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8、綴られ続ける頁の行方

『竹見、少し良いかな』
『……なに……』

僕は先ず、竹見をどうにか元の状態に近づけたいと思って動いた。
渋ると思ったものの検査を勧めても返答はするものの上の空、心ここに在らずという感じだった。

いよいよ引き返せない領域に足を踏み込んでいるのかも知れない。

その辺りの判別は僕には出来なかったから、
兎に角 早急かつ内密に病院へ引きずっていった。

結論から言えば僕と同じ結果。
当の本人はと言えば医師の話を聞いているのかいないのか 虚ろな目で瞬きをする程度だった。
僕も彼の親に頼まれていると無理矢理に同席したが、
名前と話していたように激昂したり錯乱したりするという最悪の想定は杞憂に終わった。


けれどこれで『一山超えた』なんて安心できない所が憎らしい。
名前の論文を見た限りでは、僕や竹見の診断結果は飲んでいる薬の副作用の可能性がある。
そして僕らに共通した薬剤は、王帝サッカー部の皆も定期服用の義務があるものだった。

だから次に、僕は王帝サッカー部の薬の管理を申し出た。

勿論相手はオーナーだ。

余計な事は言わない、聞かれた事や要件のみを簡潔に。
ここ最近で会得した、彼の…周囲の大人の好む話し方。



『ーーー…薬の管理を君が一任したい?』
『はい』
『何か気になる事でもあったかね』
『ここ最近、定期薬の飲み忘れを見かけます。僕が管理した方が確実で良いと思ったので』



必ずしも害が出ると確定している訳ではない。
けれど、毒の可能性のあるものを仲間に飲ませるのは気がひける。
本当は打ち止め出来れば1番良いのだろうけど
それをやらないのはアレスプログラムを見極めたい、あわよくば僕らの未来に繋がるものにしたいという僕のエゴだ。

それならせめて、この一線だけは守りたい。



『ーーー…皆、聞いて欲しい。今日から飲む薬が少し変わったんだ。
 薬の管理の責任も僕に任されたから、体調の変化があればその都度報告して欲しい』
『『『はい!』』』

『…何だか、ラムネみたいな味がする』
『そうだね。とても苦いからコーティングを親しみやすい甘味のあるものにしてくれたと聞いたよ。
 僕も製薬会社の人には頭が下がる気持ちだ』



まぁ、本当にラムネなんだけれど。

皆にとっては薬を受け取る相手が大人から僕へ変わるだけだから、オーナーから許可が出た後からは大して怪しがられる事もなかった。
処方箋が変わればそれは僕に全て集まる。それに目を通し変更に合わせ出す品を変える。また変われば更に別の物を探して代わりにする。

いつ終わるかも見えない綱渡り。

思い通りの方向に事を運べる事が出来ても、また次の問題が湧いて出る。
決して匙を投げる訳にはいかない。

進んで、進んで。

必死に、けれども冷静さを欠かないように。
ただ僕は前へ前へと進んだ…ーーー。







相も変わらず、白が基調の病室。
先客が置いていったクマのぬいぐるみを持ち上げ、そのセンスに密かに溜息を一つ溢す。
小さい子じゃないんだから、贈り物はもう少し相手の事を考えた方が良いと思う。
そう、例えば…−−−。



「―――女の子が喜ぶのは…コレだよね?」
「…!」



目の前に鮮やかな花束が現れると、少女の表情がパッと華やいだ。
少女は言うまでもなく『茜ちゃん』だ。
今日はフットボールフロンティア地区大会の偵察の後に西蔭と別れ、
彼女のお見舞いに立ち寄った。

橙色が眩しい花のブーケはお気に召してくれたようで、
茜ちゃんは上機嫌にそれを見つめている。



「(…しばらく誰も来ないかな?)」



さっきは幼馴染だという灰崎君とうっかりバッティングしそうになったけど
戻ってくる様子もない。無事回避出来たようだ。

彼はアレスの件でいつも僕や名前に敵意剥き出しで、未だ上手く話し合えていない。
向こうにも僕にも交流を深めたり対話をするつもりが無いからなのだけど…
聞く耳持たずにがなり立てられるとそれなりに疲れるので、相手はしないよう努めている。



