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<番外編>泥の礎(※注意文必読)

※途中、モブ生徒の品のなさ過ぎる表現が入りますので苦手な方はご注意下さい。
どんな感じかというとよくサスペンスで刺されてる軽率な男性の性的暴力シーンを会話文にした感じです。

















ーーーとある日。
昼休みにミーティングを終えた僕達は、午後からの授業の為に部室から移動していた。
ふと前方の教室から出て来たらしい生徒を丘野さんが話題にする。



「…お。野坂、アレお前の連れじゃねえの。面接室から出てきたの」
「連れ?…あぁ、確かに名前ですね。面談だったのかな」
「名字は野坂さんと同じくチューターもやっているんですね」
「そうだよ。そう言えば奥野と道場は名前が担当だったよね?」
「えぇ」
「ボクはついこの間、面談してもらいました〜」



試験的に実施されているチューター制度。
最近プロモーションされ始めた王帝独自の取り組みだ。
生徒同士で面談をする事でお互いの成長を促すと言うのが目的だと説明はされたが、
はっきり言って外部へ向けたアピールだろう。
相手が成績上位者同士や同じ部活内の人間だから生徒側はあまり変わり映えしないのだ。
…いずれ対象を拡大していく算段らしいが。

少し先にいる名前が浮かない顔をしているのが気になった僕は、
足を進めて彼女に声を掛けた。



「名前」
「! 悠馬…お昼の練習は終わったんですか?」
「あぁ。今日はミーティングでね、
 次は選択授業だから移動の為に早めに切り上げたんだ。そう言う君は面談かい?」
「えぇ。…でも、相手の人が来なかったので叶いませんでしたが」
「そんな人がいるの?」
「編入して来たばかりで、本来は先生が担当される予定だったようです」
「その先生は?」
「急な職員会議が出来たらしく、私が今回だけ代打です」
「そんな事ってある…」
「あまり起きてはいけないでしょうね」



最近は入試を経て入学するだけじゃなく、
編入という形で王帝に入ってくる生徒も多くなって来た。かき集めているとも言う。
そしてその結果、プログラムに対しての資質や適性の低い候補生が増え、
こんな風に褒められたものではない行動をする人の事もちらほら耳にする。
生徒の質なんて気にするべくもない僕の目に余るくらいなのだから相当だ。

この場合は教師も教師だが実際にチューターをやっている名前に任せたという意味では判断として『有り』なのだろう。



「名前は代理を果たそうとしただけなんだから、
 気にせず先生に報告をしたらいいんじゃないかな」
「そう…でしょうか…」
「そうさ。それより、午後からの授業は選択で移動教室だろう。
 行くなら早い方が良いよ」
「…そうですね。ありがとうございます、悠馬。では私はここで…」
「あぁ」



向かう方向を決めた名前は軽く手を振ってその場を後にした。
後ろ姿を見送ると、追いついた皆が一斉に口を開く。



「野坂。名字、どうしたって?」
「なんでも面談相手が来なかったとか。…自分の事なのに、どういう了見なんでしょうね」
「ん〜、でも…相手が相手だから、しょうがないかも?」
「…どういう事?道場は何か知っているのかい?」
「ごめんなさい野坂さん。ちょっと話聞こえちゃったんですけど、編入してきた人なんでしょう?
 多分、僕のクラスの人なんですよね…前に居た中学で女の子に乱暴したらしいですよ〜。で、退学してこっちに編入」
「…何で院に入っていない?」
「僕の聞いた噂では、市議会議員の子供だから握り潰したとか。
 西蔭君は別のクラスだから余り知らないでしょうけど普段から結構、派手な人なんです」
「…」



それはある意味、名前との面談に来なくて良かった。
どうしてそんな生徒が王帝に入ったのかと思った瞬間に
奥野の言葉が回答を示し出したので僕は口を噤んだ。
権力とそれ相応の資金が動いたのだろう。



「…そんな事を聞いていると、教師が来なかったのは意図的とさえ思えるな」
「天野…さすがにそれはないんじゃないか?」
「生徒にいい加減な人間がいるなら
 教師に同じようなタイプが居ても不思議じゃないって話」



