相合い傘

久し振りの休校日。

保健委員の処置向上の為に、町医者にわざわざ習って来ると一人で準備をして居たから、きっと今日は昼から雨が降るぞと忠告したのにー。

用具倉庫から戻って来ると部屋の角に傘が寄りかかっていた。

空を見上げるとどんよりと黒い雲が一面に広がっていて、今にも降り出しそうだ。

「…本当にあいつは」

さて、どうしたものか。

町医者からの帰り道ならばそこで傘を借りて帰って来るかも知れない。

若しくは既に帰路に着いていて、運良く雨に当たらずに学園まで辿り着くかも…。

“運良く"…?

それは無い、と一人で首を振った。

伊作に運良くなんて言葉は必要無いかも知れない。

「…そう考えたら行くしかないだろうな」

一人ごちて傘を持ち、心もち急いで部屋を後にした。



「あーあ…やっぱり降って来たなぁ」

意気揚々出て来たはいいが、留三郎は今頃呆れているだろうな、と空を眺めながら苦笑いを浮かべた。

忠告され確かに準備した傘は、持参しようと笈に入れた包帯が何故か転がり落ちたせいで忘れて来てしまったのだ。

「ちょっと待てば上がるかなぁ?でも雲、真っ黒だしな…」

雨は暫く上がりそうに無い。

町医者を出て帰路に着いた時、突然降り出したので思わず軒下に隠れたが、どうやらここは宿のようでいつまでも前に立たれては店に迷惑だろうと気が引ける。

濡れるのは仕方無いか、と走り出す機会を窺って居ると後ろから店主に声を掛けられた。

「こりゃ当分降るな。お前さん近くかい?」

「いえ、少し掛かりますが…御迷惑ですので」

そう言うと店の中から古い傘を出して来て伊作に手渡した。

「…あの」

「それで良ければ持って行けば良い。なあに、以前お客が忘れて行った傘だから遠慮は要らないよ」

店主の人の良さそうな笑顔につられて笑う。

傘は少し破れた箇所は有るが雨を凌ぐには十分であった。

「有り難う御座います。また必ず返しに伺います」

頭を下げて礼を言うと手を振って返さなくていいよ、と笑っていた。



「振って来たな。町医者はこの辺りだと思うんだが…」

急いで向かったがやはり雨足には適わず、町に入る直前で降り始めた。

まだ小雨で有るのが救いだ。

視界の明けている内にあいつを探さないとー。

そう思っていると少し先の店の前で、伊作が店主と話す姿を捉えた。

店主が一度店の中へ入り、傘を手に取って出て来る。

伊作に貸すのだろう。

案の定、受け取って頭を下げるのを見て、どうしようか考える。

声を掛けて一緒に帰れば良いか、と足を進めたがある事に気が付く。

ー傘は一本しか持って来なかった。

忘れていた訳では無い。
極自然に、故意に一本だけ部屋から持って来たのだ。

それはつまり、二人でそれに入る為に。

「…っ」

自分の無意識の行動に思わず顔が熱くなり、くるりと元来た方を向き直した。

このまま会えば伊作にからかわれるに違い無い。
無駄足だったがこのまま会わずに帰った方がましだ。

そう言い聞かせ足を速めた。

雨は一層酷くなり、草履が水に浸かって気持ちが悪かった。

しかし暫く進んでから立ち止まり、自分も町に用があって来たと言えば済んだでは無いかと気付く。

そういえば帰り道は同じの筈であるのに、全く伊作の気配がしない事に嫌な予感がし振り返った。

…姿は見えない。

「あいつ、また何かしたな」

そう呟いてまた町の方に戻ろうとした時ー。

ばしゃばしゃと音を立て走りながらこちらへ近付いて来る人影が見えた。

「はぁ…えっ、留?どうして…」

何故か閉じた傘を手に持ちずぶ濡れのまま走る腕を掴んで傘に引っ張り込むと、初めて自分に気付いたと言った様子で自分を見上げた。

全身雨に打たれ赤い髪がぺたりと頬に張り付いている。

そこから着物の胸元に滴り落ちて行く様に何故か胸がざわつき慌てて目を逸らした。

「…暇でぶらぶらしてた。お前…傘は?」

「それが部屋に忘れちゃって…」

自分が宿屋の主に借りた傘の事を尋ねていると思っていない伊作は、部屋に忘れて出掛けたと苦笑いしている。

「親切な人に借りたんだけど、途中泥濘で転んだ時に酷く破いてしまってね」

そう言って握り締めた傘を見せた。

成る程、これでは差している内に更に破けるに違い無い。

「帰ったら直してやるよ」

伊作の左肩が傘からはみ出て雨に打たれているのに気付き、空いている左手で肩を抱いて自分の方へ引き寄せた。

途端に初めて触れられたかの如く、顔を赤らめてふふふと笑う。

「何だよ」

「気持ちの何処かでは留が迎えに来ないかなぁ、なんて期待してたんだ。こんな風に相合い傘したいなぁって」

「…恥ずかしい奴」

自分もそうするつもりだった事は絶対、口が裂けても言わない。

けれど嬉しそうに自分の腕に収まっている恋人が愛おしくて、ついお前を迎えに来たのだと打ち明けてしまいそうだった。

歩幅を合わせゆっくり進み始めた所で伊作がくいっと自分の袖を引く。

「相合い傘で…してみたい事があったんだ」

何か尋ねようとしたら、傘の柄を持つ右手を上から掴んで傘を前に倒した。

前方が見えなくなりその分背中が濡れて、何をするのか抗議しようと顔を見た瞬間ー。

口唇に柔らかい物が触れる。

傘に隠れるようにして伊作から口付けられ、一気に体が熱くなった気がした。

「えへへ…これ、してみたかったんだ」

ゆっくり名残惜しそうに離れた伊作の顔は更に赤い。

「…可愛い事言うな、馬鹿」

そう言ったがそれでも傘はそのままで、今度は自分から伊作を引き寄せて長い口付けを落とした。



修理した傘を返しに二人であの宿屋へ行くと、あの日は気付かなかったがそこは所謂連れ込み宿で、傘の返却を喜んだ店主の好意を素直に受けようとする留三郎を制止するのに骨が折れたのは後日談ー。


(完)


杉村由紀子様、「雨の日の留伊」お待たせ致しました(。・・。)
少しでも楽しんで頂ければ幸いです!



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mokuji



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