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レモンサワーの憂鬱(鬼道/GO/年下夢主視点)

まるで人がゴミの様だ、とは某映画の有名なセリフ。
その心情、決して分からなくはないと
広めのテラスから階段を降りてすぐの広場を見下ろしながら思う。

天気は快晴、熱い中賑わうのは酒造メーカー主催レモンサワーフェスなる催し物。
人がごった返している。

アルコールの飲料を販売しているのだから年齢制限は勿論あるが
入場してくる人も多くチケット制ではないので通り抜ける人も多く
恐らく確認はガバガバだろう。

私こと名字名前も未成年ではあるが
濃い目のメイクをすれば証明書がなくても何とかなるのではないだろうか…
いや、そもそもアルコールも炭酸も好きじゃないから
無理に参加する必要がないのだけれど。

そんな飲む資格も意欲もない私が何故この場にいるかと言えば、
何て事ないただの人待ちである。


元・帝国学園 総帥で現・雷門中学 監督を務めている鬼道有人さん。


家業の関係でこのイベントに顔を出さなければならないらしく、
彼の人に付き回っている私は自然と離れた所で待機しているという訳だ。

だって近くにいて有人さんが未成年飲酒の疑いをかけられる…
なんて事が起こったら目が当てられない。



「(有人さん、遠目から見ても一瞬で分かるなー)」



別段 視力が良い訳でもないが、取り扱い商品がレモンサワーなだけあって客層が若い。
若い女性の群れ…もとい購入列の中にあんな長身の美丈夫が一緒に並んで居たら
雰囲気も変わるというもの。

大きなサングラスをしていても整った容姿は隠し切れないので
横に彼氏がいたらいい気分はしなさそうだ。



「あ…(テントの中に入っちゃった。もうすぐ買えそうなのかな)」



視界から見えなくなりはしたが、彼の周囲の空気は色めき立っているだろう。
何なら声をかけられていそうだ。
本当だったら傍に引っ付いていたかったけれど年齢の壁が阻んだ。

せめて、と振る舞いを大人びたものにして彼との差を縮めようとはしているが、
生まれ年の違いは残念ながら努力ではどうにもならず、
現在進行形で憎たらしいったらない。



「(とは言え、嗜好の違いは何ともならないなぁ…。
 何で大人ってあんな舌が壊れそうな味が平気なんだろう。
 有人さんも『たまに飲むくらいで無ければ生きられない程好きな訳ではない』
 とは言ってたけど)」



不思議なものだ。
後何年かしたら私もその良さが分かるようになるのだろうか。
未だオムライスやカレーが好きなお子様舌だから、
もしかしたら一生分からないかも知れないが。







「名前」
「あっ…有t、…鬼道さん」
「どちらでも構わない。今日はもう知り合いに会う機会はなさそうだからな」
「本当ですか。…じゃあ、有人さん。お疲れ様です」



しばらくした後、私の持ち場に有人さんが戻って来た。
紙のホルダーに何種類かのレモンサワーらしき色の
プラカップをはめ込み両手に持っている。

依然、強い日差しが降り注ぐので自分だけに向けていた日傘を有人さんに傾ける。
私もその下に入られるよう、彼は『ありがとう』と言いながら一歩私に寄ってくれた。
腕を伸ばさない分、楽になった。気遣いの出来る男の人は恰好が良い。



「最初の場所に居なかったから探した」
「すみません、年配の人が暑そうだったから陰の席譲ってしまって」
「そうか、良い判断だ。…それより何も飲んでいなかっただろう」
「え、あっ…ハイ…」



片方のホルダーを渡してくる有人さんに戸惑う。
だってここにある物は全部お酒が入っている。

私はあなたを犯罪者にする訳にはいかないんですが…と
どうしたものか考えている途中に答えは出た。



「あぁ、酒は入っていない。当然だが」
「ですよね。一瞬でも疑ってすみませんでした」
「ふっ…日陰を譲った事に免じて帳消しにしてやるさ」



有人さんはきちんと私と社会に合わせて線引きをしてくれるから大好きだ。

そんな理性も知性も体裁もある人が
どうして私の告白を受けてお付き合いしてくれているのかは謎だが、
喉が渇いている事実が先行して有難くホルダーに手を伸ばす。

明るい黄色が爽やかなカップから果肉の少し入った白く濁った感じのカップ、
色々と取り揃えられている。

あの人混みの中こんなに沢山よく買えたものだ、何度も並んでいたのだろうか…と感心していたら
顔見知りへの挨拶と話題作りに1杯だけ購入して感想を述べたらくれたのだという。
さすがは鬼道グループ次期トップ。



「…ところでよくアルコール抜きなんてありましたね」
「連れが飲めないと言ったらある物で作ってくれたな」
「大胆な。よく言いましたね…未成年連れを疑われなくて良かった」
「まぁ『飲めない』としか伝えていないからな。
 炭酸はふんだんに入れられたが…そこは許せ」
「…ぅぐっ…!?…げほ…ごほっ!!」



勢いよく流し込んだ炭酸はジュワッっと舌を奇襲した。
入れたものは吐き出せず喉に流れると今度は気管に入って盛大にむせる。



「―――…、一気に飲んだら駄目ですね…」
「済まなかったな、言うのが一歩遅かった」
「…レモンの味は凄くしました。酸味の効いた、こう…爽やかな…さっぱりした感じで」
「今度、先方に伝えておこう。
 このコップはミネラルウォーターと蜂蜜だった。飲むと良い」



