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6、綻びからは逃れようなく

王帝サッカー部が始まって数日後。
設定してみたトレーニングメニューにも少しずつ改良すべき点が見えてきた。
僕自身で作った練習内容は基礎能力を知るには役立ったけど、いつまでもそれでは駄目だ。
それぞれポジションの適性があって、それに合わせた練習方法も探していかなければ。



「(西蔭はやっぱりGKだな…腕でも脚でもしっかり力が入る感じがする。
  体格もだけど多分、筋肉のつき方のバランスが良いんだろうな)」



少し羨ましい気持ちが湧くのはともかく、自分に足りないモノが客観的に分かるのも良い。

練習の合間、メモに各人の配置と特訓内容を走り書きする。
勿論、本人の希望もあるだろうからあくまでも提案段階、仮のものではあるけれど。
ともかく、今日はこれをまとめて明日は伝えられるようにしよう。

既に他のメンバーに指示をしたクールダウンに自分も入ろうとしたその時、
よく見知った姿がスタジアムの入り口にあるのを見つけた。
声をかけるタイミングを図りかねているようだったので僕から足を向ける。



「… 名前!」
「悠馬、練習の途中では?抜けて来て大丈夫ですか?」
「もう終わるから問題ないよ。どうしたの」
「いえ、大した用ではないのですが…この前借りたユニフォームを返そうと思って」



いつでも良いのに、律儀だ。
それとも今度いつ返せるか分からないから早めに持って来てくれたのか。
洗濯し終えたらしいそれは丁寧に透明なビニールに包まれている。

あの時の名前にこの漆黒は良く似合っていた…
まるで彼女に着られる為にあつらえられたかのように。
そのまま進呈したい気持ちもあったけれど、性格上受け取らないだろう。



「分かった、ぼくが責任を持って戻しておくよ」
「ありがとうございます、お願いします」
「でも、随分早く返してくれたんだね。こっちに来る暇もないかと思っていたよ」
「取り敢えず、今期の入学希望受付は終わったようなので…小休止と言う所でしょうか」



小休止、という言葉に予想が外れて意外に思う。
とは言え、それでもポツポツと講演に呼ばれてはいるようだ。
本当にここはプログラム候補者の募集に余念がない。
当然と言えば当然だろうか、それだけ脱落者が多いのもまた事実なのだから。

プログラム運営の上層部の動き、名前の近況…知りたい事が沢山ある。
そして、僕個人が調べた伝えたい事も。叶うなら情報交換をしていきたい所だ。



「…悠馬。最近調子はどうですか?」
「調子?…うん、悪くはないと思うけど」
「部活に入った人達も?」
「あぁ、皆予想以上に運動能力が高くて…学業もそうだけど」
「そうですか、それは良かった」



どこかホッとしたような表情で微笑む名前は
『何事も初めが肝心と言います。折角、部活として始まったのですから』と付け加えた。
きっと何か思う所があって僕に聞いたのだろうけど…真意は分からない。
表立って聞けない事なのか。



「(どこか…誰にも話を聞かれない場所なら、本音を話してくれるだろうか)」



少しの間、暇があるというならそれも可能かも知れない。
病院での名前の言動を思い返す限り、あまり関係者に知られたくないから話せないという印象だった。

期待を一身に背負ったサッカー部ではあるけど、
幸いな事に郊外の行動範囲を制限されたりはしていない。

少し離れた場所に名前を誘ってみようと口を開いたその時
彼女の視線が僕の肩を超えた向こう側に動いた。



「…悠馬。彼の様子、少し…」
「…?」



心配そうに眉を潜め、僕の先にいる誰かを気にかける。
彼とは誰だろうか。
確認しようと僕が振り向いた瞬間が先だったか、名前が動こうとするのが先だったか。

ーーードサッ、と何かが倒れる音がした。



「…っ!?」
「竹見君!!」



フィールドの芝生に倒れ伏していたのは竹見。
ただ転倒しただけならそこまで焦る事はないが、
直前の様子を見ていたらしい名前は急いで駆け寄る。
僕も遅れて続くがその間も彼は起き上がらない。



「…、…、…」
「竹見君!聞こえてますか…?」
「…竹見、大丈夫…ーーー!?」
「…、…、…」



瞳は開いているが焦点が合わない。
ぼんやりと虚ろな顔を僕らは見覚えがある…精神崩壊を起こした人のそれだ。



「これは…」
「悠馬、少し彼を支えてくれるでしょうか?」
「起こして大丈夫だろうか?仰臥位の方が良いんじゃないか」
「大丈夫です、これは普通の脳震とうや意識消失ではないので…。
 …ーーーっ『竹見幸助』君!!しっかりして下さい!!」
「…、っ…!?」



