知らぬが仏

何時も通りと言っては不憫であるが、今日も例の天才トラパーの蛸壷に落ちた善法寺伊作を抱えて食満留三郎が保健室にやって来た。

もはや日課である。

「本当にお前は天才だな。不運を呼び込む天才!」

「そんな言い方しなくたって良いじゃないか!僕だってわざと狙って落ちてる訳じゃ無いんだし…」

保健室当番であった一年ろ組の鶴町伏木蔵と三年は組の三反田数馬は、二人の言い合いを目の当たりにしておろおろとしている。

「せ、先輩達、喧嘩は止めて下さい」

「ス、スリル〜!とりあえず足を冷やして下さい」

そう言って氷嚢を差し出すと、何故か伊作本人では無く留三郎が受け取って、挫いた左足首に当て始める。

下級生達は思わず目を合わせた。

「俺が居なかったらお前生きて行けないだろ」

「そんな事無いさ!別に留三郎に助けて貰おうと思っていないのに、何時も一番に見つけるから…」

「ですから先輩達!喧嘩しー」

「そりゃそうだろ。…お前が居なくなったらすぐに分かるよ。何時も見てんだから…」

「!…留、酷い言い方して御免よ。僕だって留に助けて貰うのは心地良い。確かに留が居なくなったら…僕は生きて行けないもの」

「伊作…俺が一生世話してやるから」

「留…!嬉しい…」

「喧嘩からい、いきなりプロポーズだなんてスリルとサスペンス〜!」

「ふ、伏木蔵!!…えっと、に、新野先生にお話があったんだ!伏木蔵、行こう!」

「え?新野先生にお話なんて…」

「いいから!行くぞ!」

数馬が伏木蔵を無理やり引っ張って慌てて出て行った。

「何?二人共急にどうしたんだろう」

「さあ」

二人は首を傾げた。

廊下では数馬が溜め息を付きながら伏木蔵に愚痴る。

「二人共自覚が無いから困るよね。あれで隠してるつもりなんだよ」

「意外です〜。ていうか今からどうします?」

「暫く戻れないだろうなぁ」

そう言って三年の忍たま長屋の廊下に腰を下ろして二度目の溜め息を付く。
寒空に吐いた息が白く登って行った。



「いさっくん、ココ、どうした?」

夕餉の時間になり自然と同じテーブルに着いた六年生達の中で、一番空気の読めない七松小平太が沈黙を破った。

小平太が指差す先は首筋。

留三郎が飲んでいた味噌汁をぶーっと吹き出した。
向かいに座っていた伊作の服に飛び散る。

「わあああ!留、なんだよう。熱い〜」

「わ、悪い…伊作、ちょっと首見してみ?」

「首?なに?どこ?」

伊作が立ち上がり向かいの留三郎に首筋を見せる。
留三郎も同様に立ち上がり伊作に近付いた。

そんな二人の様子を冷めた目で立花仙蔵を始め小平太以外の同窓が見詰める。

「いさっくん、左側だよ。な、留三郎、
赤くなってるだろう?虫さされかなぁ?」

「黙れ、小平太」

「…小平太、この真冬に虫は居ないぞ」

「…」

仙蔵に加えて潮江文次郎と、視線だけではあるが中在家長次も否定した。

「だって本当にー」

小平太が更に掘り下げようとした時、

「あ、ああほら伊作っ。あれだ、あれ。今日蛸壷に落ちた時に擦りむいて…」

慌てる留三郎を見てぽかんとしていた伊作の顔が一気に真っ赤になった。
ばっと首筋に手を当てる。

「え、あ、そ、そう!何でか首筋を擦りむいたんだっ!だから虫さされじゃないんだよっ、小平太!」

「そうなのか〜。器用に首筋擦りむくなんて、流石不運委員長だなあ。なあ?仙蔵」

そう言って仙蔵を見やると苛ついたように溜め息を付いた。

「伊作…酷くなる前に薬でも塗って来たらどうだ?」

「ついでに当て布でもしとけ」

「…」

三人が同じく冷めた目で呟く。(長次は勿論視線だけ)

「そ、そうだね。行って来るよ」

「じゃ、じゃあ俺がやってやるよ。見えないだろ」

そう言ってそそくさと二人で食堂を後にした。

しんと静まり返ったテーブルー。
文次郎が口を開いた。

「あれはどうにかならんのか」

「ならん!可愛い伊作の為だ、知らぬ振りをしてやりたいのは山々だが…ああも二人共が馬鹿だと、な」

「…」

「長次何だ?…いっそこちらから聞けば、だって。ちょっと、私意味が分からないんだけど?」

「…やっぱりいつか本人達から言って来るまで待つか」

「驚いた振りを練習しておけ」

「…」

「なぁ、だから何の話〜?」



急いで長屋に引き篭もった二人ー。

襖を閉めるなりほうっと息を付いた。

「あ〜、びっくりしたぁ!」

「小平太に言われるまで気付かなかった。あぶねぇ」

「ねえ、僕達の事、バレてないよねぇ?」

伊作が留三郎に近付いて囁く。

「上手く誤魔化せたし大丈夫だろ」

「そうだよね。あ〜、それにしてもやっぱり内緒で付き合うのって苦労するね〜?」

「その内あいつらにも本当の事言わないとな」

「びっくりするだろうねぇ!」

「なあ!」

そう言って額をくっつけて笑い合った。



二人の関係を六年生はおろか、全校生徒、学園長を始めとする教職員、更にあの天然の事務員までもが知っている事を二人は知らない。

知らぬが仏ー。


(完)


紅夜様、二人が馬鹿ップルでなく単に馬鹿になってしまいました(´・ω・`)申し訳ありません。






/


mokuji



top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -