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私の第一の願いは、人類の病「戦争」が地上から消え去るのを見届けることだ。
― ジョージ・ワシントン



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嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ。

近付いてくるな。






“悪魔”が私に近付いてくる。



私は腰が抜けてしまい、必死に後ずさりをして逃げる。






顔の見えないその人は、長くて大きい銃を私に突きつけた。




その悪魔は、笑った気がした。



バイバイ、と、笑った気がした。





私はまだ

死にたくない。











「……っ!」



全身が気持ち悪い。

汗だくだった。




……夢、か。




体を起こして、震える体を抱きしめるように手をやる。


深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。




大丈夫。

生きてる。



お父さんとお母さんはいないけど。

私はちゃんと、生きてるよ。




布団から出て簡易キッチンに向かった。


置いてあったコップに水を入れて、渇いたのどを潤すために一気にのどへと流し込んだ。



これから、毎日。


あんな悪夢を見ることになるかもしれないなんて最悪だ。




どうしよう。

何をすればいいかわからない。


刹那さんの部屋に行ってみようかとドアへ向かうと、ドアの近くに1枚の紙が落ちていた。



ドアの隙間から誰かが入れたのか。


拾ってみると綺麗な字で「8時に迎えにいく」と書いてあった。


時計をみると、それは8時前を指していた。





タイミングを見計らったかのように、ドアにノックが響いた。





ドアを開けると、そこにはやっぱり刹那さん。






「おはよう」



眠たいのか元々なのか、笑顔とは言えない、だけど怖くはない表情を見せる。





「おはようございます」



そういうと頭をぽんぽんと撫でられる。

やっぱり温かい。




あれ、春樹さんはいないんだ。

周りを見渡しても明るいその人はいなかった。




「朝飯行くぞ……その前に寄るところがあるが」



寄るところ……?