脱力した体を僕が支え、名前が声を張って強めに呼び掛ける。
するとはっと気が付いたように驚く竹見。反応が戻った。
支えていた肩が若干強張り、力が入ったのが分かる。



「(良かった…)」
「…野坂君に…名字、さん…?」
「竹見君、大丈夫ですか?」
「いきなり倒れるから驚いたよ。
 足がもつれるくらい練習が響いているならメニューの見直しを…」
「倒れる…?僕が…、…??」



名前の声が予想外に通ったり、立てない竹見を心配して
西蔭や他のチームメイト達も集まってくる。
しかし竹見の狼狽えた様子を見ると大勢で囲むのはあまり良くなさそうだった。



「…竹見君…」



名前が竹見の名前を呼ぶ。
しかし当の本人は答える事なくふらりと立ち上がり、その場から急に走り出した。
垣間見たその顔は思い詰めたもので、独りにしてはいけないと僕の中で警鐘が鳴る。



「っ竹見!?」
「放っておいて!大丈夫だからッ!!」
「そんな事言ったって…!」
「悠馬、言葉は届かないです…!」



どう考えても大丈夫ではない。
論破する暇もなくスタジアムから出て行こうとする彼を
名前も追いかけて行く。



「名前、僕も行…!」
「…野坂さん、竹見は一体どうしたんですか?」
「つ−かアイツ、荷物置いて行っちまったぞ…?」
「(くっ…)」



クールダウンを粗方終えた他のメンバーも竹見の奇行に首を傾げている。
ここは僕が納めなければいけないが、そんな事をしている間に
彼がどこへ行ってしまうか分からない。



「悠馬は皆さんに指示を出して下さい!」
「…、分かった…!」



流石にこの状況は西蔭に代行を頼める雰囲気ではない。
心配ではあるが名前に一旦彼を任せ、
何事かと目を白黒させている他のメンバーに出す指示を組み立てた。







―――出遅れた後。
僕は携帯で名前に連絡を取りながら、やっと2人を確認できる距離まで追いついた。



「…竹見君!やっと追いつきました…」
「名字さん…。何か用…?放っておいてって言ったよね」
「君を独りにしても大丈夫だと感じたらそうします」
「…」



深妙な面持ちで向かい合う名前に対し、
竹見は緊迫した先程の表情とは違い、覇気の無いそれで心ここにあらずと言った様子だ。
声を掛けて一緒に話しに混ざるような雰囲気ではなく、
壁の死角に身を置いたまま会話の続きを聞いた。



「最近、自分の体調で気になる事はないですか?」
「練習で転んだのを馬鹿にしている、という事?
 あれしきの練習で足が上がらなくなるなんて情けないって?」
「違います。言葉通りの意味です」
「…無いよ。メディカルチェックでも異常はない。僕は至って健康体だ」
「機器の計測では見えない変化を私達は自分で気付ける筈です。
 自分でも分かっているのでは?」



僕の時と似たような、でも違う質問の仕方だ。
名前はきっと竹見に起こっている事に確信を持っている。
けれど彼は怪訝な顔をして何が言いたいのかと名前に主旨を言うよう促した。



「…結論から言えば、君はアレスプログラム実施によって精神崩壊を起こし掛けています」
「…?!」
「勿論、可能性の問題ですが。
 でも今日の様子を見ていると、問題なのは決して精神面だけではないです。
 私の持っている統計データによるとこのままでは君は病院生活を余儀なくされる。…近い内に」
「はぁ…!?どういう意味だよッ!!分かるように言えって言ってるだろ!?」



淡々と述べる彼女に対し竹見は激昂した。
『どうして自分が候補生失格の烙印を押されなければならないのか』と問う勢いも
普段の人柄からは想像がつかないぐらいの変わりよう。
まるで感情が爆発したみたいだった。
彼自身、気がつけていないのだろうか。
傍から見れば精神崩壊が間近だと言われるのもあながち間違えでは無いのだろうと分かる。



「僕達 候補生にとってプログラムから外れるのがどう言う事か、
 同じ英才子供センターにいた君なら分かっているよね?!
 何を根拠に言ってるのか知らないけど、いい加減な理由なら許さないよ!」
「それですよ」
「!?」
「君は元々、プログラムにそれ程の価値を感じてはいなかった」



