り笑顔をゆっくり崩していった。
あああ、変な顔してたかなぁ。
刹那があんな風にすることって……気を、使うようなことってない。
慰めるようなこと、あいつ普段しねぇもん。
顔を手のひらで覆って、大きく溜め息を尽きながら春樹は部屋へと戻った。
……姉については、今度帰ったときに親に聞いてみよう。
それこそ、売人の狂言の可能性だってあるんだから。
そもそも見た目がちょーっと似てるだけで姉弟なんて。
他人の可能性のが大きい。
こんなに動揺している俺がおかしい。
もっとも、帰るのなんて抗争が終わってからで、何年先の話かなんてわかりゃしないけど。
ベッドに倒れ込んで、全てを忘れるように目を強く閉じた。
その日の夢は、
幼い知らない男の子が、同じく幼い女の子を殺した、わけのわからない胸糞悪い夢だった。
鈍色ソレイユ
その太陽は、綺麗な色を放てずに粉々に崩れ去った。
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