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体育祭(八木原、佐曽塚、早乙女)

■開会式(八木原)

『…宣誓!』

マイクを通して水神矢の選手宣誓が響く。今日は星章学園の体育祭だ。

今年、フットボールフロンティア決勝大会まで駒を進めた快挙を評価されたサッカー部。
宣誓を務める事になれば、それをするのはキャプテンの水神矢の役目だ。


「…堂々としていて凄いね」
「普段通りにしているだけだと思いますよ」
「そっか、普段からしっかり者だもんね」


名字は1年の時のクラスメイトで、サッカー部のマネージャーだ。
今はクラスが離れてしまったが、八木原と背丈も似通っているので
こういった行事の整列では男女交互になるので横になる事もあった。

お互いに根は真面目なのでこんな風に話す事はあまりないが、
今だけはひそひそ話に花が咲いた。



「八木原君は綱引きだっけ?」
「はい」
「パワー勝負だね…怪我とかしちゃ駄目だよ?」
「大丈夫。当たり負けしないように部で鍛えてますから」
「頼もしい、さすが慎ましき仕事人」
「それ、やっぱり何だか恥ずかしいです…。名字さんは何に出るんでしたっけ」
「私、体育委員だから線引きとかかな…」


出たい競技がなかった訳ではないようだが、体育委員でも競技に出る生徒の為に
裏方を一手に担ったようだ。クラスの力になれないのが後ろめたいらしく
名字の声のトーンはどことなく低めだ。


「…名字さんは自分以外の為に我慢し過ぎる所がありますよね」
「えっ…そう、かな?あんまり自分じゃ分からないかも…」
「今だって星章全体の為に出たい種目があっても委員の仕事に徹してるので…凄いなって」
「そんな大袈裟じゃないよ。私が出来る事は…」


そんな風に見てくれる人はいないので少し照れる。
何かしらの競技に出場するのがセオリーの体育祭では『サボっている』と
受け取られる方が多い為、八木原の褒め言葉は素直に嬉しかった。


「…僕らDFも、ゴールは守れても得点に関わる事は少ない。
 試合が終わった時やっぱり評価されるのは…得点圏に近いFWかなって思うんです」
「そんな、それでも八木原君達の守備がしっかりしてるから
 皆安心して攻められるんだよっ」


人差し指を口元に当て『はい、分かっていますよ』と答えた。名字の声が少し大きくなってきた事への注意だ。
水神矢の宣誓は知らない間に終わっていた。


「名字さんが今やってる事も一緒だと思うんです。
 裏方で用意したり進行してくれる人がいるから体育祭が成り立つ…そうでしょう?」


だから、クラス優勝の力になれないとか準備の大変さを知らない人の言葉は
気にしないで良いのだと控えめに微笑んだ。


「八木原君…。ありがとう、私切り替えて頑張るよ」
「はい、是非。今日の部活では、元気な名字さんに会いたいですから」


司会の教師の諸注意が終わり、クラス毎に移動が始まる。
その列を抜け、委員の仕事の為にテキパキと動く名字の姿に八木原は安堵した。





■部対抗リレー(佐曽塚)


『プログラム2番、部活対抗リレーの選手招集を致します…』


運動会、午後のプログラムの頭であるチアリーディングと吹奏楽部のマーチが終わると
お楽しみプログラムは一気に対抗色を増す。


「よっし、行こうぜ佐曽塚!サッカー部が1位取ってやるぜ!」
「まー、やるだけやってみよ」
「お前なぁ、もっとやる気見せろよー」
「オレはいつでもやる気満々だけどね〜、でもどっちかというと
 昼飯の後はゆっくりしたいタイプ」


折緒に呆れ笑いをされてもどこ吹く風、佐曽塚は飄々と収集場所へ向かう。


「あっ、待てよ早乙女と琴乃がまだ…」
「…あっ」
「あ?」


佐曽塚の進む方向から、向かうように進んで来る人影があった。
放送部だろうか、原稿を持った女生徒は小走りだ。


「やっほー」
「あ、佐曽塚君…次、選手なの?」
「そう」


同じクラスの名字だ。
男女分かれて体育の授業が行われるので制服とは違うジャージ姿は何だか違和感が拭えない。


「今日昼の音楽かけないんだ、残念…アレ聴きながらうとうとするの好きなんだけど」
「ふふ、じゃあかけなくて良かった。眠たいままじゃ佐曽塚君走れないもんね」
「えー」