『面倒な生徒と関わりたくないんじゃない』と天野が辛辣に話をまとめる。
これが王帝の現状だと しかと見せつけられた気分で、
言い様のない感情が僕の胸を刺す。

そんな時、道場が目敏く廊下を歩いてくる男子生徒を見つけ『あ、』と声を挙げた。



「(…道場?)」
「(野坂さん、今話してたのアイツですよ〜)」
「(…!)」



道場が小さく指刺した先をパッと見ると、相手とも目が合う。
何か用事があるのか、歩調を速めて近づいて来た。
ムッと眉間に皺を寄せた西蔭は奥野を彼の鞄ごと押しのけて僕の前に出る。
そこまで心配しなくても受け身くらいは取れるんだけど。



「何々、こんなトコで男ばっかでたむろって、何の話だよ?」
「…お前の話だ」
「俺ぇ?」
「…えぇ。君が個人面談に来なかったので困っている人がいたんです」
「おぉ、女顔の…クラスの奴じゃんよ」
「こんにちは」



もう奥野は馬鹿にされているとか名前も覚えていないだとかは気にしない方針のようだ。
話を聞いていると同じクラスらしいから、もう否定するのも諦めたのだろう。
それに元々事を荒立てない性格だ。

争う姿勢なら援護射撃をするのにな、と思いながらダラダラと喋り続ける
名も知らない彼を静観した。



「面談ねぇ〜、何か今日とか明日とか言われてた気もするけど怠ィしなア。
 …大体、先公なんか俺らがいなきゃ食っていけねえんだから待たせようが何しようが
 説教される言われもないと思ってんのよね〜俺は」
「今日はその教師が来られなくなって、代わりを頼まれた名字って生徒が
 休み時間潰して待ってたんだよ」
「名字?…あぁー、あの!」
「(さすがに名前の事は覚えているのか…)」
「人形みたいに無表情な女な!自分以外は見下してる〜って感じの!」
「…、ふぅん…」



聞き流せない言葉が耳に届く。
大体ここに来る人は名前の講演を聞いてから入学を決めたり
親と相談したり広報の大人の話を聞く。
だから多少は彼女の人柄なり物腰なりは知ってはいるだろうと思っていたけれど、
この様子から察するにそうではないようだ…そうか。
編入だからそういうものを通さずに王帝へ来たのか。



「ちぇー、じゃあ来てたら良かった。今頃、面談室に鍵かけてヤり放題じゃん」



―――瞬間、場が凍り付いた。



「―――…、…、…、…は?」



言っている意味が理解出来ずに、思わず疑問符が口に出た。



「だってよォ名字って奴、顔と体はそれなりだし。楽しそうじゃね?」
「おっ前なぁ…!!」



他の皆が固まっている中、最初に解凍されたのは丘野さんだった。
さすが3年生、適応力がある。



「いや、いっつもお高くとまってスカしてんじゃん?
 あーいうタイプってプライド高っけーんだよ。前のガッコにも居たの、同じような女」
「…ちょっと…」
「そいつな、犯した後に写真撮ってよ。ばら撒くぞって脅してやったら口割らねーでやんの!
 ははっ、セケンテーってヤツが気になるんだろな?だから名字って奴も同じ同じ!」
「君、あのさぁ…」
「っていうか、何かあったら親父に頼んで無かった事に出来るしオレ」



頭が悪いのだろうか…。
そんな屈辱を受ければまず誰でもそうなるだろうし、
君の親が犯罪を隠すのだってその『世間体』を気にするからだ。どうしてそれが分からない?

