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おやすみ幽霊さん(灰崎/アレス)

ーーーコンコン、

古びた木製の扉を名前が控えめにノックする。



「灰崎君、…灰崎くーん」
「ーーー…ンだよ、うるせぇな。何時だと思ってんだ」



ややあって呼びかけに応じたのは部屋の主である灰崎。
嫌々出てきた彼は至極鬱陶しそうな表情を名前に向ける。
その髪はたった今シャワーでも浴びて来たかのように水を含んで枝垂れており、
数滴の雫が伝っては白いTシャツに染みを作っていた。


「あ、やっぱり…」
「あ?」
「いや。『幽霊』の正体見たり、と言うか何と言うか…うん、こっちの話!」
「はぁ??人が疲れてる時に訳分かんねぇ事言ってんじゃねぇよっ」
「ゴメンゴメン、本当に。まぁ、取り敢えずその髪の毛乾かそう?
 私のドライヤー貸してあげるから。持ってくるよ」
「髪だぁ?…いらねぇよ、余計な世話だ」
「え?…さすがにそんなに濡れたままじゃ風邪引いちゃうよ?」



まさか毎日そんな調子で髪を濡らしたまま寝ているのか。
名前が聞くとプイとそっぽを向かれてしまって色々と察する。
『じゃあ幽霊の話してあげるから乾かすのやらせてよ』と付け加えると
何も言わないまま一層不機嫌そうに視線だけ寄越した。







『出たんですよ〜!私っ本当に見たんです!!』

興奮気味に、しかし青ざめた顔で大谷が主張するのは『幽霊を見た』という事だった。
フットボールフロンティア決勝はもう目の前だ。
その時間のない中、伊那国島に帰って2日目の朝にこの調子だったので名前は戸惑った。

王帝月ノ宮中学と試合をする力を付ける為に来た場所、伊那国島。
集中かつリラックス出来る条件として現・雷門イレブンの故郷が選ばれた訳なのだが…
サポートメンバーが錯乱状態では練習もままならない。



『えーっと…つくしちゃん、取り敢えず落ち着こう?』
『そうですよ大谷さん。幽霊なんて非科学的でs…』
『でも見ちゃったんですよう〜!!白くて長い髪の!』



怖いもの見たさからなのか、自分の目で確かめに行った大谷は
霊を見た場所まで恐る恐る進み、床に染みを見つけてもう間違いないと確信したらしい。
さっきまで霊はそこに居て、この染みを残して消えたのだと。



『うぅ〜こんなの怖くて1人じゃ寝られないです!
 名前ちゃん!杏奈ちゃん!!一緒に寝て下さい!!』
『元々同じ部屋だから大丈夫だよ、つくしちゃん』
『じゃあ引っ付いて寝て下さい!!』
『えぇ?大谷さん、ちょっと…本当に落ち着いて…』



大谷の怖がりようは気の毒だったが、どこか引っかかる話であるのも事実である。



『(何かおかしいよね…)』



里帰りという形の稲森達はともかく、帰る家が都内の大谷、神門、灰崎、名前は
帰る家がどこか分からない監督と子文と共に民宿に泊まっていた。
外観に歴史を感じるそこは利用客が少なく、
『部屋が空いていたので男女を分けるのに丁度良かったのでース』とは監督の言い分だ。

そんな古い広い平屋の宿に会談…、確かに一つや二つはあるかも知れない。
事故物件の家賃が安いように事情のある場所なら宿泊代も安いのかも知れない。

だが、稲森達にもこの宿の場所は伝えてある。

何かあれば言ってくれそうなものではあるが、と名前は首を傾げた…−−−。



「−−−…と、まぁそんな感じで調べてみようと思って。
 夜につくしちゃんと同じように床の染みを見つけて、
 少しだけ続いてた跡を辿ったら灰崎君の部屋だった訳だね」
「そーかよ、そりゃーご苦労なこった」
「もう、元を辿れば灰崎君が原因なのに…」
「知るか。俺は幽霊じゃなく『フィールドの悪魔』だ」



ヴォオン、と音が鳴り続けている。持参したドライヤーの音だ。
最初は重たかった髪の毛も徐々に乾いてきて、その銀色を温風に靡かせた。
椅子に座った灰崎とは背中越しにぽつぽつと会話する。



「それにしても随分遅くにシャワー浴びてたんだね。
 皆との特訓はご飯の前までだったのに。居残り練習?」
「…、…」



図星なのが面白くないのか、灰崎は黙っていた。
元より悪さをしているなんて微塵も思っていなかったが
彼は見た目や言動よりもずっと真面目だ。



「感心 感心。思ってたよりもっと頑張り屋さんだったね」
「…『頑張る』程度で何とかなンなら苦労はねぇんだよ」
「…そっか」



部屋の照明に彼の毛先がキラキラと呼応し、名前の指がサラリと通るくらいになった。
ドライヤーの風が熱くないかどうか聞けば 短く鈍く『…あぁ』と答える彼。
時折フラ、と頭を揺らしている。