猫口を尖らせて面白くなさげな表情をすると名字は可笑しそうに笑った。
放送部で何かするのか聞けば、部員の交代をするらしい。
部活対抗は兼部していると場のやりくりが大変なのだという。


「じゃあ今から名字が放送すんの」
「うん、あそこのテントで招集された人達を紹介して…実況かな」
「昼寝は出来ないけど名字の声聞いたら眠気のスイッチ入りそう。
 いつも曲の紹介の時から眠くなるし」
「えっ、それは…どうしよ」
「んー…。あっ」


佐曽塚は少し考えるような仕草をした後、閃いたようにパチっと目を開いて名字に言った。


「目の前に人参あったら走れるかも」
「人参?」
「ハンデあってもサッカー部が1位とったら、今度の試合見に来て。
 俺、サッカーしてる時は眠くならないから声聞いても大丈夫」
「え?」
「名字の声で応援してもらったらリラックス出来ていつもより調子良さそー。
 じゃあヨロシク」
「えっ?」


いつものペースでぽかんとした名前をその場に残し、招集場所に向かう。
いつの間にか集まっていた早乙女と琴乃に『行かないの?』と肩を叩かれ、
一部始終を見ていた折緒も急ぎ佐曽塚を追いかけた。



『…各部選手の紹介を致します。野球部第1走者…』


「佐曽塚、名字に気があんの」
「ん、性格とか声とか選曲サイコー。でも向こうは脈ナシかも。
 何か上手く分かってなさそうだったし〜」
「そりゃお前が普段から自由人過ぎるからだろ」
「オレの持ち味なのに」
「よく言うよ」
『…サッカー部第1走者…』



噂の名字の声でアナウンスがかかると、4人でトラックを半周する。



『…第3走者、折緒君。アンカー、さそっ…、さ…、…。
 失礼致しました。アンカー、佐曽塚君…』

「…良かったな。脈アリじゃん、コレ?」
「おぉ、こりゃ1位取らないとね」



名字の動揺とは反対に、佐曽塚はぐっと伸びをしていつものように笑ったのだった。







■騎馬戦(早乙女)


「はぁ…疲れた…」
「名字さんお疲れ〜」
「あ…早乙女君…」


騎馬戦の馬になって疲れ果てた私を労ってくれたのは同じクラスの早乙女君。
ニコニコして可愛らしい彼は今や学園を代表するサッカー部のレギュラーメンバー。
凄い人なのだ。


「大きくて頑丈な騎馬だったねぇ。ずっと残って超目立ってたよ〜」
「…うん…。ありがとう…(あんまり嬉しくないけど…)」


付け加えるならちょっと不思議ちゃんだと思っている。
時折『あなた、ソレ言っちゃう…?』という場面が…。

ストレートな性格なのかな…。

早乙女君に悪気は無いのだろうけど…女子にしては大柄の私は
そういう賛辞はコンプレックスを弄られるようで正直あまり喜べない。

早乙女君は良いなぁ、華奢な体格、目を惹く容姿。
とてもバランスが取れていて羨ましい。



「名字さんてあんまり競うとか好きじゃないよね。
 騎馬戦出るの大丈夫かなって思ってた」
「まぁ、嫌でも体育祭は全部競う種目だからね…人少なくて体育委員の人困ってたし…」
「気が進まないのに1番激しいやつ選んじゃうんだもんね〜。
 でも、ぶつかられても全然揺れないすっごく強い騎馬だった。偉い偉い」
「はぁ…それは、どうもありがとう…。
 まぁ、痛かったけど、揺れると大将の子が怖い思いするからね…」


高い騎馬は上から手を出せるから有利だけど、その分乗る人は怖さもあると思う。
走ったらガクガク揺れるし、ぶつかられても揺れるし。
私はノミの心臓なので絶対に嫌だ。嫌だったら嫌だ。


そんな事をぼーっと思いながらふと気付くと、早乙女君が私を見ながらにっこり微笑んでいた。


「…?」
「名字さんのそういう所、とっても素敵だね」
「え?えぇと…ありがとう」
「毎日、美味しそうなお弁当なのも素敵だね」
「あっありがとう…残り物で作る程度だけど、そんな風に言ってもらえると嬉しいな」
「この前のキノコオムレツ、僕も今度食べてみたいなぁ〜〜」
「よく覚えてるね!?…うん、じゃあまた今度作ってきたらおすそ分けするよ」
「やったぁ!今から楽しみ〜名字さん家庭科部一料理上手いもんねぇ」
「どこ情報なの…」


狙われていたのか私の弁当は…可愛いとはいえ男子の食い意地は油断ならない。
しかし無邪気に喜ぶ早乙女君を見ると、近い内に実行してあげようとすら思う…
憎めない愛されキャラで良いなぁ。

今日は何だか早乙女君を羨んでばかりだけど、
それもこれも早乙女君がよく周りと言うか、人を見ているからなのかなぁ。

普通、私の弁当とか部活とか興味湧かないよ。



「早乙女君も人の長所見つけるのが上手くて、良いね」
「えへっ、褒められちゃった〜。おかわり下さいなっ」
「えっ、おかわりとな…。…サッカー上手で凄いね」
「他には〜〜?」


何杯おかわり要求するのかな…うぅん、可愛いとか?可憐で守りたくなるとか?
でもこれ言っても良いのかな…。私のコンプレックスと一緒で、男の子は可愛いと
言われても嬉しくないとはよく聞く話だ。



「キノコが好きとか、健康的で良いね?」
「美味しいよ〜。名字さんにも今度お薦めの品種持ってきてあげるね」
「品種」
「さ、次いってみよ〜」
「(まだ足りないのね…)す、スマートで良いね…?」



男女共に使えそうな言葉を選んだつもりだったけど『ん〜…』と
早乙女君の反応はイマイチだった。ボキャブラリーが貧しくて申し訳ない…。



「欲しい言葉ってなかなか引き出せないものだね」
「え、何かゴメン。私まだあんまり早乙女君の事知らないからかな、
 パッと出てこないや…」
「成程、それはあるのかも。…あ、そろそろ行かなきゃ。行ってきまーす」
「早乙女君、騎馬戦出るの!?」
「うん、大将だよ」


そう言うとすっと隣を立ち上がる早乙女君。今は男子の騎馬戦出場者が招集されている。
確かにその体格なら大将だろうけど、大丈夫かなぁ…。

心配そうな顔になっていたのか早乙女君は『僕強いから大丈夫だよ〜』と笑った。



「ね、名字さん。次の騎馬戦、僕だけ見てて。
 そうすれば僕の欲しい言葉がもらえそう」
「凄い自信だね…いや、自信があるのは良い事だけど」
「後ねぇ、きっと僕の事もっと知りたくなるよ〜。そうすれば僕ら、一緒だね」
「え?それはどういう…」
「名字さんが気になるっていう事。じゃあまた後で〜」



聞き終わる前にそれだけ言って早乙女君は招集先に走り抜けてしまった…
さすがはサッカー部、走るのも大層早い。


騎馬戦が始まると早乙女君はそれはもう鬼神の如き活躍で圧倒的な勝利を収めていた…
可愛い顔してなんというギャップ…。

どんな鍛え方したらあんな感じになるんだろう?
やっぱり部活の鍛錬の成果?それともキノコ食べまくってるから?

さっきの謎かけのような言葉といい、不思議ちゃん疑惑は深まるばかりだ…気になる。


とにもかくにも、誇らしげに(狩り)獲ったハチマキを掲げる様子は
とても堂々としていて格好良かった。


取り敢えず 帰ってきたら一番に言ってあげようかな。


「−−−…ん?」



―――…あれ、これって早乙女君がさっき言ってた通りになっている…?




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