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「#エロ」のBL小説を読む
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秋(灰崎、壁山、八神)

■芸術の秋(灰崎)

芸術の秋。
秋に絵画や美術、工芸などの展覧会や展覧会が多く催される事から
そう言われるようになったらしい。



「(元々見に来たいと思ってたけど、
  こういう機会が沢山できるなら芸術の秋大歓迎だなぁ)」



世の気風に乗っかり、好きな画家のイベント展示が地元でやるとなれば行く他ない。
開催期間の前半後半で展示の内容が変わったので足を運ぶのはこれで2度目だ。
やっぱり素敵だな、と壁に掛けられた作品の数々を目に焼き付けながら進む。



「…お前が絵画を嗜むなんざ意外過ぎて腰抜かしそうになったぜ」
「灰崎君」



ふと後ろから声が掛かる。連れの灰崎だった。
一緒に雷門での部活をこなした後、
『今日部活帰りに美術館へ行く』と話したら何故か付いてくると言い出した。

離れた所から視線は感じるので遠目で見てはいるのだろうが、
折角来たのにどうして近くで見ないのか。



「そう言えば灰崎君はこの画家さん好きなの?もっと近くで見たら?」
「…興味ねー」
「(何で付いてくるって言い出したんだろ…)」
「それより閉館時間が近ェんだよ。見たいもんがあるならさっさと見ろ」
「はーい」



展示は今日が最終日。目を瞑れば思い出せるくらいしっかり見ておこうと真剣に見入る。
それでも、最後に一番好きな連作の絵に差し掛かった時は
思わず見惚れてほうっと力が抜けた。

優し気な女性が四季折々のモチーフに包まれ、
あるいはそれを持ってこちらに微笑んでいるのを見るとドキドキして想像が膨らむ。



「(私もいつかこんな表情を誰かに向ける日が来るのかな…来たら良いな)」



幸せそうな表情。この人たちはこちらに何を見てそんな表情を浮かべているのだろうか。
大切なもの、愛しいもの、美しいもの。あるいは、…―――。



「おいっ」
「ひゃっ!!…灰崎君、びっくりさせないで…!」
「いつまでも突っ立ってんじゃねぇよ、帰るぞ」
「えっ、まだ閉まるまでに時間あるよ?」
「うるせぇ、行くぞ」
「え〜〜」



強制連行されながら美術館を後にすると、名字は灰崎に尋ねた。



「付いて来てくれるって聞いた時は
 灰崎君も興味あるのかなって思ってちょっと嬉しかったんだけど…
 今日、つまらなかった?」
「…そんなんじゃねぇよ」
「そっか…。じゃあ、良いんだけど」



うっかり鑑賞に夢中になってしまった事を反省する。
もっとあれこれ話しながら展示を見ていたら彼も少しは楽しめたのだろうか、
そと思うと申し訳ない気持ちになった。



「…別に」
「?」
「別にお前がどうとかじゃねぇ、あの絵や画家に興味なかっただけだ」
「あはは…、折角の芸術の秋なのに勿体ないよ」
「勿体ない、ね。そりゃ見たかった所 無理やり引っ張り出して悪かったな」
「え〜、そんなつもりで言ったんじゃないんだけどな…」



ツン、とそっぽを向いて素っ気なく言い放つ灰崎。
責めている訳じゃないと伝えると彼は短く息を吐き、鞄から小さな紙袋を取り出した。



「…絵画に、芸術的な価値があるのも分かる。
 画家が命削って作り上げた作品なのも分かる」
「?? うん…」
「それでも納得いかねぇ。俺を差し置いて紙1枚にあんな顔してんじゃねぇよ 鈍感女」
「え、ちょっと…!」



差し置くとは何のことだろうか。あんな顔ってどんな顔だろうか。
心当たりがなさ過ぎて混乱するが、聞く間もなく例の紙袋が押し付けられる。

薄いそれから透けて見えるのは、いつの間に買ったのか
最後に見ていた連作のポストカードだった。

それがあればもう絵は十分だろ、と灰崎はその紙袋を忌々しそうに見つめた。



「えっ、あっ、えーと…ありがとう!私の一番好きなの、よく分かったね!」
「見てりゃすぐに分かんだよ」
「見てた?灰崎君、作品からはずっと離れてた…よね?」
「は?言ったろ、絵に興味はねぇ。俺が見てたのはお前だ馬鹿女」
「!」



―――絵にばっか夢中になってんじゃねぇよ、ちったぁこっち見ろ。

そうも真っ直ぐ言われて、どうして彼から目が離せるだろう。
絵画を見る時のように、名字は灰崎から視線を外せなくなってしまった…―――。














■食欲の秋(壁山/無印)