「―――ありがとう、野坂さん。最近病院で診てもらったって聞かないけど、大丈夫?」
「うん、やっぱり進行してはいるみたいだったけど。若いと進行が速いそうだよ」
「そっか…。…元気で栄養が沢山あると、早く大きくなるもんね…」
「あぁ、脳腫瘍の成長は僕が生きている証拠ってね。そんな事よりも、今日はどんな話をしようか」



僕がやるべき事をやっている間も時間は流れていく。

協力関係になった僕と茜ちゃんはこうして定期的に情報を交換・更新している。
彼女は名前と共にリハビリに励み、今や殆ど以前と同じ様に体を動かせるようになりつつある。
会話もパッドを使わなくてもこんなに流暢に成り立つようになった。

けれどそれは決して口外してはいけない秘密。

親友の名前にも、見舞いに来る家族や幼馴染にも。
そういう訳で、表向きはまだ表情が出づらく体を動かしにくい演技をしている。

何故ならこの回復は現状、知る者が少なければ少ない程良い。
アレスプログラムの関係者に漏れれば
口封じに何をしてくるか分かったものではないからだ。


茜ちゃんのような状態になった候補生達は大抵、真実を語りたくとも語れない。
けれど、今までその被害が表沙汰になっていないのはその家族も口を閉ざしているから。
カリキュラムを受けていく事を自分達で選んだとは言え、
家族がそんな事になって逆恨みなり、悪評なり、何も訴えが無いものなのだろうか。
否、そんな筈はない。裏で、金なり圧力なり…何かが蠢いている。

これまでの経緯でそれが分かってきて、正直 アレスプログラムの安全性はかなり怪しげだと思っている。
それでも口では『アレスの正しさを証明する』なんて言っているのは
アピール半分、信じたい気持ち半分といった所からだ。

俯瞰して見定めなければと思う反面、
やはり一定の結果を出しているプログラムを全否定は出来ないという思いもあった。
だからメリットとデメリットを秤にかけている…自分や名前、竹見、茜ちゃん…
その他のアレスプログラム候補生をサンプルとして。

そしてそんな中、遂にフットボールフロンティアの地区大会が幕を開けた。



「そうそう、この間は王帝月ノ宮の地区大会1回戦があってね」
「わぁ、凌兵も参加している大会よね!どうだった?」



茜ちゃんは話題に疎いので、僕は話の一つに最近のトピックスや王帝月ノ宮中学の戦績を話したりしている。
因みにそれは彼女が悪いのではなく、テレビも自由に観られず世間を賑わすニュースに追いつけないからだ。
スムーズにリモコン操作している場面を見られたりするのはマズイから致し方ないのだけど…
出来る能力があるのに制限されるというのはとても辛い事だと思うし、
僕も申し訳ない気持ちがない訳じゃなかった。

けれど窮屈な思いをさせてごめんと謝ると
『近い内、名前ちゃんを助ける為だから大丈夫!』と言ってくれる。
伊達に名前の友達をしていないというか何というか、
とにかく僕は本当に心強い味方を得たものだ。



「…とまぁ、今回の僕が得た収穫はこんな所かな。
 取り敢えず、地区予選は持ち堪えられそうだけど…」
「そうなの…。試合に勝ち上がっているのは良いけど…竹見さんが心配」
「あぁ。禁断症状なんて予想外中の予想外だ」
「私もプログラムで使っていた薬は止めたけど…今までそんな症状は無かったよ」
「そうか…。これは竹見に特有なのか、もしくは期間に関係があるのかも知れないな。
 茜ちゃんより僕らの方がきっと長く服用してる」



これからが大事な時だと言うのに、薬を順調に抜いていった筈の竹見が
最近になってよく暴れ出すようになった。

こっそり話を聞くと『危害を加えられそうになった』と言って
自分の正当性を主張するからどうしたものかと頭を痛めていた。
定期投与しないと本質的に人を駄目にするなんて麻薬と何が違うのか。

