1、二人ぼっちの籠の中
親元を離れ、アレスプログラム実施施設に入った僕は孤独だった。
…いや、僕だけじゃない。
ここで教育を施される子供は皆、どこか空虚感を抱えているのだと思う。
それでも自分の持つ能力が最大限に発揮され、望む未来、明るい世界を創り出す事こそが
幸せになる為の方法だと教え込まれ、信じている。
きっとそれは間違いではない。
けれど振り払えない寂しさは誰にも共有される事はなく、日に日に成長していった。
そんな時だった。
僕が名前に出会ったのは…ー。
***
バタン、ガタン、と連なる打撲音が耳を通してより痛みを自覚させる。
疲労が溜まってきていたのか、僕は思いがけず足を取られて
トレーニングマシンから転げ落ちてしまった。
「(いたい…っ…)」
とは言え、プログラムを受ける子供はお互いに無関心だ。
才覚あると選ばれても訓練から脱落すれば先はない。
他人に構っている暇はないのだ。
まして、身体機能向上のトレーニング中に倒れた人間の事なんて。
「…だいじょうぶですか?」
「…!」
気にかける事もない、筈だった。
「…、…」
「あかくなってる、ひやしましょう」
「…、…あの…」
「せんせい」
僕が何を言うでもなく、近くの大人を呼んで事情を話す名前も知らない女の子。
今までこんな子を見かけた事があっただろうか。
僕もまた周りを気にかける事なく過ごしていた1人だったと気付いた。
大人に促され、医務室に向かう事になった僕がふと後ろを振り返ると
他の大人に注意されるその子が見えて足取りがさらに重く感じた…―――。
***
直ぐに打撲箇所を冷やしたので大事に至らなかった僕はしばらく安静にした後、
あの子を探していた。
お礼も言えなかったから、僕のせいで怒られてしまっていたから、
あの後どうなったのか心配になったから。
理由は色々つけられるけど…何故だろう、ただもう一度会って話してみたいと思った。
「(…いた…!)」
「…」
訓練も終わったのか、行儀よく座って本を読んでいる。
とても静かな様子で、額を当てはめればそのまま絵になれそうだった。
「あの…」
「…? のさかゆうまくん。どうしたんですか?」
「えっ、ぼくのなまえ…」
「しっています。ここにいるこのおなまえは、みんなしっています」
「すごいね…」
「そうですか」
特に何の感慨もなく彼女はそう答えた。
僕はまだ覚えていない人の方が多いくらいだった。
聞けば、人の名前だけではなく見たものは殆ど忘れる事がないと言う。
あの頃はその凄さをあまり分からなかったけど、
とにかく賢い子なんだという事は幼いながらに理解したのを覚えている。
「…おかあさんは、それはびょうきだといっていました」
「えっ…?」
「わすれられないびょうきだと」
「びょうき…」
「でも、すごいといってくれるひとがいるなら…すこしうれしいです」
どこか寂しそうにポツリと溢すその子はおそらく才能を見出されて送り出されたのではなく、
僕と同じような経緯でここに来たのだと察した。
唐突に似た境遇を直感した途端、どうしようもなく惹かれていくのが分かった。
アレスプログラムという枠の中で生きている子供の中にいても、
今まできっと僕らは独りぼっちだったのだ。
今日、こうやってお互いに向き合うまでは。
「(…そうか、だからぼくは…)」
―――もう一度、会いたいと思ったのか。
他でもない、この子とならば分かち合えるかも知れない。
欠けてしまった部分を埋めあえるかも知れない。
そんな薄ぼんやりとした希望を抱いた僕はドキドキしながら声を絞り出した。
「ねぇ、きみは…きみの、なまえは…―――?」
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お互いに無関心でなきゃ精神崩壊云々で去って行く生徒がいる中、平然とプログラム続けられないんじゃないかな、と…。
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