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心のままを重ねれば(鬼道/オリオン)

「…」
「…オイ」
「っわ!?…なぁに、灰崎君。ビックリした…」
「玄関口でボーッとしてんじゃねぇよ、邪魔だ」



夕食もミーティングも済ませた後、各自休養なり談笑なり自由に任されている時間。
名前の姿を宿舎の玄関先で見つけた灰崎は鋭い目を更に尖らせた。



「えぇ…?マネージャーだって休み時間は欲しいよ」
「うるせぇ、休むんならこんな所じゃなくちゃんと部屋で休みやがれ!」



言われても動こうとしない名前に痺れを切らせた灰崎は
グイグイと女子に割り当てられた部屋へ続く通路へ押し込む。
数歩進みだすと諦めたのか、ようやく彼女は足を自室へ進めて戻っていった。



「ったく…何で俺が気を遣わなきゃなんねぇんだ…」
「おー、灰崎。今日もまたやってんのかよ、飽きないねぇ」
「あ?何だとチリチリ。こっちは好きでやってんじゃねぇんだよ。
 あんま勝手言ってるとタダじゃ済まねぇぜ」
「ハイハイ、そりゃ悪かったな。…怠ィなら明日は代わってやる」
「…!」



吉良からそんな言葉が出るなんて。
明日は隕石が墜落するのではないかと一瞬耳を疑った灰崎だったが、
よくよく考えると彼も少なからず責任を感じているのかも知れない。

ーーー何のか、と言えば勿論 鬼道のドーピング疑惑騒動である。

その発端となったプレーで名前と鬼道は試合後一悶着あったようで
FFI運営委員とやらに連れて行かれた2人は喧嘩別れになったままだ。

鬼道の指示で動いた自分達もそれなりに責任があるというのが灰崎の見解だった。

別に休む事や帰りを待つのが悪いと言っているのではない。
ただ名前の場合はマネージャー業をこなした後、余暇時間で鬼道の帰りを待っている。
要するに休んでいないのだ。それで体調を崩されては自分達も堪らない。



「そもそもアイツが…鬼道の奴がここに居ねぇのが悪いんだ。
 クッソ、早く帰って来やがれ…」







「(はぁ…灰崎君に気を遣わせちゃったな…)」



画面に『鬼道有人』のトークルームを表示させながら名前は溜息をついた。
送信メッセージの枠には調子を確認する文章や近況を聞く文章が
打ち込まれてまた消されて…先程からそれが繰り返されている。

送信のボタンがどうしても押せない。
鬼道の事を想う気持ちはあるが、それだけにどんな言葉を送れば良いか迷う。



「(仲間として?マネージャーとして?…恋人として?…分かんないよ…)」



ずっと目標にしてきた世界とのサッカー。
その中で仲間を傷付けられた怒りも、ドーピングの策略にはめられて
彼自身の誇りを汚された悔しさも推し量るに余りある。

そして極めつけは試合後。

『有人っ何あのプレー!?あんなのおかしい!!
 一星君ボロボロだよ!?稲森君だって…!』
『…俺はやるべき事をやったまでだ』
『嘘、どう考えても違うでしょ!灰崎君や吉良君まで巻き込んで何してるの!?』
『お前は知る必要が無い、…いや、知らない方が良い』
『何それ…っ』

普段の鬼道からは考えられない後輩達へのプレーの指示。
その時は事情が分からず、声が届く所まで帰って来た彼を心に任せて責めてしまった。
もっと理性的な言葉で伝えられた筈なのに。



「…うぅ、このままは嫌…でも言葉も見つからない…」



いくら考えても纏まらない想いに出てこない言葉が名前の中を圧迫していく。
元々考え込むのは得意でないというのに。
ベットにうつ伏せになり、枕に顔を埋めるようにしていると肌と接する面が冷たく濡れていく。
泣いている場合ではないと分かっていても もどかしくて奥歯をギリ、と噛み締めた。


…その時、窓の外から微かに音がした気がした。夜に静かに響く小さな草の音。



「―――…?!」



周りに自然が溢れる合宿所。
名前の部屋はその奥まった1階の端に割り当てられている。
外側から人が入って来にくい位置取りではあるが、窓を覆う薄いカーテンから微かに人影が見えた。

パッと顔を上げたのに向こうも気付いたのか、或いは用を終えたのか。
静かに草木の間に紛れた影は見覚えのありすぎるものだった。
その背を追うべく名前は思わず窓を開けて外に出る。

