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2、望まれる役割

予感通り、名前とはすぐに仲良くなった。
否、仲が良いなんて言葉では表しきれない繋がりを僕らは互いに感じていた。

親に見放された僕は誰かに必要とされる事で存在意義を見出せたし、
名前はその筆頭だったのだと思う。


僕は彼女が必要で、彼女も僕がいなくてはならない。
それはまさに共依存だったのだろうけど、それでも構わなかった。


同じように学び、食事を共にして、幼い夢を語り合い、『また明日』と目を閉じる。
過酷な訓練があっても、何気無い日常であっても、
名前を通すとそれは最後には小さな幸せに変わった。

そうして気が付くと月日はあっという間に流れていて、
僕らはアレスプログラムの候補生の中でも古参になっていた。



***



「名前、お帰り」
「悠馬、待たせてすみません」
「いや、僕も今来た所だよ」



中学生に上がる前の事。
名前は候補となる子供を集める選定者を担う事になった。
審人眼とでも言うのか、彼女は人の才能を見抜く力があるらしい。

実際の様子を見た事は無いけれど、各地の拠点となる場所を回って講演会をすると聞いた。


正直、名前の賢さは生来持って生まれたものだから教育プログラムは関係ない。
それでも大勢の前で訓練について話す名前の堂々たる様子や広報の巧みな話術は
保護者を惹き付けるようで、講演会の後は新入生…見ない顔がどっと増えた。




「昨日の夜まで九州にいたんだっけ。今度は博多弁?を話す人が多く来るのかな」
「分かりません…でも、アレスプログラムも知られてきたからでしょうか。
 何だかいつもより人が多かったように思います」
「そう…。今日は僕と会って、大丈夫だった?疲れていたんじゃ…」




名前は遠征から帰ったら直ぐ、遅くても次の日には僕に会いに来てくれる。
彼女の留守は何よりつまらないが、こうやって気にかけてくれる優しさを汲んで
敢えて物言いはしないようにした。気に病ませては悪い。




「いいえ…私はいつも通りに訓練について話をするだけです」
「本当に?」
「それに…私も、早く君に会いたかったので」
「…なら、良いけれど」




名前の言葉に少し照れ臭い気持ちになる。

彼女はあまり表情が変わらないし、淡々と話すから冷たいと思われがちだけどそれは間違いだ。
天才と言われるほど頭はキレるけど、本当は同年代の子と同じ。
持て余す程のあらゆる感情があって、自分の持ち得る一番近い言葉を相手に送る。




「はい、私なら大丈夫です。悠馬の心配には及ばない…それより、今日のお土産はカステラにしてみました」
「こっちで食べるものと違うの?」
「ザラメという粗いお砂糖が下に付いていました。食感が不思議で…」




名前は講演の出先で色んな物を見つけて来てくれる。
僕は県外に行ったりする事は少ないから、彼女の持ち帰ってくる『お土産』は物珍しく楽しみにしていた。
食べ物の時も多く、こうして名前と秘密のお茶会が出来るのも嬉しかったのだ。




「美味しそうだね」
「はい、色んな味もあります。これは悠馬のです」
「…それは?」
「これは、宮野さんにあげようかと…後で外出許可を頂いて持って行きます」
「宮野 茜さん…だったね」




僕はあまり交流がなかったけれど、『宮野 茜』さんはアレスプログラムの元訓練生だった。
名前とは仲が良かったが、しばらく前に訓練を降りる事になった。


―――精神崩壊を起こしたのだ。


何が原因かも分かっていないが、訓練の合間に何に対しても反応がない状態になったらしい。
そして、その異変に最初に気が付いたのが名前だった。
早めに発見されたおかげで自傷したり錯乱したりはしないまま静かに親元に返されたと聞いた。


いざ話を聞くと、夢の途中で倒れてしまった彼女を不憫に思うし、
やるせない同情の気持ちが湧いてくる。
宮野さんもきっと成し遂げたい事があってプログラムを受ける事にしたと思うから。

ただ、その一方で僕は羨望を感じてもいた。
今この場にいないのに心を向けてもらえるなんて、自分の身では想像もつかない事だ。




「…きっと喜んでくれるよ」
「はい…」




回復する見込みは薄い。

大人でも理解の難しい医療用語が飛び交う中、名前がかいつまんで聞いた要旨だった。
それでも人の事を自分が諦めるのは嫌なのだと名前は旧友の見舞いに足を運んでいる。
だから、この言葉は宮野さんへの気遣いではなく、寧ろ名前に対する労いの言葉だった。




「―――…ねぇ、今度は僕も一緒に宮野さんのお見舞いに行っても良いかな」
「…?良いと思います、けど…?」
「あまり知らない人間が行った方が、刺激になるかも知れないだろう?」
「悠馬…。ありがとうございます」
「構わないよ。僕も名前の友達と仲良くなりたいしね」



これは半分口実だ。
前に名前が病院に行った時、彼女の身内か何かなのか、短い銀髪の男の子に怒鳴られて追い返されたと聞いたから、同伴しようと前々から考えてはいた。
勿論会わない方が良いが、牽制くらいにはなるだろう。

精神崩壊は訓練のせいだと思って彼女を敵視したのであろう例の彼は、
『お前たちが茜を連れて行きさえしなければ』と剣幕だったという。

その言葉は名前の心を深く抉ったようだったが、訓練のせいだという根拠がないし
そもそも誘いを受けるのを決めたのは宮野さんやその保護者であって、名前は決して悪くない。


自分の為に怒ってくれる誰かがいるのは凄く幸せな事だと思うけれど、
怒られる相手が名前なら話は別だ。
彼女は宮野さんを心配しているだけなのに逆恨みも甚だしい。


会ったら僕と彼で絶対に喧嘩になるに違いない。




「(任された役割を全うしているだけなのに、それで非難されるなんて間違ってる)」




僕自身は、彼女の選定は理にかなっているし誇って良い事だと思っている。

候補生が増え、将来 優秀な人材の育成が進めば僕たちのような境遇の子供を減らせる。
それは名前と僕が語り合った夢…誰もが幸せに暮らせる世界をする事に繋がる。

僕らは理想の未来へ着実に近づいているのだ。




この時の僕はまだ、そう信じて疑わなかった…―――。























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最初から疑うのではなく、プログラムが良いものだと信じてひたむきに頑張ってた時もあったら良いなと。

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