「ん〜〜、美味しいっス!!」
「凄い量だね、そんなに食べられるものなの?」
「まだまだ余裕っス!」



『秋の限定バイキング』なるものの告知を見て、
練習で何やら悩んでいる様だった壁山を一緒に行くかと誘ってみた。

最初は及び腰だった彼だが『美味しい物食べて元気出そう』というと
少し心動かされた様子で付いて来た。

普通に利用する人と同じ様な目的で来た人で席分けをしているが、どちらも結構な賑わいだ。
閑散としていたら場が持たなさそうだったが、この雰囲気なら気も紛れるだろうか。



「名字さんは食べないっスか?」
「食べるよ、でもあんまり大量には入らないかも?
私の事は気にせずどんどん食べててね」
「美味しいからいくらでも入りそうっス〜」
「あはは、それは良かった」



モリモリ食べる壁山はあっという間にメニューを平らげていく。
栗ご飯に秋刀魚の塩焼き、鮭のムニエル、紅葉の天ぷら、柿なます…
和洋中多岐に渡るメニューだが彼に掛かればなんて事はない品数なのかも知れない。

もうすぐデザート枠に差し掛かりそうだ。

自分の分を取りに行くついでに目ぼしい物を取って帰ってあげると、
嬉しそうに頬を緩めた。



「ありがとうっス、名字さん!看板に載ってたヤツっスよね、
俺も美味しそうだなぁって思ってたっス」
「だよね〜、あの写し方は絶対お店のお勧めなんだろうなって思ったから取って来た!」
「モンブラン、スイートポテト、南瓜プリン…、秋の味覚っスね…!」
「どうぞ召し上がれ。壁山君は美味しく食べてくれるから、
食材も作った人も本望だろうね」



デザートプレートに仕立てた分を壁山に渡し、自分はおかずの鮭のホイル焼きに箸をつける。
上に乗って蒸されたキノコがいい香りだ。


顔を上げると壁山が早速、南瓜プリンを頬張っている。
幸せそうな表情にこちらも心が和む。



「…『旬の食材は栄養価が高い。
だからそれを食べる事は合理的且つ効率的な健康増進法の一つなのである。』」
「??  難しいっス…」
「私も家庭科で習った時は何言ってんだろって感じだったけど、
要は旬の食材は沢山良いものが詰まってるからしっかり食べれば病気しないよって事みたい」



食欲の秋、実りの秋と言われるだけあってその食材も幅広い。
苦手な物があっても色んな物が旬なら取り入れやすくて良いと思う。

『今日の自分は昨日食べた物で出来ている』…児童書にもそう記述のあるくらい当然の事なのだが、
その食べた物が栄養満点なら、きっと人が前に進む活力になってくれるはずだ。



「…まぁ、何と言うか…。何か色々悩んでるみたいだったけど…」
「あ…、はいッス…。でも、…でも、俺が自分で解決しなきゃいけない事っスから…!」
「そっか…うん、分かった」



そう思っているのなら、敢えて口出しはしない。彼には彼のペースとやり方がある。

恐らく練習の事か何かだろうから、選手でない自分よりはプレーヤーの円堂たちの方が
良いアドバイスが出来るだろうというのもある。



「沢山食べれば、明日にはそれが壁山君の力になってくれるよ。
だから今日はしっかり食べて元気になろ!!」
「名字さん…はいっス!」



そしてまたモリモリ食べ出す壁山。
そうして美味しそうに食べてもらえば、食材ももっとパワーをくれそうな気さえする。


『元気になった壁山君が、早く悩みを解決できますように。』


そっと思いながら、名字はデザートのタルトに山ほど乗った巨峰に着手した…―――。






■紅葉の秋(八神/無印)

とある休日、私は名前と公園に紅葉狩りへ来ていた。
最も、私自身は乗り気ではなかったが
名前に無理やり引っ張られて来たと言うのが正しい。


お父様の逮捕後、私達お日さま園の子供の環境は目まぐるしく変わった。

瞳子姉さんがお父様に変わって園を切り盛りしたり、それを手伝ったり、
年下の兄弟姉妹達に教える必要も出て来たので
学業にもより力を入れなくてはならなくなった。

そんな忙しい中とは言え、サッカーで全国各地に『侵略』に回る事もなくなったのに合わせて何かと時間が出来る。
その時はつい色々と考えてしまう。お日さま園の事、仲間の事、これからの自分の事、…お父様の事。

特にお父様について、私は悩まざるをえなかった。
ヒロトが止めてくれたとは言えあの時私は渾身の力でボールを蹴った。
リミッターを外した力がどれ程強大か分かっていたというのに。