寝間着だとか、裸足だとか、そんな事は考える間もなく
ただ衝動的にその姿を見失わないように走り出していた。



「ーーー…っ有人!」
「!?」



呼ばれた名前に相手がパッと振り向くと、それはやはり鬼道だった。
『名前…!』と驚いた声で止まった彼に名前は走った勢いのまま抱きついた。



「有人!良かった追いついた…!!」
「お前、夜に何て格好で外にいるんだ…!風邪でも引きたいのか」
「っごめ、…だって有人が見えたと思ったら、行かなきゃって体が動いたの!」
「…、はぁ…。本当に直情的な奴だ。…―――これでも着ておけ、無いよりマシだろう」
「…うん…、ありがとう…」



言葉とは違い、羽織っていた上着をかける手は平素と変わらない気遣いが見えた。
感覚で動いてしまった事は反省するがこうして追いつけた事に安堵する。
形はどうあれ、また鬼道と会えた。



「っ…」
「おい、…泣いてるのか」
「ぅ、…大丈夫、有人に会う前からだから…」
「お前を泣かせた奴がいるのか」
「有人だよぉ!!」
「何だと…」


ダムの決壊が如く うわーんと効果音が付くように泣くと
鬼道は困惑したように眉を寄せて名前の背をさすった。







しばらく後、様子が落ち着いて来たのを見計らって鬼道が話し掛ける。



「何か…俺に言う事があって来たんだろう、話せそうか」
「―――…うん…。試合の後の事、だけど…」
「…」
「キツイ言い方になってゴメン…。
 言った事は謝らない、だってあれは私が正しいって思うから…。
 でも、…でも、必死でやった有人にあの言い方は酷かったって反省した…」



あのプレーに怒った事については紛れもない本心であるし、間違った事は言っていないつもりだ。
例えタイムマシンで戻れたとしても彼に伝える主旨はきっと変わらない。
けれど、もっと言い方はあったと思う。だからこそ謝りたかった。



「でも話そうと思ってたら有人、ドーピングとかで連れて行かれちゃうし…、
 全然会えないし…!何言って連絡取れば良いか分からないし!…う…っ」
「…分かった、だからもう泣くな。お前に俺の事で泣かれると心苦しいだろう」



言われてゴシゴシと目尻を擦ろうとする名前の手をやんわりと制し、鬼道はハンカチを当てた。
吐息が感じられそうなくらい近くにいるのに今日は夜中だからか
彼の切れ長の瞳はゴーグルの暗いレンズに隠されたままだ。



「―――やり過ぎた事は認める。
 だが、俺も後悔はしていないし謝る気もない。
 アレはあの時点で俺が出来うる最善策だった」
「…、…。本当…」
「当然だ。理由は分からなかったが一星は試合から外せないらしかったからな」



報告の為に訪れた部屋から『鬼道君ならもうちょっと上手くやってくれると思ったんですけどネェ』と
聞こえて来た趙金雲監督の独り言が思い出される。
つまり監督が思うに鬼道は悪手をとってしまって、別のやり方があったという事だ。

ではどうすれば良かったのか。

一星をオリオンから引き剥がせば真っ先に彼が報復に合うだろう。
そもそも試合時間内に説得出来る様なら事に及ばないはずだ。

ならば使徒の危険行為を躱しながら試合を続けるのが真っ当だと言うのか。
トーナメントで負けられない中、実質12対10の中で勝てだなんて無茶だ。

数的不利な状況で勝つには相手の実力を超えていなければならず、
あの時点のイナズマジャパンでは厳しいと言う他ない。

例え勝てても犠牲者は確実に出ただろう…豪炎寺の様に。



「終わった後も考えていた。
 後の祭りではあるが、もっと違う方法はなかったかと。
 だが…何度考え直してもあの時点ではああやってでしかチームを守る事は出来なかった」
「有人…」
「あくまであの時点の俺では、だがな」



チームから強制的に離され、自由に動ける今だからこそとれる方法もあるらしい。
名前には理解し辛い次元ではあるが、鬼道は最早フィールドで指示するだけの司令塔ではない。