昨日と同じ食堂への道の途中の、1つのドアの前で立ち止まった。


あれ、ここって確か、昨日春樹さんが入っていった部屋だ。



ということは、春樹さんの部屋か。





刹那さんが部屋の鍵であろうものを取り出して鍵を開け、ドアを開けた。



幸せそうないびきが聞こえる。




……爆睡している。



「春樹」



刹那さんの声に反応は見せない。



刹那さんは溜め息をついて、ベッドに近付いていった。



置いてあったクッションを手にとって、春樹さんの顔に勢いよく押し付けた。



時間が経つにつれ、苦しそうな息へと変わっていく。






「……ぐえっ!」

「おはよう春樹」

「おはようございます!待って苦しい!やめろください刹那様!」



バイオレンス。

クッションを退けると春樹さんは上半身を起こして勢いよく咳き込んだ。




「げほっ……死ぬかと思った」

「いっそのこと死ね」

「何で俺に対してそんな冷たいの!?昨日のロリコン発言とかまだ怒ってんの!?やめて、冷たい目で見下さないで!!」





刹那さん、春樹さんに対応違うよね……仲良いんだなぁ。



春樹さんを引っ張ってベッドから引きずり落とした。



「朝の対人訓練来れば良かったのにな」

「今日行ってたら俺の全身が悲鳴上げてたっぽいね!」



刹那さん朝から訓練していたのか。

大変なんだぁ、体を張る兵士も。




春樹さんと目が合ったので頭を下げる。

「おはよう」と笑いかけてくれた。





ご飯を食べるべく食堂へと向かった。





昨日と違って、食堂には沢山の人がいた。


急いで食べている人。
ゆっくりしている人。
他の人と会話をする人。
男。
女。


とにかく様々。




私に好奇の視線を向けている人も、いないわけではなかった。





「小野寺が女の子といるぞ……」

「まじだ、誰あの子」



小さな声で会話していても耳に届いた。



物珍しいものみたいに視線を送るのはやめてほしい。



「エリカ、お前は何を食うんだ」

「えっ、あ……何でも、いいです」

「ん、じゃあ無難に朝食セットでいいか」



頭を軽く掻きながら刹那さんが注文した。




春樹さんのお盆には山盛りのお米。


朝からよく食べるなぁ。




「今日何だっけ」

「ここの外周警備」


ばくばくと勢いよく食べ物を口にする。



私も皿の上のパンをちぎって口に運んだ。




「エリカ、夕方まで1人で大丈夫か?」

「……はい」

「変な輩もいないわけじゃないから、なるべく部屋にいろよ」




そっか、仕事もあるもんね。

……頼れる人がずっとそばにいてくれる訳じゃないんだ。




思い出したように刹那さんがポケットに手を突っ込んで紙を出した。


小さな食券だ。




「昼飯分な。そこで好きなのを頼めばいい」


箸で先ほどの注文口を指した。




……思ったんだけど。

この食券って支給されてるのかな?
だとしたら枚数って決まってるよね。


もらったら悪いんじゃないかな。





首を横に振ると不思議そうな顔をされた。


 

「売店で買うか?なら金の方がいいか?」


「もらえません」


何で、と返される。



言葉に詰まると後ろから上品な笑い声が聞こえた。





「遠慮はしなくていいと思う」






振り返ると、綺麗な女の人が笑っていた。


だ、誰?



「おはようございます」

「おはようございます、党首」




……党首?

って、たぶん。
1番えらい人。



女の人なの……!?





党首は2人におはようと言って再び私を見た。






「君とははじめましてかな」

「……はじめまして」


1番えらい人。

ちゃんと答えなきゃ。

ここに私を置いてくれている人。





「名前は?」

「エリカ、です。神楽坂エリカ」




「そう、エリカ。私のことはみんなのように『党首』と呼んで。
君の分は小野寺が働くらしいから安心してたかればいい」






たかるって……


党首が刹那さんの手から食券を奪い取って私に押し付けた。




「成長盛りの子は食べないと駄目だよ」





もう成長期は終わったような……


「でももらえる枚数って、決まってるんじゃ」

「それね、仕事量によって変動するの」





食券やその他何でも。

上げた功績によって待遇が変わる、だとか。



「足りなくなることはない、だから 安心しろ」と刹那さんは言った。




たくさん功績を上げているということか。




「はい、ありがとうございます」


「エリカ、良かったら私と話をしない?」




党首がニコリと笑う。


戸惑っていると春樹さんが「党首ならいいんじゃね?」と箸を置いてから言った。




「そうだな……俺たちがいない間預かっててもらっていいですか?」



そうだよね、1番上の人だもん。

みんなに信頼されてる。





でも、でもね。


私は何だかこの人が、
怖いよ。






2人は時間だと言って食器を下げようと立ち上がる。





「いってくる」と刹那さんが私の頭をぽんと1回叩いた。






「私の部屋に行こう」

そう言って党首に手を引っ張られて歩き出した。







党首の部屋は、私の部屋よりももっと広い。


すごいと思って、キョロキョロしていると




党首に手首を掴まれた。







力が、強い。






「あの……?」
「意味わかんないよね、本当さ」




力はどんどんと込められていく。


痛い。







「優秀な小野寺の頼みだから仕方なく受け入れたけど……実際、こんなの置く場所の無駄なんだけど」

「党首……?」




先ほどの綺麗な笑顔は消えて。

私を汚い物を見るような、軽蔑したような表情を浮かべるその人。 





「だって君、使えないよね?だから……あんな寂れた街に住んでたんでしょ?」



場所は刹那さんが言っていたのか。


党首が「あ」と笑って言葉を止めない。


私は声が出なかった。





「慰安婦とかやればいいのかな?体力馬鹿沢山いて大変だろうけど、何とかなるんじゃない?」




何もできないやつはいらない。
そう言っているんだ。




刹那さんの頼みだったから、渋々受け入れただけ。





やっぱり私なんて。


いらないんだ。






党首を押して離して、逃げるように部屋を出た。



走って、自分の部屋まで走る。






何かを誤魔化すように、布団に潜り込んだ。




1人の部屋はやっぱり
寂しくて、怖かった。



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