自分が生きる為に食料を盗むとはまた違う、
ただ相手を貶めるだけの狂気を面白可笑しく暴露する彼は僕にとって異質も異質だった。
ニュースで見る事はあっても実体として…しかも同い年の生徒として
目の前に現れるとは夢にも思わなかった。
…もし叶うなら、物言わぬ虚像に戻したいものだ。



「…ねぇ、西蔭」
「…どきません。野坂さん、落ち着いて下さい」
「ん、何?何ならアンタらも一緒にする?
 じゃあ押さえつけといて一人ずつ回そうぜ!
 あんなんじゃ男の経験なんかないだろうから気持ちイイとかって啼いたりしてな」
「…」
「んじゃ、また名字さんとやらでヤる時連絡するわー」



ひとしきり下劣な言葉を吐き終えた後、僕らが歩いてきた方面へと歩いて行った。
授業も受けない気なのか…本当に何の為に王帝へ来たのだろう。
志は、夢は、目指す未来は…何も持ち合わせていそうになかった。

何より気に食わなかったのはあんな会話の中に名前が放り込まれてしまった事だ。

彼の視界に名前が入る思うとそれだけで彼女が汚されそうな気がして嫌だったし、
まして言葉を交わしたり触れたりなんて…考えるだけでも身の毛がよだつ。

沸々と湧き上がる怒りを抑えるべく黙り込んだ僕に、取り残された王帝の皆が気遣わしげに声を掛ける―――…恐る恐る。



「―――…あの…野坂、さん…?」
「何だろう」
「…大丈夫…ですか…?」
「ふふ…、あぁ勿論だよ。名前が酷い侮辱を受けたけれど…、僕に危害が加えられた訳じゃない」
「いや、全然大丈夫じゃねぇだろうよ。笑いながら殺気を振り撒くな…」
「本当に発見ですよ、丘野さん。人って怒りを超越すると笑えるんですね」
「だから怖ぇーって」



多分、刺せるものを持っていたら刺していただろうし、階段だったら蹴り落していた。
西蔭が前にいなかったら首を締め上げていたかも知れない。
危ない所ではあったが皆という抑止力によって事件に発展しなかった。…良かった、のだろう。

ただ緊迫した空気は去ったが万事解決という訳にはいかない。
まだ元凶は取り除かれていないのだ。



「…俺があの馬鹿を見張っていましょう」
「いや、それは実際難しい。お前に負担がかかり過ぎるし竹見の事もあるからね」
「…、そう、ですが…。
 野坂さん程 名字と親しくなくともあの発言を直に聞いた以上、
 何らかの策を打つ責任があると思うんです。俺達にも」
「だな。アレを野放しにしておくのはマズイだろ」
「誰かしら女子が被害に遭いそうだしね…そうでなくとも他の子に良い影響はなさそう」
「…皆」



西蔭が真剣な顔をすると丘野さんと道場が加勢する。
口には出さないにしても他のメンバーも同じような意見らしく、それぞれ頷いている。



「…良いのかい、そんなこと言って。これは完全に僕の身勝手な…私刑になる訳だけど」
「それくらい付き合うのは問題ないです」
「そうか。ーーー…ありがとう」
「けど、僕達が聞いたというだけでは彼が言うように無かった事にされますね…」
「どうやって危険性って言うか、前科を証明するかが問題だよね〜」
「あぁ、それなら…あの防犯カメラが使えないかと思ってるんだ」



すい、と視線を天井にズラせば校内に設置されたカメラが僕らを捉えていた。



「成る程…丁度良い所にあったもんだ。ここ外と近いもんな」
「結構な大声で馬鹿な事言ってたけど、カメラにまで入ってるかな…
 ハッキリ聞き取れなきゃ証拠にならなさそうだなぁ」
「それはもう見てみるしかないな」
「そうですね。…では、放課後は先に守衛さんの所へ行って映像を…、…あ」
「どうした奥野?」



何かに気付いたように奥野が鞄の中を探る。
取り出されたのは小型のボイスレコーダー。
ミーティングの議事録を作る為に部全体で使っているものだ。
そう言えば今日の担当は彼だった。



「…録音されてますね。
 西蔭君が鞄に当たった時にスイッチがはいったみたいです」
「おっ、じゃあもしかして会話入ってるんじゃねぇの?奥野、前の方にいたしな」
「防犯カメラの映像と合わせたら整合性も取れそうだね〜」