「(私以上に色々背負って考えてくれていたんだよね…
 その有人に私は…はぁ…また涙出る…)」
「…何を思って泣いているかは知らないが、お前に言われた事なら気にしていない。
 アレを言われて傷付くのは僅かでも罪悪感がある奴だけだ。
 俺は一星に対してそんなモノ微塵も感じていない」
「それはそれで問題」
「まぁ、灰崎と吉良を巻き込んだ云々は刺さったが」
「…それは…、…ゴメン…」
「ふっ、冗談だ。…だが恨み言の一つでも言われた方がスッキリするだろう、お前は」



全面的に許されるより言われる事を言われた方が納まりが良いなんて
きっと鬼道以外は誰も分からない。もとい知らない。
でも名前だって同じように彼の事が分かるつもりだ。
きっと自分の為にこんな言い方をしているのだろう。
そう思うと切ないのだ、一星の事も何とも思っていない筈はないだろうに。

どんな顔をしていたのだろうか、苦笑した鬼道が『仕方のない奴だ』と
名前の目尻に張り付いた髪を緩やかに払う。
夜風がさらさらと木立を揺らし、名前の濡れた頬をまた少し乾かした。



「それに謝るならばお前じゃなく…俺が灰崎や吉良に言葉を伝えるべきなんだろうな」
「…有人」



あの時点では彼らの力を借りる他無かったというのはやはり紛れもない事実らしい。
話に上がった2人を慮る言葉が聞かれる。

触れる指先と同じで鬼道は優しい。何だかんだで言葉も振る舞いも選んでくれる。
それが名前にしても、他の仲間であっても最後は傷付いたままで終わらないように
また、早く立ち直れるように。

−−−それだけに尚更、名前は思う所があった。



「…私さ、」
「あぁ」
「我慢は必要だったかも知れないけど、結局 最後は有人だけが貧乏クジ引くの
 納得出来ないよ…」
「…名前」



仕掛けてきたのは相手が先。
『手を挙げたら負け』と言う言葉は世にあるが、
それに当て嵌めるなら罰を受けるべきはオリオンの使徒でなければ秤は釣り合わない。
そんな想いで声帯を震わせる。



「…どちらかが胸に収めなければ際限が無い。幕引きとしてはこういった形もあるだろう」
「でも」
「ドーピングを大々的にでっち上げて世界に流せば
 俺を再起不能にも出来ただろうが…奴らはそれをしなかった」



サッカー人気を落としたく無い事もあるだろうが、
『痛み分けとしてくれ』と言うメッセージを汲めない事はない。
少なくとも鬼道はそう捉えたようだ。



「疑惑についてとことんまで争う事も出来るが…動けば迷惑をかける人がいる。
 悲しい思いをする奴も」
「…。そう、だよね…」



鬼道の背景は複雑だ。
誰の事を想像して言っているのかが分かるが、名前はやっぱり鬼道だけが割りを食っている気がして悔しかった。
彼の正論を覆す事の出来る力を持つ言葉が思いつかなくて苦しい。



「だが正直、今は俺への報復だけで終わって良かったと思っている」
「どういう事?」
「…円堂と神門が被害に遭いかけたと聞いた」
「!」



それは直近に起きた真新しい情報。
連絡を取っている相手がいるのか、彼は日本代表の現状についても明るいようだ。



「(…あれ?でも…)」



今更ながら情報のやり取りだけなら携帯もPCもある。
ではこうやってわざわざ合宿所に足を運ぶ理由は何だろうか。

勿論、顔を合わせる事が出来た事は名前にとっては幸いだったが
彼は一体何をしにここへ来ていたのか?

押し黙って少し考えてはみたものの名前には見当が付かなかった。
直接でなければならない用事を訊ねるべく口を開こうとすると
鬼道の肩口が被さってそれを阻んだ。



「2人には悪いが…絡まれたのがお前で、もし危害を加えられていたらと考えたら…、
 …何も起きていなくて良かった」
「…有人…」



緩く抱きしめられた腕から、彼の恐怖感と安堵感が感じ取れる。
…―――あぁ、そうか。柄にもなく考えたりするから余計に分からなかった。

名前は自分の腕も鬼道の背中へ伸ばした。



「有人、私の事心配して見に来てくれたの…」
「っ当たり前だろう!!お前に何かあったら、それこそ俺は奴らを…!」
「―――有人ぉ…!」
「…っ」



ぎゅう、と腕に込める力が強くなる。

無事だと形式上知っても、居ても立っても居られなくて見に来てた鬼道と
それを見つけてなりふり構わず動いてきてしまった名前。
最後に気持ち良い別れ方をしなくても、結局はお互いを案じていた。



