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1:喜びと消沈と

「じゃあ、壁山君。帰りも気を付けてね」
「ウッス、名字さんも…!明日はお互い頑張るっス!」
「ふふ、そうだね。…じゃあまた明日」



過去の怪我の定期健診に来た名前は美濃道三に派遣された壁山と鉢合わせていた。
聞けば、練習に熱が入り過ぎて捻挫をしてしまったらしい。

彼は体が縦にも横にも大きいので骨に異常がないか確認する為に、
病院まで診察しに来たという。

不幸にも明日が雷門と美濃道三の試合だったので欠場になってしまったが、
教える事は教えたとの事で彼なりのベストを尽くしている様子を聞いて少し安心する。



「(経過は全然問題ないけど…ちょっと疲れた、な…)」



雷門に来てからかれこれ1年程診てもらっているが、何ら異常はない。
親も心配するので通っていたが、正直、練習時間が削がれるので定期健診も打ち止めにしたいと思っていた。

―――先日の『噂』の事がなければ。



「(忘れてる記憶を戻す治療、毎回こんな感じになるのはちょっとキツイ…)」



主治医に相談を持ち掛ければ、すぐに適切な科へ回してくれた。
比較的大きな病院だったので院内にそういった専門家もいたのが幸いだった。

…と、思ったのだが。

1回目である今回は問診に加えリラックス状態を作る、という事で
アロマテラピーを治療として行ったのだが、名前には効果があり過ぎた。

リラックスを通り越して今は全身が気怠い。



「(うぅ…鼻は脳に近いから香りは影響しやすいって聞くけど…これは駄目だ…
  明日きちんと起きられるかな…!?)」



ふらふらする体を引きずり、やっとの思いで待合いの椅子に座ると
隣の人でさえ心配そうに声をかけて来てくれる。



「…大丈夫ですか?看護師さん、呼びましょうか?」
「あっ…、大丈夫です、診察受けて来たので…お気遣いありがとうございます」
「…、それなら良いんですが…、っ!」
「…?」



ハッとした表情になった隣の人は唐突に『名字名前さんですよね、雷門の』と切り返してきた。
濃い、鮮やかな髪色と端正な顔立ちが印象的な少年だった。




「あ、はい…名字名前です。…初めまして…?」
「初めまして。僕は野坂悠馬、王帝月ノ宮中でサッカーをしています」
「あ、だから私の事…」
「ええ」



野坂悠馬と言えば、『戦術の皇帝』の異名を持つ将来有望なプレーヤーだ。
名前も名前は聞いた事があったが実際に会うのは初めてだった。

でも、つくしがプレカを前に見せてくれたような気もするような、しないような。

アロマテラピー療法は思い出すより寧ろ忘れていくのではないだろうか、
記憶に霞がかかっているようだ。



「野坂君はどこか怪我を…?」
「いや、怪我じゃなく…まぁ、定期健診みたいなものです。名字さんと一緒で」
「…!」



野坂は名前がここに通っている理由を知っている。
情報収集の一環で知りえた情報だろうか?



「…どうして知っているか、聞いても良い?
 まぁ、隠してないから調べたら直ぐに分かる事なんだけど、
 わざわざ調べないと出て来ない事でもあるから…」
「勿論。完全に個人情報だし、気になるのは当然ですよね。
 それに、僕も名字さんに話したい事がある」
「私?」




初対面なのに何かしたのだろうか。考えてみるが心当たりはない。
野坂に小首を傾げて答えを促すが、彼は少し微笑んで『今日はタイミングが悪いから』とかわされてしまった。



「残念ですが僕も今から診察だし、名字さん、今の顔色相当悪いですよ。
 …そんな人を連れまわしたら新旧雷門イレブンに睨まれそうだ」



―――今度、時間を作って改めて会いませんか。

そう言って野坂はスッと携帯を取り出し、先程の名前と同じように小首を傾げる仕草をして見せた…―――。



***



試合当日。

まだ少しだけふわふわする感覚を纏いながら雷門へ集合し、皆とバスへ乗り込んだのはしばらく前。
今は一般入場口からチケット確認の順番を待っていた。

どうしてこんな事態になっているのかというと、バスの中での事に遡る。



相手がランダムのリーグ戦とはいえ、既に一敗している雷門は
もう後がないと思って良い。
相手の美濃道三は守りが固い事に定評のあるチームで、
例え雷門が3枚FWをつけていても好きなようにはさせてくれないだろう。