幸運に恵まれた。
勿論、両方共一度見たり聞いてみないといけないけど この2つがあればきっと大人も僕らの話に耳を貸す筈だ。

そう思った矢先、授業開始5分前の予鈴が鳴り渡って僕らは珍しく廊下を駆けた…ーーー。







「ーーー野坂。お前の望む結果になったかね?」



後日。
オーナーこと御堂院に呼び出され応接室に行くと可笑しそうな顔で迎えられた。



「どうでしょうか。ただ僕は王帝の風紀…もといアレスプログラムの評判を落としそうな彼にご退場願いたかった。それだけです」
「ハハ、いや…畏まらなくても良い、責めている訳じゃないからな。
 寧ろ良い働きをしたものだと思ってね。礼を言いたいくらいだ」
「オーナーは良かったのですか。短期間だったとは言え王帝に入学した生徒なのに」
「構わんさ。はした金で編入はさせてやったが、その後にどうなろうと私の知った事ではない」



結論から言うと、あの男子生徒は王帝を去らざるを得なくなり
彼の父親も各種週刊誌、報道機関によって職を失うどころか社会的に抹殺される寸前だ。
息子の事以外も色々とやっていたらしい。悪い事は出来ないものだ。

防犯カメラには大方一部始終が収められていたが、上手く拾えていない音はボイスレコーダーで補完できた。
オリジナルは僕らが持ち、教師陣にはコピーを渡した。
彼らが上手く働いてくれなかった時は外部の誰かに渡そうと思っていたのだ。

が、それには及ばなかった。

さすがに無視できる内容ではなかったのだろう。
そして証拠はオーナーの手に流れて委ねられ、
僕が呼び出される事となった。



「お前の事だ、オリジナルも残してあるのだろう」
「お渡ししましょうか」
「結構だ。お前が有効利用するが良い。
 私が情報を流したのはツテのある週刊誌だけだ、今なら他を当たれば言い値で買う所もあるだろう」
「成程、週刊誌に売ったのはオーナーだったんですね。
 見逃して議員に恩を売る手もあったと思いますが…理由を聞いても?」
「フッ。…まぁ、大きくは3つだ」



1つ、出来損ないでも王帝に入った以上はプログラム候補生として見られる。
問題のある生徒を放置して学校の品格を貶めたり、
悲願であるアレスの評判に傷をつける事などもっての他。

2つ、週刊誌への売値が破格だった。
そしてアレスプログラムのプロモーションページを設ける上、
部数で追加報酬も出すと言われてはリスクを抱えて生徒を在籍させる理由がなかった。



「…−−−3つ、。私のような人間にも、損得を超えて嫌悪する人間はいるのだよ。
 覚えておきたまえ」



何があったかは知らないが、要するに嫌いな人間だったのだろう。
映像と音声を合わせて1つの物とし、
巧妙に入手ルートが分からないようにした証拠からは
もはや出処 -オーナーや僕ら- には辿り着けないようになっているらしい。
当人達からの報復への備えはするだけ無駄だという事だ。そもそも僕らの顔なんてまるで覚えていないんだろうけど。