「(…理由、お揃いだったんだね)」



感性で生きているから、言葉じゃ上手く伝えられない。
けれど非言語であっても届いて欲しい。

心配かけてごめんなさい。でも私だって心配してたよ。
会えて嬉しい。ずっと顔が見たかった。
ぶつかる事はあってもやっぱり好き。本当はもっと早く仲直りしたかった。



「喧嘩してたし、心配してくれてるなんて思わなかった…嫌われたと思った…」
「そんな訳が…、本当に嫌いな相手ならこんな所で止まらずに
 突き放して帰るに決まっているだろうが」
「うん…そうだね、有人ならそうだよね…。
 もう、色々考え過ぎてぐちゃぐちゃで、分かんなかった…知ってるはずなのにね」
「…、慣れない事をするからだ。
 それに、そもそもあれは喧嘩じゃない。名前が一方的に騒いでいただけだ」
「…じゃあまた普通に連絡とっても良い?嫌じゃない?」
「誰も連絡を寄越すなとは言ってないが…、
 逆にお前が何日も連絡してこないと何かあったのかと思うだろう」



皮肉交じりの言い分に彼らしさを感じる。
酷いと返せば『それは済まなかった』など心にもない台詞と共に意地悪そうな顔で微笑んだ。
やはりこの距離感が落ち着く。やっと、と言うべきか もう、と表すべきか
鬼道も名前もいつも通りの関係に戻れていた。



「…っくしゅ!」
「! …そろそろ戻れ。時期柄、気温は高いとはいえ夜は冷える」
「…有人は?」
「俺も帰る。袴田を待たせているからな」
「…、分かった…」



普段着で来ていたらもう少し長く居られただろうか。
鬼道も帰らなければならないのでずっと一緒に居られないのは分かっているが
それでも別れるのは寂しい。

連絡が取れるようになったとは言えお互いにやる事がある。
今度はいつ会えるのだろう、考えると胸の苦しさが押し寄せてくるようだ。



「(あぁ…もうちょっとだけ、一緒に居たかったな)」
「―――…オイ、名前。聞いているのか」
「…へっ?ごめん。聞いてなかった…」
「…。一つ、裸足で帰らせる訳にはいかないから俺の背に乗れ。送る。
 その上着もお前がそのまま着ていれば良い。
 二つ、外出時も油断するな、一星でなくても何かしら仕掛けてくる可能性はある」
「あぁ〜〜〜ごめん!ごめんなさい…!」
「三つ…」
「(まだある…!?)」



そんなに聞き逃していたなんて、と申し訳なさで軽いショック状態に陥る。
話しながら背を向けて『乗れ』と促す鬼道に負ぶってもらうと
存外しっかりとした腕が名前の太腿を支えた。

本来ならドキドキするのだが、ここから宿舎までの短い距離の間
有難いお小言が続くかと思うとそんな気持ちも萎える。
折角ならもっと楽しい話がしたいというのに…自分のせいなので後悔を向ける先がなく、
がくりと項垂れた。



「(あ〜私の馬鹿…。きっと有人と別の楽しい話、出来たのに…。
 ちょっとの間、会えないかも知れないのに…。馬鹿…)」
「…後は…、別れ際にあんな顔するな。−−−帰したくなくなるだろうが」
「…!」



鬼道がどうするのかを聞いた時の事を言っているのか。
背負われているので彼の表情は見えないが、声色が柔らかい。
最初は呆れながらだったに違いないがこんな風に言ってくれるなら
今は別の感情 ―照れなのか、惜別なのか― で名前に話し掛けてくれているのだろう。



「…このまま、どこか連れて行ってくれるの?」
「時間と自分の恰好を考えろ、馬鹿」
「ゴメン」
「…ふん」



宿舎に送ったら即刻帰る。
そう自分にも言い聞かせるように念を押した鬼道が愛おしい。
目的地が近づくにつれ、離れたくない気持ちは強くなる。
…本当はもっと引っ付いていたい。



「(―――もう、今日は馬鹿でいいや…)」



恋人への好意を態度に示すのは悪い事じゃない筈だ。

後ろからそっと抱きしめるように手を回せば
溜息と共に名前の足を持つ力が強くなった、気がした…―――。













*****
(2019/8/7)


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