そう言われると、記憶の片隅にぼやけている竹見はいつも静かに過ごしていた。
どちらかと言えば活発に動かなければならないカリキュラム中は冴えない表情だった筈で、
けれども今 目の前で名前に噛み付いている様は立派なプログラムの信者だ。

意識の喪失。性格の変化。思考の変容。感情のコントロール不良。
どうやら名前はこれらがプログラムによってもたらされたものだと言いたいようだ。



「竹見君も何となく分かっているのでは?
 例えば…疲労が回復しなかったり、思うように体が動かなかったり、
 鬱屈した気分が晴れなかったり…」
「うるさいっ!!僕は…、僕は、どこも悪くなんて無い!異常なんて無い!!」
「…そうですか。なら良いんです」
「…っ…」
「自分が正常だと言えるのであれば構いません。
 けれど君が今感じている感覚の出処は君自身ではない…君が悪いとか、
 他の子より劣っているとか、そう言う事ではないとだけ覚えておいて下さい」



誰にだろうか、叫ぶように言い放つ竹見を名前はそれ以上追求しなかった。
ここまできっぱりと不調を否定できるなら
もうそっとしておく方が良いだろうと判断したのか『呼び止めてしまってすみません』と名前は言った。
ささめくような声の後、踵を返そうとした彼女に再び竹見が吠える。



「オイ、待てよ…!」
「…何でしょうか?」



口調も変わり、敵意に近い竹見の表情に僕も直ぐ動けるように体勢を整える。
他意はないけれど名前の言葉は今の彼には刺激が強い。
彼女の言う精神崩壊の兆しのあった人は総じてそれに当て嵌まるかも知れないけれど。
名前を守ると言う意味でも、チームメイトを止めると言う意味でも…
僕には瞬時の判断が求められている。



「お前、何か知っているのか…?データって言ってたな。
 じゃあ、何だ?僕達はお前の実験台か何かにされているとでも?」
「違います。カリキュラムの被験体は私を含めた候補生全員です」
「はっ、ずっとここにいる僕だけがおかしくなるのは変だな!
 お前も壊れてきてるって言うのか!?」
「ええ」
「!」
「(…―――っ!?)」



突然に降ってきた聞き捨てならない返答が僕を動揺させた。

落ち着いて名前の言葉を反芻するがどうにも受け入れられそうにない。
だってこの間だって一緒にお茶を飲んだ。サッカーの練習をした。
そんな素振り、少しだってなかった筈なのに。



「…症状の発現にはタイプがあります。
 運動機能に不都合が出る人、精神異常が現れる人、感覚器が狂う人…それらの複合型」
「だ、から…何だって言うんだよ!僕には関係ない!」
「本当に関係がないでしょうか。…ありませんか、例えば
 どうしても不安で消えてしまいたくなるような気持ちがあるだとか。
 冷感・熱感が消えたとか…味を感じなくなったとか」



―――『最近、コーヒーとかフルーツティーとか好きだね』
―――『…香りはあって、でもそのものの味がしないのが不思議で面白いな、と…。
 悠馬は嫌いでしょうか?それなら止めますけど…』



「(…っ!!)」



思わず僕は手を口にあてた。

あの時のあの言葉は、そういう意味だったのか。
全てが繋がると同時に、同年代よりも大人びた嗜好の真実を叩き付けられた。
悪い予感が外れていないとしたら、味覚は勿論
竹見に例として挙げた事が既に名前に起きている…?



「(このままでいれば、名前はいずれ他の候補生と同じ様に…)」



信じたくなかった。助けたいと思った彼女が変わり果てた姿なんて僕は望んでいない。
僕らが進もうとする未来でもない。



「(一体どうすれば…、考えろ、考えないと…)」



最早、竹見と名前は視界にはあるけれど会話の内容は入ってこない。
どうすれば彼女を助ける事が出来るのだろう、頭がそれでいっぱいになっていくのが分かった その最中。



「…う、…っ?」



心と身体は相関している。
現代では常識となったその理論を体現する様に頭に痛みが走り
僕は思わずその場に膝をついた。



「(何だ、これは…、…)」




開けている筈の目がぼうっと黒い何かに侵食されて覆われる。
その感覚を最後に意識を手放したのだった…ーーー。









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(2019/9/14)


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