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5、待つ春の音は不協和音

薄い桜の花弁が宙を舞う頃。僕は中学生になった。
かと言って何かが劇的に変わる訳ではないけれど。

強いて言うなら訓練がサッカー部の活動になる事と、
また周りの面子がガラリと入れ替わった事くらいが変化だ。

グラウンドの端で芝の緑を眺めていた僕の背後から離れて声がかかる。名前だ。



「ーーー遂に明日ですね、王帝月ノ宮サッカー部の始動」
「珍しいね、こんな所でどうしたの?」
「悠馬がグラウンドにいたので気になって。今日は下見ですか?」
「まぁね。君の用事はそれだけかい?」
「サッカー部は特に優秀な人達が集まっていると聞いたので
 誰かのお目にかかれるかと思い立ったので」



日本中で熱狂的な人気を誇るサッカーをアレスが放っておく筈もなかった。
更なる普及を目指して乗り出したのがシステムを利用した
サッカーのスタープレイヤー育成。

そのプロトタイプが僕ら王帝月ノ宮イレブンだった。
成功させねばならない計画なのだから学業も身体能力も高い生徒が選ばれ
集められるのは当然とも言える。



「そう。…残念だけど今日は僕だけだ」
「十分です…元気そうで良かった。久しぶりに顔を見られて嬉しいです」
「ありがとう、僕も同じ気持ちだよ」



あの後、名前と僕は何とか除籍を免れただけでなく全くのお咎めなしで事態を収めた。
水面下でどういう駆け引きがあったかは知れないが
恐らく彼女が手を尽くしてくれたのだろう。

その事実が少し苦しくて、僕は僕の出来る事をしてきたつもりだ。
そして周りが下した評価が…ーーー。



「…年上の人もいる中で、悠馬がキャプテンなんですね」
「最近王帝に来た人達ばかりだからね、明日は初めて顔合わせなんだ。
 年は下でも僕が一番アレスプログラムを長く受けているから、
 そういう所も買われてこの位置にいるんだと思う」
「…嫌ですか?」
「まさか。大役を任されて身に余る光栄だよ」
「そう、ですか」



僕を心配しているのか名前の言葉が少し詰まる。
そんな顔しないで欲しい、重要な位置にいるのは必ずしも悪い面ばかりじゃない。
情報が手に入るし、発言権も多少は持てる事だから。

言ってしまえば良いのかも知れないけど、
それでお互いのプログラムへの信頼度が分かってしまいそうで敢えて伏せた。
本当の事を知らない方が逃げ道になる時もある。




「…あ。後は、西蔭も無事に合格したよ、知ってると思うけど」
「はい、入学者のリストに載っていましたね」
「明日から彼も王帝サッカー部の一員さ。体格が良いからGKかな」



受験勉強、手伝ってくれてありがとうと言うと
名前は少しはにかんだ様子で力になれて良かったと返す。

彼女だってこんな顔をするんだと西蔭にも見せたかった、
結構苦手意識を持っているようだったから。



「…思ったより楽しんでいた?」
「えっ…、…、はい、そうですね。新鮮で…楽しかったです。
 あんな風に長期間一緒に勉強をした事は、これまでになかったので…」
「…そうだね。僕も」



今まで僕らは殆ど2人ぼっちだった。
第三者が入ったとしても大人か、同年代だとしても直ぐにいなくなってしまっていた。
そういう意味では西蔭は初めての『長い』友達、という感覚かも知れない。



「(それにしても、楽しい…か)」



体験した事のない感覚を『楽しい』と称するなら、
僕には一つ彼女にそれをあげられる準備がある。
ちらりと時計を見ると、まだスタジアムのライトが消えるまでは余裕がある。



「…ねぇ、名前。サッカーしてみない?」
「え?サッカー、ですか?」
「そう。ここが王帝イレブンのものになる前に、僕と君で」
「…」



嫌なら良い、でもそんな素振りはない。
真っ白く積もった新雪へ足跡をつけるのが楽しい、それと似た感覚だと思う。

でも、と伏せられた瞳はそれでも奥で揺れている。



「僕も教本で基礎知識を入れたくらいで、
 実際に人とボールを交えた練習はしてないんだ」
「予行演習したいという事ですか?」
「そう。司令塔に技術が伴わなかったら皆付いてきてくれないだろう?」
「…、分かりました」
「助かるよ。じゃあ折角だからユニフォームに着替えてやろう。僕も行くよ」



