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3、崩れ始めた平行線

最近、名前の様子が何だかおかしい。
表面上はあまり変わらないから周りは気付かないけれど、元気がない。

留守にする頻度があからさまに増えたから疲れているのだろうか…。
確証がある訳ではなかったけれど、心配だった。



「…?悠馬…、どうかしましたか?」
「…名前、疲れてない?」
「疲れて、いるように見えますか?」
「何となくだけど。…大事だって言い聞かされているのは分かるけど、
 外出の頻度を少し減らした方が良いんじゃないかな」



僕らのお茶会も間が空くようになってしまった。
出先から出先へ、施設に帰らず赴くせいで名前の顔を1週間以上見ない事が
ザラになれば、僕の焦燥感は高まる一方だった。

慣れない土地で体を壊していないだろうか。
沢山の目に晒されて緊張と不安で押し潰されてはいないだろうか。
きちんと眠れているだろうか。

…このまま長く会わなくなって、やがて僕の事を忘れてしまいはしないだろうか。



「こっちに帰って来てもあまり食べないし…
 食欲がなくなるくらい疲れているのかもって思ってね。僕の取り越し苦労なら良いんだけど」
「そうですか…、ありがとうございます。
 自分では普通のつもりだったから、悠馬が気付いてくれて助かります」
「自己管理は怠らないで。
 …ここならまだしも、外に行くなら僕が一緒とは限らないんだから」
「はい、気をつけますね」



そう言って少し困ったように微笑む名前。
そう言う所はいつもと変わらない。違和感の正体を掴みきれないまま、僕は淹れてもらったコーヒーに口を付ける。

ほんのりと甘苦いそれは名前が飲んでいるものとは色が違う。彼女の方はミルクも砂糖もないブラックだ。

苦くないかと問えば、香りがするのでと返ってきた。
確かに芳ばしいけれど、前に少し飲ませてもらった時は眉間に皺が寄った。



「最近、コーヒーとかフルーツティーとか好きだね」
「…香りはあって、でもそのものの味がしないのが不思議で面白いな、と…。
 悠馬は嫌いでしょうか?それなら止めますけど…」
「いや…そんな事ないよ。良い香りがする。西瓜のフレーバーとか無いかな」
「ふふ…本当に西瓜、好きですよね。
 全国を探したらあるかも…見つけたらすぐに持ってきます」
「ありがとう」



全国、という言葉に少しドキリとする。
今でさえ色んな所に行く名前は、これからアレスの支部が増えたらもっと会えなくなるんだろうか。

プログラムが認められていけば、いつか世界にも飛び立つのだろうか。

彼女にその力があるのは僕が一番知っているし、
沢山の人に彼女を認められるのは自分の事のように嬉しい。

けれど、離れる時間が長くなるほど僕の知らない名前になっていくのが少し怖いとも思う。

傍にいて欲しい。どこにも行かないで欲しい。そんな我儘が僕の思考を占めていく。

…こんな事では、優秀な人間なるなんて到底無理だ。



「…、…ま、悠馬…」
「っ、え…、何?」
「大丈夫ですか…?」



心配そうに僕を見つめる名前の横にはいつの間にか教官が立っていて、
今にも彼女を連れて行こうとしていた。



「あの、悠馬…。講演をして欲しいと言う依頼があったそうで出掛けなくては行けなくて…」
「名字さん、早くなさい。定刻に遅れてしまいます」
「すみません先生…、では悠馬、また…。疲れている時は休んで下さい」
「…、うん…」



帰ってきたばかりなのに、大人に手を引いていかれる名前の後姿が僕の目に映る。


あぁ、彼女が遠い。


遠くなっていく。



僕の知らない所へ行ってしまう。




行って、しまった…。



***



名前が出かけて数日、重苦しい思考が晴れなくて
気分を変えようと僕は市街を散歩していた。

それでも効果は薄く、憂鬱な気持ちは一層深まっていった。



「(…名前、早く帰ってこないかな)」



プログラムで訓練を続け、名前以外にも話す相手は今までにも居た。
最初は名前と同じように未来へ向けて頑張ろうとしたけれど、
皆 施設を去ってしまった。

もう初めの方から在籍する訓練生は僕と名前、後は…竹見君、だったか。
それぐらいなんじゃないだろうか。
他の人について詳しい事は伝えられていないが、
プログラムが続けられなくなったのだと聞いている。

小さい頃は鵜呑みにしてきたけれど宮野茜さんの件や、
最近の訓練生の入れ替わりも激しい事もあって、僕はやや懐疑的な考えを持ち始めた。

心身のバランスを乱して去っていった原因が個人の問題ではなく
カリキュラムやアレスプログラム自体にあるのだとすれば。

ただ悪戯に犠牲者を増やしているだけならば。


僕らがやっている事は一体、何になるのだろう。
僕らは一体、何の為に生きているのだろう。
僕に、生きている価値はあるのだろうか。


―――ワカラナイ。



「(…駄目だ、止まらない)」



陰鬱な方向にだけ傾く思考を制御できず、
どこか休む場所を探そうとした時。鼻を突く異臭にふと気が付いた。

顔を上げるとすぐ傍で焦げ臭い、灰色の煙が上がっている。
僕はどうかしてしまったのだろうか。周囲への意識が全く無かった事に愕然とした。



「(こんな近くで起こっている火事に気が付かなかったなんて…!)」
「助けてー!!」
「っ!」



助けなければ。

轟々と燃え盛る炎の中に声が聞こえると、考えるより先に体が動いた。
そして走りながら追って理解した。



「(…例えこれで僕が死んでも、それであの子の命が救われたなら)」



それは一つの未来が変わったという事であり、僕という存在が未来を変えたという事。
―――僕の命にもまた、価値が生まれるという事。

いつもは苦しい時によぎる名前の存在や楽しい記憶も、
今は霞がかっているようにぼんやりしている。

危ないから、と止めてくれる制御役がいない体は、
まるでブレーキがかからない壊れた車のようだ。
僕の体であるはずなのにアクセルを踏み抜くのは一体、誰なのだろう。


ただ、今だけは止まる事は出来なかった。これは賭けであり証明だ。
僕に未来を変える力があるのか…アレスプログラムで培った力が、心が、試されている。



「オイ!お前何する気だ…っ!?」



僕と同じくらいの少年だろうか、静止するような声が聞こえるが
構っている時間など無い。


皮膚を焦がす程の熱気に当てられながら、
僕は赤黒い炎と煙の立ち込める建物に飛び込んだ…―――。
















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よくよく見たら野坂君の小さい時から竹見君もいたので出してみました。
今や懐かしいこの回で、野坂君はもう少し自分を大切にして欲しいと思ったものです…。

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