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淡い夢から醒めた夜(灰崎/オリオン/↓の続き)

ーーー調子が良い。
寝るのにもモタつかないし、もう朝かと目が覚めても気怠さがない。
いつものように髪が湿気って重い感覚は消え、寧ろ頭が軽かった。
しっかり休めたからかパフォーマンスは上々だ。昨日よりも確実に練習の精度は増している。



「(…、アイツのお節介のせいだってのか)」



『…おやすみなさい。良い夢見てね、灰崎君』

あの声にどう返事をしたのかはっきりは覚えていないが突っぱねたりはしなかったと思う。
髪を乾かしてやると言われた時は鬱陶しいにも程があると思ったが、実際に触れられてみると不快ではなかった。

柔らかい口調も、壊れ物を扱うような優しい髪の触り方も全部が自分を大切にしてくれているようで心地が良かった。別に普段、誰かに蔑ろにされているとは思っていないが。



「−−−…オイ」
「あっ、灰崎君。お疲れ様…って今日も髪の毛びしょびしょ!良かったら乾かそうか?」
「…手早くやれ」
「もー、お願いしますでしょー?」



そんな風に口を尖らせつつ、昨日と同じ様に丁寧にドライヤーを当てる名前。
年下にここまで言われても言動に険がないのは人柄なのか何なのか。
雷門へ編入する前、強化委員である鬼道が『後の事は名字に任せておけば何とかなる』と放置とも取れる発言をしたのは…つまりこういう事なのだろうと一人納得する。



「意外と気に入ったの?掃除機と一緒でこういう音は落ち着くのかな」
「はぁ?…それ赤ん坊の話だろうが、ガキ扱いすんな…」
「眠たそうな灰崎君は小さい子みたいだったけど」
「うるせえよ!」



翌日も、明くる日も、そのまた次の日も。
合宿が終わっても、練習後に一緒の時間があればその時にも。

他の面子より話す数こそ少なかったが、そんな事を何回か繰り返している内に名前も灰崎との距離感が掴めてきたようだっだ。
反省、雑談、他愛ない冗談…子守唄のバリエーションは尽きるどころか増えていった。



「−−−灰崎君、終わったよ〜」
「…、(眠ィ…)分かってる…」
「ホント?立ち上がった後、転ばないか心配だよ…」



殆ど微睡んだ状態でも翌日 目が覚めれば頭がスッキリしているから不思議だ。
よく食べて、よく動いて…は昔と変わらない。
そこに良い眠りが加わって健康的な生活が出来ているからなのかも知れない。
逆に今までがそう出来ていなかったのかと言われると分からないが、多分名前が始めた事の功績は大きいのだろう。



「(…別に、他意がある訳じゃねぇ)」



そう。これは練習の成果上げる為、試合に勝つ為だ。
最初は半ば強制的にされていたのにいつの間にか理由を付けて名前に背を向けて座っている自分がいた…−−−。







「−−−…お前らデキてんの?」
「は??」



世界への挑戦権をかけたアジア予選での宿舎。
バタン!と勢い良くドアを開けるなり灰崎の同室、吉良ヒロトが宣った。
思い切り怪訝な顔をした灰崎と、ドアの音には驚きつつもドライヤーは当て続ける名前。
両者のギャップに吉良が内心『面白れぇ』と吹き出したのは仕方のない事だった。
彼は今まで室外に出ていたのだが、用事があって一旦戻って来たらしく灰崎はちっと舌打ちをした。
吉良とは今夜はもう、遭遇しないと踏んでいたからだ。



「馬鹿な事言ってんじゃねー」
「はっ、フラれてやんの」
「あれ、残念だなぁ」
「っお前も馬鹿に便乗してんじゃねー!!」
「ま、やってもらうのが良いってのは分かるけどよー。待ってりゃ終わるし楽だもんな。名字、今度は俺様の髪もやらせてやっても良いぜ」
「はは、そうだなぁ…じゃあ今度ね」
「おいチリチリ、用が終わったらさっさと出てけ」
「お前な…俺様の部屋でもある事を忘れんじゃねーよ」