制服のままという訳にもいかない。
オリエンテーションの日に汚したのでは広告塔でも司令塔でも顔が立たない。
僕は手を引いて彼女を更衣室へ促した。







「悠馬、お待たせしてすみません」
「構わないよ、今日は誰も来ないしね」



しばらくして予備のユニフォームに身を包んだ名前が出てきた。
王帝のユニフォームはシックな黒基調の色合いだからか、
名前の肌の白さが際立った。

何だか以前より白くなったような…美白といえば聞こえが良いが
どちらかと言うと蒼白い気がした。



「…」
「どうしたの?」
「悠馬、似合っていますね」
「…っそう…、面と向かって言われると何だか…気恥ずかしいね」



ここまで僕はユニフォームのデザインや番号なんてどうでも良くて、まじまじと見たりしなかった。関心がなかったのだ。

でも面映ゆいのも手伝って自分の身に纏うモノを改めて見つめれば、
蓄えた予備知識がふわりと蘇る。

与えられた番号はサッカーにおいてはエースナンバーなのだそう。
基本的に若い番号になれば自分達の陣地の深くを守る事になる。
反対に僕の背負う「10」ともなると相手チームにほぼ接したような場所を位置取っていく。

差し詰め、相手に挑む一番槍か。



「(不思議だ。…少しだけ、この黒が自分に馴染んだ気がする)」
「悠馬?」
「大丈夫、何でもないよ」



任されたポジションの意味を考えると失敗は出来ない。
名前がこうして付き合ってくれるなら尚更。
元々意識はしていたけど、今からの練習に気が引き締まった。




「よし、じゃあ始めようか。ウォームアップから基礎練習まで…
 これは僕が任されて組んでみたんだ。こなしてみて感想を教えて欲しい」
「はい」



アレスプログラムが設定したメニューをそのまま使っても良かったけど、
どちらかと言えばあれは能力を伸ばす側面が大きい。
会ったことのないメンバーの基礎的な能力を知りたくて
王帝サッカー部のスポンサー・月光エレクトロニクスのオーナーに提言した。

…とは言え、名前もこれまでプログラムをこなし続けてきた実力者。
得られる感想は入ってきたばかりの人には活かせないかも知れない。
同じ境遇の竹見なら別かも知れないけれど。



「…専用のグラウンドがあると、練習も自由度が上がって良いですね」
「そうだね、外周に行かなくてもこの中で事足りる…
 まぁ、練習内容も漏れない事も考慮してここを用意したんだろうね」
「徹底していますね…」
「あぁ…こうやって向こう1年、僕らはこの中で力を蓄える。
 情報の流出を最小限にして2年後のフットボールフロンティアで
 華々しく初出場・初優勝をしてアレスの天秤を世に知らしめる。
 これが課せられたオーダーだ」



軽く息が弾む程度のウォームアップには少しの雑談の入る余地がある。
柔軟をして少し走り込み、体を慣らしてからようやくボールに触れる。



「さて、ここからボールを使う訳だけど…まずリフティングかな」
「リフティング…ボールタッチを鍛えるものですね。やった事はないですが…」
「僕らは機械での訓練ばかりだったからね。瞬発力、持久力、筋力…
 どれも自信はあるけど、力加減…調整はあまり得意じゃない人も多い。
 かくいう僕もそうだけど」



爪先でサッカーボールを掬ってみると予想より高めに宙に浮かんだ。
物と、あるいは人との距離感、力加減。
今までは結果を出す為に資質の全てを絞り出す事を求められてきた僕らは、
こういう事が難しく感じる。