感情的になって、ただ憎しみをぶつけようとしたのだ。
例えお父様が許しても、そんな自分がこれから先の事を望むなど…。

だから率先して園の雑務を片付けたりして気を紛らわしていたと言うのに、
私をここに連れて来た当の名前は飲み物を買いに行くとかで私を1人にしていた。



「(…昔は皆で遊びに来たものだったな)」



懐かしい記憶と相まって赤、黄、橙…緑も混ざった視界は
こんな気持ちでなければさぞ美しいと感じる事だろう。

ただ、今の私にとっては眩し過ぎる色だ。



「玲名ちゃんおまたせ〜、はいホットティー」
「…、ありがとう…」
「あれ、待たせすぎた?眉間に皺が」
「…。お前は何故私なんか誘ったんだ」



楽しくないだろうとニュアンスを込めて聞く。

名前は親しみやすいから友人も多い。
もっと紅葉狩りを楽しめる相手と行けば良かったのに何故私なのだろうか。



「息抜きに。玲名ちゃん最近ひたすら園の仕事してたから大丈夫かなって」
「…余計なお世話だ」
「そっか…ゴメンね無理やり連れて来て。でも玲名ちゃんとゆっくり話したくて」
「…?」



さっきの私と同じ様に頭上の紅葉を見上げて、もう秋なんてびっくりだね
なんて呟く名前。当たり前だ。
季節は巡るものなのだから夏が終われば秋が来る。



「名前…分かりやすい様に言え」
「玲名ちゃんがいつまでも前に進めないと、
 お父さんが帰ってきた時 悲しむんじゃないかな」
「っ」



『ヒロト君やリュウジ君…晴矢君に風介君、砂木沼さんはもう自分で歩き出したよ』
そう少し寂し気な笑顔で言う名前は、私がずっと雑務をやり続ける理由に勘付いていたようだ。



「…エイリア石の問題に、そんな簡単に踏ん切りをつけるなんて無理だ」
「そうだね。でも時間って待ってくれないから…1年は365日、1日は24時間。
 私達が寝ていたって時間は進んじゃう」
「分かっている…」



分かっている。
いつか、どこかで身の振り方を考えなければならないと。
自分のした事、これからしたい事に向き合わなければならないと。

そうしてサッカーを続けたいと答えを出して、前に進んだのがヒロト達だという事も。



「分かっているが、それでも見つからないんだ…」
「うん…」
「私の願いはお父様の願いだったから、それを見失った今…
 どうしていいのか分からないんだ」
「…そっか」



はらりと落ちてくる紅葉を手で受け、くるくると遊ぶように回す。
燃えるように紅いそれを名前はじっと眺めた。



「…私も同じ。まだ具体的に何かするとか考えられなくて」
「名前も?」
「うん。どうなるか分からない、先の事を考えるのって難しいね」



よく考えてみればこんな問題、名前が園外の友人に話せるべくもない。
私を誘ったのは他に頼りがなかったからだった。

邪険にして済まなかったと謝れば『私が最初から意図を話したら良かったんだけど、
口下手でゴメンね』と返って来た。



「…でもね。最初に言ったけど、分からないからって前に進もうとしなかったら
 お父さんも気に病むだろうなって思うから」
「…お父様も…か」
「だから、皆みたいに具体的じゃなくても、時間をかけてでも…
 ちょっとずつでも進もうとしないといけないなって」
「…!」



『やらないのとやろうとして出来ないのは別問題だ』と、
以前お父様が誰かに言っていた言葉。

幼い頃、名前と私とで見かけて難しい事を言っていると話したのが脳裏に甦った。

もたらされたのは痛みだけではない。
正しい考えだって私達の中に根付いている事を気付かされた。



「…今の私をお父様が見たら、怒られてしまうだろうな」
「玲名ちゃん…」
「…ありがとう名前。前よりも少し、自分と向き合う気になれたように思う」
「良かった。私も不安だった事玲名ちゃんに話せてちょっとスッキリしたよ、
 男の子達には置いて行かれちゃったからね」



さっきより少し穏やかになった名前の笑顔につられ、私も少し笑う。

明るすぎて目を細めなければとさえ感じた紅葉も、
今はさほど視界に入れるのは辛くない。



「さぁ、紅葉狩り再開しよっか〜。
 赤とか橙とか黄色とか…紅葉の色って元気をくれるんだって」
「そうなのか、それは初耳だな」



それなら、今の私たちにはピッタリかも知れない。

名前と歩き始めた公園は
踏みしめる地面も、見上げた先の視界も温かな色で溢れていた…―――。



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