面白そうなおもちゃを見つけた、という表情で吉良は携帯だけ持ってまた部屋を出た。
扉を閉める間際『邪魔はしねぇよ、ごゆっくりィ』と言い逃げて行ったものだから灰崎の機嫌は一気に急降下した。
ブスッとしたのを察してか名前の話も中途半端に終わってしまって面白くない事この上ない。



「−−−…名字」
「ん?」
「別に、フッてねぇ」



話の流れが理解出来ないようにきょとんとした名前だったが、一拍おいて『あ…、』と点と点が繋がったような声を出した。



「えぇと、私は自分がやりたいなって思ってる事をしているだけだから。…気にしてないよ」
「っあー、そうかよ!」
「灰崎君は…ちょっと茶化されて嫌だったかな。ごめんね?」
「あ?ふざけんな、俺だって気にしてねぇっ」
「…そっか。じゃあフォローしてくれたんだ、ありがとう。優しいね灰崎君、自分で紳士って言うだけはある」
「うっせェ!」



過去、試合の後に稲森に言った言葉をこんな所で後悔するだなんて思いもしなかった。そのまま会話はまた途切れ、またドライヤーの音だけがこの場を騒がせる。
…髪を乾かしてくれているのは嫌々ではないと分かったが、上手く躱されてしまった感がある。
それにどう思っているのか真意が読みづらい答え方だった。

思えば名前は誰に対しても友好的だ。こうした傍目から見れば脈ありなお節介も彼女にとっては息をするようにごく自然な事なのだろう。

分かっていた。でも、それでもほんの少し気にして欲しかった自分がいて掻き消したい衝動に駆られる。
もっと言葉を重ねれば良いのだろうが、居心地というかバツが悪くていつも以上につっけんどんな返ししか出来ない。



「(クソ、馬鹿か俺は…)」
「灰崎君、ドライヤー終わったよ。軽く梳かすね」
「…あぁ」
「前よりずっとサラサラで軽くなったよね、私の手入れの賜物かな」
「言ってろ」



絡まないようにと名前は慎重に髪を梳かしてくれるが以前と違いスルスルと毛先まで流れる。
程なくしてこの時間も終わりそうだ。しかし今日ばかりは睡魔も気にならない。
明日に持ち越すには大きすぎるモヤが頭にかかっている。



「(俺は、…何を良く思ってここを選んでる?)」



髪を乾かす間だけの何でもない会話はある種、灰崎にとって立ち止まる時間でもあった。幼馴染の回復を願い、止まる事が罪悪とでもいうように走り続ける事しか考えられなかった頃とは違う。自分の落としてきた色々な物を名前が拾い上げて渡してくれる、そんな不思議な感覚だった。
いつまでも浸っていたい余韻はこれからもこのまま続けられるものだと思っていたけれど、現実はそう甘くなかったようだ。

チリチリの野郎、本当に余計な事を…と内心毒づくが名前との関係がぼんやりしたものである事は彼が茶々を入れようが何を言おうが変わりようのない事実だった。ただ自分が直視を避けていただけで。

普段、ほぼ接点がないと言っても過言ではない程度の付き合いの中 この時間だけが彼女と自分を繋いでいる。だというのに、このままではきっとそれすら途切れてしまう。



「…はーい、出来たよ。ふわふわでサラサラ、羨ましいなぁ」
「自分でやれるだろ?」
「髪質だろうね、同じようにしてるけど私ではこうはならないなぁ」
「あっそ」
「素っ気ないなぁ…。…じゃあ、私は部屋に戻るね〜。お邪魔しました」
「…っ…」



愛想なく吐き捨てる灰崎に苦笑し、名前は部屋を出ようとした。迎え入れる側に開く西洋式のドアノブに手を近付ける。

ーーーが、それが開かれる事はなかった。



「…灰崎君?」



背中越しの灰崎が扉の端を押さえて開けてくれないのだ。後ろから伸びている腕を辿って振り向けば、いつになく真剣さを帯びた彼の瞳とぶつかった。



「…なぁ」
「うん?」
「俺の事を何だと思ってやがる」
「えぇ、何、急にどうしたの…?」
「いいから好きか嫌いか答えろ」



これからフットボールフロンティア世界大会が始まる。激しい試合になるだろう。
灰崎の…FWの役割は点を取る事で、その為には前よりも更に練習が必要だ。
余所見している暇はない。曲者揃いの選抜メンバーから一つ頭抜きん出る為には彼女に気を取られている場合ではない。

