どうやらこの大きな建物は抗争に参加している兵士たちの家のようなものらしい。







部屋は刹那さんの部屋から少し離れた広い部屋。

こんなところを1人で使っていいのだろうか。




そもそも私は。

ここにいても、いいのだろうか。



ついていけなくて、されるがままだけれど。


私は、ここにいるべき人間ではない。



抗争中のどちらかを支持しているわけではない。
ここがどちら派なのかは知らないけど。




「……私」

ぐう、とおなかが鳴る。



その音は私のもので、あわててお腹を押さえた。



春樹さんが楽しそうに笑う。




「飯がまだだったな。風呂に入ってから食いに行くか」


私の格好は汚い。

これは当たり前だと思っていたけど、ここでは変な目で見られちゃうか。



きれいな格好が、当たり前。




「服は適当に置いといた。飯のときにでも色々説明する」

「あっ、1回で使えるお湯の量は決まってるから、まず湯船に溜めてそこから使った方がいいよー」




綺麗なこの場所は
汚い私には似合わない。




言われたとおり湯船にお湯を溜めて、私はあるもので全身を洗った。



さっとお風呂にはいってすぐにでる。

ベッドの上に投げられていた大きな下着、パーカー、ズボンを着込んで部屋から出た。



すぐそばに、刹那さんと春樹さんがいた。


壁に寄りかかって話をしている。




「あれ、早かったねー」




春樹さんが驚いた顔で私を見た。

それに首を横に振って反応を示す。



「……お待たせ、しました」


「ようやく喋ってくれた!」




春樹さんに突然抱きしめられて、体がびくついた。

刹那さんの溜め息が聞こえてくる。





「飯行くぞ、時間がない」


春樹さんに拳骨を1つ落とした刹那さんに手を引かれて私は歩き出した。






食堂、と大きな看板が提げられた場所に人はあまりいなかった。



どうやらもうすぐ閉まる時間のようだ。



食べたい物を聞かれて、首を横に振ると刹那さんが適当に物を頼んだ。

お金ではなくて、食券のようなものを渡す。




私の手に渡されたのは、お魚と白米、野菜が乗った定食のようなものだ。




近くの席に座って2人の「いただきます」に合わせて手を合わせた。




恐る恐る口に運んだ白米はすごく温かい。






「で、お嬢ちゃんには何を説明すればいいのかな」


ラーメンを口にいっぱい運んでいる春樹さん。




「まず初めに言っておくと、ここは但馬派……そうだな、所謂文治派と言われている方だ」


文治派。

まぁ、どっちだろうと今更だけど。



武力派よりはまだ優しいイメージは、ある。

抗争してる時点で文治も武力もない気がするけど。





「今日は外回りっていう、外の敵と戦う日だったんだけど、刹那っていーっつも1人でどっか行っちゃうんだよね」

「お前はいらない」

「酷くね!?バディ制意味なくね!?……んで、戻ってきたと思ったらお嬢ちゃんを背負ってきてたわけ」


やれやれ、と呆れながら春樹さんがお箸片手に私に説明する。




「ここの党首に『あの子の分も働くからあの子をここにいさせてくれ』だよ?くー、カッコいいね惚れるね!」

「……はぁ」

「何で溜め息はくの!?」



「……なんで」


ぽつりと。
言葉をこぼす。




ねぇ、本当ねぇ。
何で溜め息はくんだろうねぇ。

春樹さんのその言葉を聞いて刹那さんがまた溜め息をはいた。





そしてその後に、刹那さんがじっと私を見た。



真っ直ぐな瞳から視線をそらす。



持っていたお茶碗から少しずつ、温かさが消えてゆく。





「そこまで、してくれるんですか?」




だって。

知り合いじゃないし。
私なんてあの街から出られない価値のない人間だったし。
どちらかを支持してるわけじゃないし。



容赦なく、殺される側の人間なんだよ。





「……エリカ。覚えてないのか、今日のこと」

「……」



忘れるはずない。




“悪魔”に、両親を殺された。

あいつが、私の両親を奪った。





結局あの“悪魔”が誰なのか。
どちら側の人間なのかはわからないけれど。



可能性としては、今目の前にいるこの人っていうこともある。



でも、聞きたくない。
聞けなかった。


肯定されることが、怖かった。
否定の言葉を聞きたいと思った。






この人は、刹那さんは……
優しい、人だから。






「……1人で気絶、してたんですよね」

「あぁ、お前は独りだった」



唯一大切だった両親を失って。

居場所を失っていた。




「俺達ジジィと違ってお嬢ちゃんみたいな若い子には未来があるからさ、あんな所で怯えて暮らすのも酷いと思うんだよ、ね、刹那。だから助けたんだろ?」

刹那さんは小さく「あぁ」と返した。



ジジィ……っていう年には見えないな。
まだ20代くらいに見える……








「……俺は誰かを、救いたかったのかもしれない」


目を伏せて、小さくその人は呟いた。





私は深い意味がわからずに、やっぱり優しい人なんだなと思ったけれど。



その言葉を聞いた春樹さんの顔は、悲しそうに歪んでいた。




「そろそろ戻るか。食い終わったろ」



席から立ち上がったのを見て、慌てて私も立ち上がった。


お皿はさっきの場所の近くにあった返却口へ。



私の前を歩く2人の服の裾を引っ張って。





「……今日からよろしくお願いします」




そう言うと、2人は笑ってくれた。




私には、この人たちしかいない。
頼れる人がいないんだ。








部屋に戻って布団に沈む。

1人なのに部屋が広くて、寂しい。
恐怖さえ覚えた。



“悪魔”を見つけたら私はどうするのだろう。
どうすればいいのだろうか。



2人の青年と1人の少女


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