オーナーがこの事実を知っているか知らないかはさておき、
何にせよ得体のしれない薬だという事に変わりはなかった。
よく採用を決めたものだ。



「(…自分が飲まないから思い切った決断が出来るのだろうけど)」



無責任な決断というのは大体そういうものだ。
自分や自分の大切な物に火の粉が降りかかるとなったら途端に身の振り方は慎重になる。
今は絶対の安全圏に居るという自信があるのだろう。
勿論、不都合な声を握りつぶしてきた実績も。



「こんな事があっても、その薬は使い続けないと駄目なのかな…」
「身体能力が強化されやすいのは間違いないからね。成果があるから下手に切り離せないんだ」
「…」



取り敢えずは西蔭や他のメンバーと代わるがわる見守りをしているけど、
いつまで持つだろうか…さすがに部屋に縛り付けておく事は出来ない。

こればかりは早く薬が抜け切るのを祈るしかない。
そうすれば恐らく、彼本来の人柄が取り戻されて安定するだろう。
僕はそう見当を付けていた。



「…心配しないで。だからこうして僕らが証拠を集めているんだよ。
 危険な物かそうでもないのか、何が悪いのか…はっきり分かれば手の打ちようもある」
「うん…そうだね。野坂さんや名前ちゃんが頑張ってくれているんだから、私も」
「そうさ。…あ、そう言えばね。その花束、実は僕からだけの物じゃないんだ」
「え?」
「もっとよく見てみて」
「?? …あっ」



花束の合間に挟まった小さなメッセージカードを見つけると、
暗く沈みかけていた茜ちゃんの表情がパッと明るくなる。

それは今日来られなかった名前からの預かり物だった。

最近、また講演の忙しくなってきた彼女がお見舞いに行けないと気にしていた事もあり
『伝える事があるなら、僕が手紙でも渡しに行こうか?』と申し出たのだった。



「へぇ…! 名前ちゃん…、そう…。そうなんだ…!」
「…何て?」
「あっ、駄目だよ野坂さん!これは女の子同士の秘密っ」
「そ、そう…それはごめん」



興味が沸いて内容を聞こうとしたら叱られた。
僕は名前とも茜ちゃんともそれなりに信頼関係があると思っていたけど、
またそれとは別次元の隔たりがあるようだ。



「(女の子は難しいな…、いや、構わないんだけど)」



全てを知っている訳じゃないのは今に始まった事でもない。
秘密の一つや二つ僕にだってあるのだから、別に気にする事ではない。

でも最近『入学したのは手違い』だろうとも思える王帝の編入生に押し付けられた知識では、
ああいう風に華やいで話している女性の関心事は恋愛関係が多いとか。


名前が。
…恋愛。


必ずしもそうとは限らないけれど、もしそうだとしたらと思うと
何故か心が軋むような気がするのだった。
相手はどんな人だろうとか、どんな経緯で知り合ったのだろうとか、
無限に疑問が沸いてくる。

だって名前は小さい頃からずっと一緒で、
もう『家族』と言っても差し支えない付き合いだ。
家族にそんな相手が出来たら気になるのは当たり前じゃないか。
…今まで周りには興味の無かった僕が言うのもなんだけど。

そんな風にモヤモヤした思考を煮詰めていると
手紙に集中していた茜ちゃんが勢いよく「あっ!!!」と叫んだ。
一瞬驚いて肩が跳ねた。



「茜ちゃん、どうしたの?…後、あまり大きな声は出しちゃ駄目だ」
「ごめんなさい…!でも、あのね!
 この前名前ちゃん、私が寝てる時に来てくれたんだって!
 大体そういう時って増えてるの!『絵本』が!」
「…!」



絵本は所謂 隠語だ。要するに隠してある論文が更新されたという事。

見舞いに来た時、直接『仕舞わせて下さいね』と言われる時もあるが
リハビリや検査等で訪室のタイミングが合わなかった場合は
特に何も言わずに置いていくようだ。
許してくれる筈だという信頼関係があるからこその動きに他ならない。

必死で、切羽詰まって、ギリギリなのだ、きっと。
僕の頭の中と同様に、何か彼女を蝕み続けているモノがあるのかも知れない。



「(…名前…)」



彼女の許しを得て素早く枕頭台の開きを開けると、目新しい本が端に加わっていた。

その本の題名は『青い鳥』…―――。












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(2019/10/17)


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