『後はお前たちの好きに振舞え』、それだけ伝えられると退出の許可を貰えた。



「(−−−…少なくとも、協力してくれた皆に迷惑をかける事はなさそうだ)」


応接室を出て、外へ繋がる廊下を歩く。
事態が一段落した今、取り敢えず外の清涼な空気が吸いたかった。

後悔などは一片も無いものの、男子生徒、父親の議員…
それを取り巻く何人かの人生を殆ど終わらせる事になった訳なので、責任を感じていない訳ではない。

僕らの見つけた証拠がテレビやネットニュースで取り上げられているのを見る度に
重苦しい空気が肺に溜まるようだった。



「…ふぅ」



校舎内から外に抜けるともう空は茜色をしていた。

オーナーに呼ばれたのも部活の終盤だったので当然と言えば当然か。
皆は怪我無く練習を終えられただろうか。竹見は暴れなかったろうか。
…後で西蔭に聞こう。



「…?」



こちらに走り寄る足音が聞こえて振り向くと、名前が手を振ってこちらへ向かって来た。
気を許せる存在に少しホッとして軽く手を振り返す。



「こんにちは悠馬。今日は部活は終わったんですか?」
「途中でオーナーに呼び出されてね。後半はサボる事になってしまったよ」
「そうですか…。
 最近何だか疲れた様子をしていたから、休養出来て良かったのではないでしょうか」
「そう…。僕そんな顔してたんだ?」
「顔、と言うか…疲れという言葉も何だか上手く当てはまらない気がします。
 こう、表出する所ではなく…取り巻く空気が強張っていた感じでした」
「強張る、か…」



確かに、静かに始まり静かに終わると思っていたのが
予想以上の騒動になったというのが実際の所だ。
自分たちの動きによって世間が騒ぎ立て、それに少し驚いた…
そしてほんの僅か、恐怖感を覚えたという事は…−−−否定しない。



「…大丈夫ですか?」
「ああ。今はもう落ち着いたよ」
「それなら良かった」



疲れの原因を名前は知らない。
あの男子生徒は父親の不祥事があったから退学したような構図になっているし、
親子の悪行の時系列までは詳しく語られていないからだ。

法の規制を丸無視するので有名な某週刊誌でさえ、載せている全文から個人名を潰しているようだ。
個人情報だとか人権がどうのとか言っているニュースで引用文が紹介されていた。殆どモザイクで隠されていて何も分からない、ビデオの一場面を切り取ったモノクロのページも。

彼は腐っても中学生なので、報道では彼の事は詳しく言えない。だから代わりに父親の事やそう言った週刊誌への批判で今日も場を持たせている。
もう引用してる時点でやっている事は批判する相手と同じだと思うけど…。

そんな調子なのでまさか自分が話題にされている物が渦中にあるなんて知る由もないだろう。
寧ろ知らせてはならないし、知らないで欲しい。



「…」
「…、あ…」
「どうかした?」



大丈夫だと言った僕の様子を静かに見ていた名前が、ふと何か思いついたのか話しかけてくる。



「…悠馬、手を貸してくれませんか?」
「? こう?」
「はい」



そう言って取り出したのは綺麗な小瓶。
そこには飴玉のようなものがいくつか入っている。
名前は何も言わず、西日を固めたような透き通った橙色を取り出して僕の手に置いた。



「…おや。新薬かい、服用すれば元気になれる?」
「ふふ、まさか。蜂蜜レモンのキャンディだそうです。
 何でも、マヌカハニーという殺菌効果の高いものを使っているとか」
「へえ…。でもコレどうしたの?どこかで買った?」
「…今日、王帝を出て行く子が見送りに行った時にくれました。
 真意は分からなかったのですが、お餞別かなと」



真意が分からない。
…精神崩壊を起こしたのか、神経系に異常が出て発語が上手くいかなくなったのか。
どちらにせよ、渡すという行為が出来ているだけまだマシな状態で済んだのか。



「僕が貰っても良かったのかな。君への選別だったんでしょう?」
「この間チューターとして面談したんです。
 その時もう限界で…ここを出ての入院加療を勧めました。
 元々は明るくて優しい子でしたから…誰かに優しくしたい時に使うなら、きっと」
「…」
「…彼女が夢見たものの分も私が担います。だから…許してくれると信じています」



遠慮を取り去るようにそう言って彼女は人や車の出入りのある校門の方に視線を向けた。
ひゅう、と風が吹くとその髪が靡く。
少し垣間見える横顔は寂し気で、でも僕に向き直る時それは努めて微笑みに変える。