飲み込めない残りを持て余し、口元を抑えながらゴボゴボ感想を言う。
そんな私を見かねて有人さんは安全な一杯を教えてくれた。
いや、私が飲めないだけで全部安全なんだけど。

蜂蜜の甘味で誤魔化して、
取り敢えず口に入ったレモンサイダー状の液体を食道以下に落とし込んだ。
さしもの私でも持って来てくれた人と、
ついでに作ってくれた人のいるエリアでは吐き出さない。
(いなかったら多分、側溝かトイレか飲み残し入れに流している。申し訳ないけれども。)

しかし、思いの外その1杯は美味しかった。
言うなればハニーレモン、馴染みの味にホッと一段落だ。



「…ふぅ」
「後は…コレがただのレモン水だったな」
「あ…、ありがとうございます」
「付き合わせて悪かったな」
「いえ、それは私が…、…一緒に居たかったので」



『未成年なので』の言葉をレモン水と一緒に喉の奥底に流し込んだ。
スッキリとした後味が渇きを潤してくれる。



「(…このシュワシュワ感、ホント好きになれないな…
 大人だったとしても飲んでいなかったかも。
 きっとアルコール入ったら、コレに喉が焼ける辛い感じが足されるんだよね…、
 無理じゃん…。…―――でも…)」
「さて、そろそろ行くか」




そういうと有人さんはいくつかのもらったコップを手早く嚥下して、
巡回してきたゴミ回収係の人に渡す。
平然としてるのを見ると、こうなるまでに私は一体何ステップ踏まなきゃならないんだろうと思う。



「…どうした名前?」
「いえ。私もお酒飲めるようになるには…結構時間が要りそうだなぁって」
「さっきの様子を見ているとそうだろうな」
「あっ酷い、さっきのは不意を突かれただけで…
 準備してから飲めば炭酸だってむせませんよ。
 将来的にはレモンサワーだってシャンパンだって
 スパークリングワインだってきっと…、お酒は鍛えたら強くなるって言うし」
「そうか」



いつかの未来の展望を述べていると前方にキャッキャッと
酔いも相まっているだろうはしゃぎ方をしているカップル達が見えた。

和気あいあいとした感じはほんのちょっとだけ羨ましい気がしたが、
こつんと何かが当たった足元にはコロコロ、カラカラと
空になったプラコップが転がって来ていた。
 
ああ言うのは駄目だな、と近くのゴミ箱にそれらを手早く放り込む。

先を行く有人さんの所に駆け足すると追いついた所で肩を抱き寄せて迎えてくれた。
ゴミ捨て代行のご褒美とでも言おうか、ドキドキしながら彼の横に並び歩く。



「名前」
「何ですか?」
「…例え成人していても、俺は弁えない奴と飲むつもりもつるむ気もない」
「(確かに羽目外し過ぎるのは良くないよね…)…はい」
「だが、物事を考えて振舞える奴は年が離れていようと関係なく認められる。
 …今日のお前のように」
「有人さん…!ハイ…っ」



だから酒は後6年待つんだな、逃げるものじゃないのだから。
そう言葉で改めて釘を刺される。
でももう私からは飲酒願望は消えていたし、しばらくは復活しないだろう。
有人さんは私の事をちゃんと認めてくれていると知れて一瞬にして幸せになる。
それだけでもう十二分と言う思いだ。



「…成人した時にまだ飲みたければ俺が教えてやる。それまでは我慢しておけ」
「はぁい。―――…っん…!?」


人の往来に紛れて有人さんが触れるだけの優しいキスをしてくれる。
驚きはするものの当然 嫌な訳などはなく私はそれを受け入れた。

唇が離れると柑橘の香りがふわりと漂った…でもアルコールや炭酸感はなく、
最後に飲んでいたのはレモンサワーではなかったのだろうと察した。



「―――甘酸っぱい」
「はちみつレモンは好感触だったようだからな」
「わざわざ残して飲んでくれたんですか…?」
「―――…名前の自由に解釈して良い」
「…」



かぁっと何かが込み上げてきて、私は無言でこくんと頷いた。
言葉にしようにも顔と胸が焼けるように熱くなって上手く形に出来なかった。
都合の良い捉え方かも知れないが、
有人さんは私がちゃんと適齢になるまで待ってくれている…お酒も、行為も。

レモンサワーは飲めなかったけれど結局の所、
私が酔うのも大人にしてくれるのも、きっとアルコールでも何でもない。

−−−鬼道有人 その人なのである。



「移動するぞ。カフェならお前の飲めるものもあるだろう」
「(…本当にこの人は、見ていないようで…しっかり見てる)」



私の様子を気にして全部考えて動いてくれている、その事実にまた揺らされる。
クラクラと纏まらない思考回路、熱に浮かされたような気持ち。
嬉しい事があるとこんなに浮ついてしまうのはやっぱり私が子供だからだろうか。



「(あぁ、もっとちゃんと大人の…素敵な女性になりたい)」



―――いや、なろう。有人さんの傍に居たいならそうならなくては。

そう決意してすぐだというのに、差し出してくれる手を見ると
繋いでくれるんだ!と飛びつくように自分の手を置いてしまった。
しまった、はしたなかったかな、と有人さんを見れば
どこか満足気に微笑む視線と絡まったのだった…―――。

















*****
(2019/5/19)


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