指定された日、時間、場所。
そこに向かうと、春樹の目の前に現れたのは物腰柔らかそうな男性だった。
「初めまして」
春樹はお得意の人なつこい笑顔を男性に向ける。
「……君が電話してくれた子だね?」
「はい、そうです」
優しげな笑顔を男性は浮かべた。
性格良さげに見えるが、俺は騙されない。
この人は、人殺しの薬を売っている人間なのだ。
薬の売人は鞄から包みを取り出す。
ソレイユであろうものを手に取って、ゆっくりと春樹に手を向けた。
春樹はハンドガンを背に隠しながら、作り笑顔を浮かべ続ける。
売人はゆっくりと首を傾けて、春樹を細目で見つめた。
「……鉛は金の代わりにはならないよ」
その言葉と同時に、春樹は銃口を売人に向けた。
「怖い子がいたものだ。初対面の人間に銃口を向けるなど」
「悪人は死んでなんぼだろ」
悪人ねぇ。
男は嘲笑うように、春樹を見つめた。
春樹は不快そうに目を細める。
「それはそうと君──その毛、染めてんの?」
突然の下らない質問に、春樹は間抜けな声を出す。
春樹の髪は日本人にしては明るい茶色だ。
それも、地毛。純日本人なのに、珍しいらしい。
動揺させる作戦だろうか。
春樹は探るように睨みつけたまま動かない。
「……隙なんて作らねぇ」
「いや、いや。純粋に気になっただけ……じゃあ、上に姉とかいたんじゃない?君」
「……は?」
姉?姉ちゃん?
俺は一人っ子だ。何を言いたいんだ。
──春樹は親が何かを隠しているのも、何となくわかっていた。
一人っ子として育てられたものの、大分幼い頃に何か上に「大切な存在」がいたような気がしていた。
男の真意も掴めぬまま、春樹は動揺を隠す。
何かを、知っているのだろうか。
「君は笑うだろう?どんな時でも。周りに正義感が過ぎてるとも、言われない?」
何だこいつ。
気持ち悪い。知ったように、なにを言ってくれるんだ。
「……今、俺が笑ってるように見えるならあんたの目はおかしいだろうね」
「今は……嘲笑かな。大方今の行動も、誰かが薬で死んだから、かな?」
何だよ、わかったように!
その通りだから腹が立つ。
春樹が半ば無意識のように舌打ちをする。
男は楽しそうに、笑った。
手に持っていたソレイユの包みを、地面に落とす。
「君にそっくりな太陽みたいな子を、私は知っているよ」
落としたソレイユを、笑顔で踏み潰した。
春樹はそういう薬高ぇんじゃないの、もったいない。なんてどうでもよさげに考える。
それよりこの男は何て言った。
知っている、と。
俺にいたかもしれない姉の、存在を知っていると言った。
ほんの一瞬だ。
僅かにできた隙で、春樹の体が宙に浮く。
ぶわりと、浮いて、背中から地面に落ちた。
覚えのある感覚に、春樹は既視感を覚える。
そっくりだ。
何に?……刹那と、初めて対人訓練をしたときだ。
刹那も、こんな風に俺をぶん投げた。
ありがちっちゃあありがちなのかもしれない。
でも、同じような感覚。投げ方が一緒なのかもしれない。
「う、っ」
男に腹を踏まれ、春樹は呻き声を漏らす。
「生憎、私は言うほど君のお姉さんには詳しくないんだ。君は文治派と電話で名乗っていたよね、小野寺刹那と接触するといい」
嘘付け。知ったような口振りだったろ。
……というか、刹那?
「刹那を、知って……」
「あらら、知り合いなの。やけに親しげだ」
知り合いもなんも、バディだ。知らないはずないだろ。
男は黙ったまま春樹を見て、小さく笑う。
「あはは、いいねぇ。君は面白いな」
だから、何が面白いんだよ。
面白いこと、何もしてねぇよ。
「君の周りは、とても複雑だ。私の考えがはずれてなければね」
男の足が春樹から離れる。
春樹は腹を押さえて、男を睨みつけた。
「……君は殺さないでおくよ」
男は、妖しげに笑って春樹を見た。
──あぁ、勝てないなぁ。
春樹は自分が弱いと、横になったまま男が去るのをただ見てるだけだった。
落ち着いて、ぼうっとそれをただ見つめる。
ここからじゃあノーコンな俺の銃弾は当たらない。
その人は、殺せない。
逆に殺されるかもしれない。
「……ちくしょう」
何もできないんだ。
あの人の狂言に振り回されて。
あの人の戯れ言に動揺して。
逃がしてしまったのだ。
春樹は体を、ゆっくりと起こして。
粉々になったソレイユを、静かに持ち上げた。
売人と太陽
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