ーーー分かっている。でも、それでは諦めのつかない自分がいる。

友人ではない。恋人でもない。
宙ぶらりんな関係を他人に面白がられるのは癪に触る。
からかわれるのも嫌だが他人にそのバランスを揺さぶられるのはもっとイラっとする。
傍に居るのは自分でありたい。それは俗に言う独占欲であり執着であり…名前に対する恋心だった。

一旦気付くとその後は見ないフリをする方が難しい。元々そういう性格だ。
どの道抱え続ける事が出来ないのだったらいっそ吐露するのが自分らしいと思う。
それに厚意に甘え続けて名前に変に気を持たせるのも嫌だった。どうあれ好意を寄せている相手が擦り減るのは御免だ。



「…気付くのも認めるのも時間かけちまったけど。…俺は、…、…アンタが好きだ」
「えっ…!」
「アンタは?俺の事どう思ってんだ」



練習に身が入る。
最初はそれだけが目的だったけれど、段々と物足りなくなってもっと先を望むようになった。
名前と一緒だとこれまでと違うモノが見えて、それが新鮮で面白くて…そんな柔らかな目をもっと自分に向けて欲しいという欲が芽生えた。



「…、…どう、って、…言われると…」
「オイ、世話すんのは良いのに好きだって言われたら困んのかよ」
「困るって言うか…っ、大会中は、そういう事考えないようにしてるの!選手のパフォーマンスに影響出しちゃったら、困るでしょ…?そんなのマネージャー解雇だよ」
「それは俺も思ってたけどな、逆の立場で」
「逆?」
「プレーヤーが結果出さずにマネージャー食うのはおかしいだろが」



灰崎が伸ばして抑えていた腕を折るとさっきよりずっと顔が良く見えた。
いつも通り名前は顔を見て話すが、それでも少したじろいだのが分かる。真っ直ぐな瞳が奥で僅かばかり困惑に揺れた。



「でも、よく考えたらこうやってモタついている方が俺にとっちゃよっぽどストレスだ。だから俺は答えを出した」
「灰崎君…」
「無理強いはしねぇ。今だってやりづれぇからって俺の都合を押し付けてるだけだしな。…でも、嫌じゃないなら教えろよ」



親しくなったと感じたのは自惚れでないか。特別だと想っているのは自分だけなのか。
答えが聞きたい、例え願っていたモノと違っていてもはっきりさせる事はお互いに悪い事じゃない筈だ。
小さな声でも聴き逃したくない、静かに名前の言葉を待つと彼女の頬にじわりと朱が浮いてくる。
それはまるで起き抜けの体の反応だ。ゆっくり、ゆっくり。血圧が、体温が、意識が彼女のものとして取り戻されていくかのような様子が見て取れた。

そうして暫くすると『…苦手な人の為に進んで髪の毛乾かすなんて、私には出来ない』と名前は小さく口火を切った。誰にも何にも限定されていないままの言葉だ。



「…、…半分お節介でやって来た事だったから嫌って思われてなくてホッとしたし、その…同じように想ってくれていたって分かって嬉しい…よ」
「は、…そーかよ」
「本当だよ?だから吉良君にフラれてるって言われた時はグサッと来たし、灰崎君が気にしてくれてるって思った時は嬉しくて顔に出てないか心配だったし…!」
「疑ってねぇよ、バーカ」



それだけ聞けたら充分だった。やきもきしたり悩んだ分は全て掬い上げられた気がした。

緊張が解け、溜め込んでいた空気を短く吐いた灰崎はそっと名前に身を寄せる。
彼女の肩は少し跳ねるものの、それを拒みはしなかった。内緒話でもするぐらいの距離になってぼそっと灰崎は言う。



「…アンタに頭触られんのは、嫌いじゃねぇ」
「ありがとう。…でももっと初めの方に聞きたかったな…」
「そりゃ悪かったな。好きだとか嫌いだとか…動いて示す方が性に合ってンだよ、俺は」



身長差を埋める為にかがめば、乾かしたばかりの銀の髪がさらりと落ちて2人の顔を隠したのだった…−−−。















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(2019/11/29)

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