やがて落ちてきたボールを胸でトラップし、
再び足下に収めると名前がじっとそれを見て同じ様にやってみせた。




「…上手だね」
「本当ですか?ありがとうございます」
「今度は続けてみよう」
「お手本がないと難しいです…」
「手本になるかは分からないけどこんな感じ」



掬い上げたボールを今度は膝に当てる。
また浮いたボールを今度は逆の膝、次は踵、くるぶし、頭…
ポンポンと弾んで地面に落とさずリフティングが続く。

その真似をする様に名前もボールを蹴り始める。
やっぱり呑み込みが良い…というか異常なくらい早い。
多少、高く浮かせ過ぎている所もあるけど直ぐに修正するだろう。



「永遠に続けられそうだね、名前は。実際にプロサッカー選手は出来るそうだけど」
「これだけなら出来る人は他にもいると思います…
 でもきっと、試合をすると様子が違うのでしょうね」
「そうだね。…―――こんな風に!」
「!? あ…」



自分のボールを置き去りに、名前が操っていたボールをパスカットの要領で奪い去る。
いきなりの事で反応できなかった彼女はポカンとした後
『…成程、早速の実践練習ですね』と言った。



「そういう事。急に始めて悪かったね」
「いえ、それが実践なので…でも、簡単に取られてしまいました。
 君の練習に…、なるでしょうか?」
「安心して。今のは名前が動き方に慣れていなかったのと、予測が出来なかったから…
 仕掛けてくるのが分かっているのに こんなに簡単に取れる事はまずない。
 だって向こうもこっちがカットを狙ってるって思って構えているから」



聞いただけの知識ではあるけれど、視覚で認識して脳に情報が伝わって
筋肉に電気信号を送るまで0.2秒かかるそうだ。
既に動き出せる体制に入っているか、ぼーっと立っている所から動き始めるのかでは
大きく状況が変わってくる。



「…不意打ち、あるいは予期せぬ方向や視覚外から妨害されると
 ボールを取られてしまう可能性が上がる、という事ですね」
「上手くそういう状況から外れるのも試合の支配権を握るポイントかも知れないね。
 …そういう訳だから、次にマークやスライディング、
 競り合いなんかもやってみたいんだけど…まだ付き合ってくれるかな」
「はい」



やり方や注意点の大まかな内容を伝え、
名前と確認しながらまずゆっくりと実際に動いていく。

教本に書いてあった表現ばかりで僕の体験は伴っていなかったけれど、
彼女は理解が早いのでとても助かった。
きっと外部から来た人達はこんな事、最初から体で知っている。
普通に友達と、兄弟と、…親と、遊びながら学んでいるだろうから。
でも僕にとってはそれは当たり前の事じゃない。
だから、名前がこうして一緒に未知の領域を踏破してくれる事はとても心強かった。



「―――…もっと姿勢を低くしてマークして。次に相手が動いた時に反応しやすい」
「こうですね」
「そう」



「スライディングは後ろから仕掛けちゃ駄目だ。ファウルになる。
 後、相手への攻撃という訳じゃないからボールに対して滑り込んで」
「はい」
「後、どうしてもボールをとりたい時の手段だから出来るだけやらない方が良いな」
「分かりました。…でも、試合なら相手にボールが渡った時は
 いつだって『どうしてもボールを取りたい』ものでは?」
「…それもそうだね。でも、頻繁に使えばそれだけ相手も自分も
 怪我をする確率を上げてしまうから…切り札として使う感じだろうか」
「とっておきなんですね」



「肩入れて!押し返す感じで行かないと体ごと弾かれるっ」
「っはい…!」
「ドリブルもしているんだから足元も注意して、
 相手とリーチが違うとクリアされやすい!」
「ぐ…っ」
「っそう、そんな感じ!その調子…―――」
「…ぁ!」
「!!」



―――ドサっ…
次第に慣れてきてより実践に近づけようと、
ドリブルをしながら相手のボールを奪う練習をしていた僕ら。

よりスピードをつけて、より力を入れて…そんな風に必死に練習していたら
気持ちもヒートアップしすぎてしまったようだ。
お互いの足に引っかかって、もつれるように倒れ込んだ。



「…ぃた…」
「っ名前!!ごめん大丈夫!!?」
「ぁ…はい、大丈夫です。こちらこそすみません…。
 悠馬こそ、足を捻ったりしていませんか?」
「あぁ、僕も平気。…怪我が無くて良かった…」



受け身を上手く取ったのか、動けなくなったりはせずに済んだようだ。
猫とライオンが本気でじゃれていれば、こんな事にもなるという教訓か…気を付ける他ない。

そんな風に怪我をさせずに済んでホッする一方、ふと下敷きにしてしまった
華奢な体と僕の体に差が出てきているのを感じとった。

どんなに同じ様に鍛えても僕とは同じにならない、
女性らしい曲線を帯びた体付きはもう、幼い頃の名前のモノじゃない。

見た目はユニフォームでそこまで変わらなく見えるけれど。
成長期に入るのだから出来ていて当たり前の差だけれど。
そんな事当たり前が意識の外の事だった。

…―――きっと僕ら両方にとって。



「…」
「…」
「… … …悠馬…」
「っ!! あぁ、ごめん…!」
「いえ…」



名前が遠慮がちにごそ、と動いて声を掛けてくると
僕はようやく我に返って体を彼女から跳ねのけた。
そのまま隣へ体を仰向けて寝転ぶと、心配そうに名前が僕を覗き込む。
あまりに恥ずかしくて片手で顔を覆った。



「…、ゴメン…本当に…。熱が入りすぎた…」
「身長差がまだそれほどないから、お互いの体格差なんて…今まで考えもしませんでした」
「…そうだね…」
「…ふぅ…、…芝生って意外と、気持ちが良いですね」



名前は僕の傍にコロリと横になってそんな事を言っている。
指の間から見ると空を仰いだ彼女の瞳には爽やかな青と白が映りこんでいた。

僕と同じだと思ってきた名前。僕とは違っていた名前。
すぐ横の存在は異性なんだと気付いてしまって、どうしようもなく動揺してしまった。
顔に集まる熱も、血液も、煩い心臓の音も、全てが名前との関係を壊す要素に感じて、一切を体内に押し込めてしまいたくなった。
けど、そんな事は出来るはずもなく。

せめて名前に気付かれたくなくて、
深い呼吸で無理矢理に副交感神経に切り替え、平然を装う。



「…初めてやりましたが、奥が深いですね。サッカーって」
「うん。動きとしては決まったパターンがあるけど、突き詰めると面白い…かな?」
「疑問形なんですね」
「まだ結論を出すには早いかなって。まだチームでやってすらいないからね」
「そうですか。…でも、悠馬からボールを取れた時は達成感もありましたし、
 こうして倒れ込んだ後も不思議とスッキリしています…
 2人で練習しただけでも楽しいと思えたなら、
 きっと大勢でやるのはもっと楽しいのではないでしょうか」




『試合に勝てたなら、尚更』。視点を空から隣の僕へ移し、名前はそう微笑んだ。

確かに理論的にはそうなる。
実際 僕も楽しいと感じたから真剣に、もといムキになってこんな事になったのだし。
でもそれは彼女と一緒にやったからかも知れない。
別の誰かに取って代わられた時、僕は本当に楽しめるのだろうか。

サッカーという課せられたオーダーを。




「(…、課せられた、か…)」
「悠馬?」
「…今日、君と練習出来て良かった。本当だよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです。明日…頑張って下さい」
「勿論、キャプテンだからね」



いっそ名前もサッカー部だったら良かったのに、その僕の希望は叶わない。
彼女は彼女の役割が大人から与えられている。
それを僕が邪魔したらそれこそ名前がどんな被害を被るか分からない。
あの火事の時のような事は決して起こしてはいけない。
何より二の舞なんて僕自身が許さない。


−−−それでも。
それでも僕がサッカーを続けていれば、いつか
君とまた楽しくサッカーをする未来もあるだろうか。




「(…こんなことを考えるのは、もう二度とないと思っているからなのかな)」




それならせめて、君とのこの思い出だけは胸に刻んで忘れないようにしたい。

敷き詰められた緑と広がる青、
そして優しく目を細めている名前を僕は自分の瞳に焼き付けた…−−−。











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(2019/5/29)

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