練習を重ねた後だ、ポカポカと温風に温められて眠たくなって来たのかも知れない。



「ーーーアイツらは、甘っちょろ過ぎる…」



打倒・王帝を目指して走って来た灰崎の意気込みはきっと
伊那国・雷門のそれとは次元が違う。
他の学校から編入し、幼馴染が殆ど全員のチームに無理矢理自分をねじ込んだ。
そうまで成し遂げたい事があるのだ。何としてでも勝利をもぎ取る、そんな気概が感じ取れる。

ポツポツと途切れながら零れる言葉は紛れもなく彼の本心だろう。
普段の彼からは聞けなかっただろうが、今はウトウトしていて夢うつつだからか
鋭い言葉の続きを教えてくれる。



「−−−これまでずっと、一緒にやって来た奴ら同士なんだ。
 …人数の為と思っちゃいても、心底 俺を受け入れられない奴もいるだろ…」



本当なら無理に馴染めなんて言わないし、必要もない。
灰崎だって本来望む訳ではないだろう。
だが、雷門にはそんな事を言ってる時間がない。



「『アイツは気に食わねーけど出来る』、ぐらいまでは認めさせねぇと…
 そんでボールを集められるようにしねぇと、試合にならねーんだよ…」
「成程、居残り練習の理由はそれかぁ…」
「…、ワリーかよ…」
「ううん、全然ワルくない。灰崎君が真剣にやろうとしている事を
 私がどうのこうの言うつもりはないよ」



灰崎の髪を乾かすのも仕上げの段階になってきた。
ドライヤーを『弱冷風』に切り替えると、耳の周りが一気に静かになる。
もう動作音に負けじと声を張る必要もなく、静かな声で名前は言った。

ーーーでもね、灰崎君は少し勘違いしてるんじゃないかな。

眠気と闘う彼の耳にも、しかと届いたのだろう、
ゆらゆらと揺れる頭がピタリと動きを止めた。



「勘違い、だぁ…?」
「そうだよ。雷門の皆はもう灰崎君の事認めてるよ。『仲間』で『デキる奴だ』ってね」
「は…、どうだか」
「認めてなかったら、あんな一心に着地の練習なんて出来ないよ」



対グリッドオメガの特訓は作戦の要となる灰崎と他のイレブンとでは内容が違う。

一方は衝撃を和らげる為の真空波作りの為に足を振りぬく練習。
片や着地の為の体制を保つ練習。
両の車輪が噛み合って初めて体へのダメージが軽減されるのだ。



「灰崎なら上手くやってくれるって信頼の下、あの特訓は成り立つんだよ」
「…フン…、アンタ 外野のクセに、よく言うな」
「外野ときたか〜、まぁ強化委員とは言えマネージャーだしね。
 でも外から見てもそう思うくらいなんだから
 フィールドプレーヤーの皆はもっとそう思ってるよ」
「…そうかよ…」
「うん」



きっと今はまだ、灰崎の原動力は王帝に対する敵対心だ。
それがどんな形でも終わった後、灰崎はどうするのだろう。

目的を達成したから離れるのか、それとも新たな道を見出して続けていくのか…
どうであれ、名前に彼の先を指図する権利なんてない。
けれど、もし叶うなら今度は楽しみながらサッカーをして欲しい。



「(灰崎君、サッカーって楽しいものだよ。裏方の私にも伝わるくらいね)」



これを言葉にするのは野暮というものだ。
聞き伝てではなく自分で気づいてこそ実感出来る感覚だ。だから言わない。

いつか知ってくれる日が来たら嬉しい、なんてささやかに心で願うのみだ。



「ーーー…さて」



静かになっていた音も遂には止まる。
熱い空気の溜まっていた髪の一房まで涼やかなそれに入れ替え、ブローの工程が全て終わった。



「…灰崎くーん。終わったよ」
「…ぁー…、…」
「うんうん、眠いね。でも座ったままじゃ体が休まらないよ。
 ほら、すぐ後ろにお布団あるからそこまで頑張って?」
「…」



沈黙する灰崎に声を掛けて移動するように促す。
人は一度体温が上がった後、再び下降する時に入眠しやすくなるらしいから
今はとてつもない睡魔と闘っているかも知れない。

朦朧としている彼は大人しく…返事をするのも面倒臭いというような感じでのそのそと布団に向かった。
そのままゴロンと倒れるように寝転ぶものだから名前は慌てて掛布団をかける。



「灰崎君、布団被せとくよ?暑かったら調節してね?」
「ーーー…うるせー…な…」



不機嫌そうな声色とは反対にその表情は穏やかだ。
半ばお節介で髪を乾かしていたが良質な睡眠のきっかけくらいにはなれただろうか。

聞いたとて良い返事はもらえないだろうが
少なくとも幽霊と評される有様ではなくなっているだろうから良しとしてもらいたい所だ。
それに事の顛末を大谷に伝えれば、騒ぎも大きくならず無事に落ち着く筈である。

秘密の居残り特訓は誰にも知られず静かに眠る。
−−−…名前と灰崎の胸の中で。



「…おやすみなさい。良い夢見てね灰崎君」
「−−−…ぁあ…、…、…」



暗くした部屋にほぼ無意識であろう灰崎の声が小さく響いた。
それを聞き届け、名前は扉をそっと閉めたのだった…ーーー。









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(2019/9/25)

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