「悠馬…どうか、早く元気になって下さいね。
 でも休む時はゆっくりと」
「…名前…」



無知は恥ではなく、罪だと思った。
一体彼女のどこが人形か。破れた夢も背負おうとしている彼女が何を見下したと。
…思い出すだけで気分が悪くなってきた。



「−−−君に何もなくて良かった」
「…?」
「こっちの話だよ、気にしないで」



本当にこの一言に尽きる。

彼には絶対的に欠けていただろう一般常識として、
己の快楽の為に誰かを辱める事なんてあってはいけない…だから止めるべく動いた。



「(…いや、そんな綺麗な話じゃないか)」



これ程に不快感を感じたのは名前が対象にされたからであって、
他人だったらきっとまた違う行動をとっただろう。
僕の価値基準で…−−−そして感情で、彼を王帝月ノ宮という舞台から斬った。
そんな事最初から分かっていた筈だ。だからこそ自分でも『私刑』と表現した。

身勝手という点で同じなら、僕には一般常識や善意を理由にして良い権利はない。

…でも、それでいい。
大切な人が守れたなら、例え気が重かろうが恨まれようが僕はそれで満足だ。
それを自分で認められるようになっただけでも、彼の犠牲は僕にとって意味のあるものだった。

アレスの価値を知る為と既に周りを犠牲にしている僕は最早 清廉ではない。
汚れている事、汚れていく事を受け入れられなければ始まらない。
もしかすると潔白なまま一生を終えられる人なんて本当はいないのかも知れない。
名前でさえ、誰にも言えないアレスの秘密を本に綴じ込んでいるのだから。



「(…それでも、僕らは折り合いを付けて生きていく)」



そして、それでも譲れない一線を他人が踏み越えた時。
僕はどんな手を使ってでもその誰かを排除するだろう…今回の様に。



「(それを君に知られてしまったら、凄く怒らせるか悲しませてしまいそうだけど)」



その結果、疎遠になってしまったら、傍から居なくなってしまったら。
僕は…、僕はそれでも未来を変える為に走り続けられるだろうか。

だって名前は僕の大切な、…−−−。



「(−−−今日はもう、考えるのは止めよう)」



感傷的になると余計な事に気付いてしまいそうになって駄目だ。平静を壊す余分は必要ない。

食べないのかと不思議そうにしている名前を前に誤魔化すように貰った飴を口に入れる。
柔らかい甘みが口に溶け、爽やかな酸味が広がった。
優しい人達から巡って来た物だからか。

次いで彼女も飴を自分の口に含むと
『濃厚な蜜の香り、何を食べているかすぐ分かりますね』と言う。

つい忘れそうになる名前の味覚の事を寸手で思い出し、美味しい?と聞く言葉を
唾液と共に喉の奥に流し込んだ。



「上品な甘さだね、レモンの酸味とのバランスも良い。
 蜂蜜はマヌカハニー、って言っていたっけ。
 悪いモノに打ち勝つ元気が出そうだ、とても美味しいよ」
「ふふ、それはあの子も喜ぶと思います。
 いつ読めるようになるかは分からないですが、お手紙に書いておきますね」
「ありがとうって伝えておいて」
「はい」



最近は西蔭と色んな物を食べて回っているから、
少しは味の事を書ける手伝いになっただろうか。

甘みを少しでも共有しようと真剣に味わっている名前と僕の間を、また風が吹き抜けた。



「−−−…名前。そろそろ暗くなってくるよ、帰ろう」
「そうですね。夜風は体に良くないから…一緒に戻りましょう悠馬」
「うん」



2人で並んで歩くのは久しぶりだ。

夕日を背に歩くと僕らの影が眼前を高く高く伸びた。
頭になるにつれて影は光に溶け、煉瓦が敷きつめられた道と同化している。

−−−いずれ僕も過去になる。
その時は未来に生きる誰かしらの、-例えば隣にいる彼女の- 道になれるだろうか。



「…どうせなら、明るい道になりたいな」
「…? 悠馬、何か言いましたか?」
「いや…こんな長い影になるなんて、僕も背が伸びたなって。
 あぁそうだ、少し待っていて…ゴミを捨ててくるよ」



横の並びを乱して、途中にあるゴミ箱に持っていた画像と音声データの媒体を捨てる。
今となっては、もう僕には必要ない物だった。

置いていた所でアレに自戒や十字架の役目はなく、僕がやる事は変わらないと気付いたから…ーーー。













*****
(2019/10/29)

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