「(FW陣に隙を作ってもらうと後半息切れしそうだから、
  MFとDFでサイドに寄せるとかしてスペース作ってもらうしかないかな…)」
「名前君、名前君」
「あ、ハイ!監督。どうしたんですか」
「今、重大な事に気付いてしまったんデスが…」
「重大な事…?」



ええ、と真剣な面持ちで相槌を打つ監督に、一体何を…と不安がよぎる。



「名前君のライセンス、ワタシの家に忘れて来ちゃいましタ…入場、どうしまショ」
「えっ…」



それは、もうどうしようもないのでは。

持っていれば当人でなくても使えるが、
持っていなければ本人でも認めてくれないのがカード系電子セキュリティの常。

試合出場をしない間、『間違えがあってはいけないから』と言われ、
ライセンスを預けておいたのが完全に裏目に出た。




「…警備の人に言付けておくので入場出来たら控え室に来て下さイ!!」
「…入れてくれますかね…?」
「まぁ、人と人なので通じ合えば融通効くんじゃないですかネ!」
「…」



名前は不安に目を閉じた…ーーー。




「(…―――うぅ、きちんと起きられたのにまさかこんな形で遅れるなんて…)」



ようやくチケット購入を終えて、雷門イレブンの控室へひた走る。

結局、監督は警備員の人には全く言付け出来ていなかった。
それにも関わらず、何とか試合開始までに間に合ったのは本当に奇跡だ。

一時、フットボールフロンティアの優勝時の映像が狂ったように繰り返し流されていて
恥ずかしさを感じた時もあったが、そのお陰で今日『顔パス』が出来たと思うとメディアの力は凄まじい。

『雷門中学』と書かれた控室のドアをノックして開く。



「皆、遅れてゴメンね…!」
「名字さん!待ってましたー!」
「わぁ、皆!それ新しいユニフォーム?良く似合ってるよ!」
「へへ〜、可愛いでしょ!」
「うん!のりちゃんのGK服は紫なんだね。円堂君とはまた違った感じで新鮮」
「ライセンスも今さっき作ったんだ、何だか凄いな、都会の登録システムは」
「ふふ、良いのが出来たみたいだね?
 皆のライセンス、また出来上がったら見せて欲しいな」



道成とそんな話をしていると、その傍から今度はつくしが名前に駆け寄る。



「名前ちゃん、名前ちゃん!聞いて下さい見て下さい!
 新しいマネージャーですよ〜〜!じゃーん!!」
「えっ、あれ…神門さんだ!」
「…おはようございます、名字さん」
「おはようございます」



ずいっとつくしに前へと押し出され、少したじろぐ様子も見せた杏奈。
しかしすぐにコホンと咳払いをして挨拶を交わすといつもの調子に戻った。



「…本当に雷門に新たなサッカー部が必要かどうか、私自身の目で見て判断しようと思ったんです」
「うん」
「勿論、名字さん。…あなたの事も」
「…うん」
「ちゃんと見ています。だから…その。だから、今度はきちんと証明してください。
 選手として潔白であると、噂はただの噂であると」
「神門さん…!それって…?」



試合にプレーヤーとして出場しても良いという事?

逸る気持ちが希望的観測を打ち出すが、確認はしなければならない。
期待に満ちた瞳が杏奈を映すと、彼女もコクンと名前の反応を確かめるように頷く。



「ありがとう…!」
「名前ちゃんも選手復帰ですか!?凄いです!良かったですね!!」
「うんっ」
「じゃあこれで名字さんともプレー出来るんですね!!やったー!」
「おめでとうございます!」
「皆、ありがとう…!―――…あっ、でも」
「?」

「今日はライセンスがないから、どっちにしても無理だった…」

「はっ…!!」




盛り上がったのも束の間。
しゅん…と呟いた名前に控室は静まり返ったのだった。

























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野坂君と遭遇+杏奈ちゃん加入イベント編でした。
長いのは最早いつもの事ですが、大まかな設計図を紙に起こしたので
若干スムーズに書けた気がします!


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