阿弥陀籤

まるで誰かが集合だと言ったかのように自然と四人が集まっていた。

そう、ここは文次郎と仙蔵の部屋ー。

「あれは…まずいな」

「うん。いさっくん、滅茶苦茶に怒ってたぞ」

文次郎が呟くと小平太が大袈裟に腕を抱えて震えるような仕草をして見せる。

「何したんだろう?」

「どうせ詰まらん事だろう。部屋で包帯を巻くのを辞めろと言って怒らせたとか…」

「有り得る」

「だけどあの怒り方は尋常じゃ無かったぞ〜」

「…浮気とか」

「「「!!」」」

長次がぼそりと呟いた一言に三人が一斉に顔を向ける。

「…いや」

「そりゃ無いだろ」

「いくら留三郎でもなぁ…」

そう言いながらも全員がにやつく顔を何とか隠そうとしていた。

伊作には悪いが…この展開は流石に面白い。

「兎に角あの様子じゃ一日で元の鞘に収まるとは思えないよなぁ」

「…と言う事はつまり…」

「…」

「…」

仙蔵が文机に向かい紙に筆を下ろす。
慣れた手付きでさらさらと書き上げたそれを皆の前に突き出した。

「ここは公正に、阿弥陀籤で決めようでは無いか」

「阿弥陀籤…まさかこの学年になってやる事になるとは」

「不満か?ならば忍者らしく戦って決めるか…」

「え〜、それは駄目だぞ。今から滝たちと裏裏裏山まで塹壕掘りに行くんだ」

「ならこれで決まりだな。長次、横線入れろ」

「…」

「よし。まず一つは「伊作と寝る」、もう一つは「留三郎と寝る」と書いてある。伊作と自分の部屋で寝るか、はたまた伊作の代わりに留三郎とあいつらの部屋で寝るか」

「まるで天国と地獄だな」

「…言い過ぎだ」

「よーし!俺ここっ!」

「小平太!何、一番乗りしてんだよっ!俺がそこ狙ってたんだぞ!」

「何で〜?阿弥陀籤なんだから順番なんか関係ないだろう!」

「おい文次郎、五月蠅いぞ。私はここだな」

「なっ…!だから何で先に…って長次まで!俺が最後かよ!」

「黙れ、残り福と言う言葉を知らんのか!」

「文次郎、大人げ無さすぎだぞ!」

「うるせー!俺はまだ大人じゃねえよ!」

「…紙を開くぞ」

「あ…あの…みんな、何やってるの?」

「「「「伊作(いさっくん)!!」」」」

盛り上がり過ぎて、当の本人が襖の間から部屋を覗いている事に誰も気が付かなかった。

「何だか凄く…楽しそうだね」

自分と同室で眠る為の阿弥陀籤をしているとは、よもや思って居ない伊作は羨ましそうにこちらを見詰めて居る。

「僕も仲間に入れてよー」

口を尖らせて部屋に入ろうとする所を仙蔵が立ち塞がった。

「これは、その…あれだ!留三郎の、実技の相手を決めているのだ。…そう!組み手の相手を頼まれてな」

「…留の?」

名前を聞いた途端に伊作の顔色が変わる。
明らかに不機嫌そうだ。

「お前も入るか?」

伊作が同意する訳が無い事を知って、意地悪く仙蔵が尋ねる。

「…いや、僕はいい。…誰か手が空いてたら医務室で包帯巻き、手伝ってくれない?」

「ならば私が行こう。おい、もう結果は分かっておろう?誰に決まった?」

振り返って三人を見下ろすと長次が紙を開き、不気味に笑いながら仙蔵を見やった。

「そら見ろ、日頃の行いの良さだ。反対は?」

仙蔵が自分が勝者になった事に満足そうに微笑む一方、他の者は紙を見ながらはっと息を飲む。

反対…つまり、留三郎の隣はー。

「だから最後は嫌だって言ったんだよ!なのにお前らが先々選ぶから!誰だ、残り福とか言った奴は!?納得出来ん!!」

突然文次郎が立ち上がり叫び始める。

伊作がびくっと驚き仙蔵の後ろに隠れた。

皆は文次郎には見向きもせず、可愛い反応をする伊作を見詰めて居る。

「さて、馬鹿は放って置いて行こうか」

「でも…文次郎、大丈夫?」

「寝不足で遂にキレたかな。関わるな」

仙蔵がこれ見よがしに伊作の肩を抱いて部屋を出る時に、勝ち誇った笑みを浮かべて他の者を一瞥した。



医務室に着いてから伊作は仙蔵に包帯巻きを頼み、二人で黙々と作業していた。

一言も発せず、しかし作業にどこか集中出来て居ない伊作に見かねて声を掛ける。

「…喧嘩か」

「え?」

不意に声を掛けられ伊作が顔を上げた。

同時に何故か巻いていた包帯が床に落ちてころころと転がった。

「え…仙蔵、何て?」

「留三郎と喧嘩でもしたのであろう?」

どうして知っているのかと驚きを隠せない伊作は口をぱくぱくさせ、それが更に可愛らしく見えて仙蔵が吹き出した。

「…留に聞いたの?」

「いや、お前達を見ていれば分かる。皆気付いているぞ。それで、原因は何なのだ?」

どうせ大した原因では有るまいと軽い気持ちで尋ねたのだが…

「聞いてくれる!?留ったら酷いんだよ!」

すかさず仙蔵の隣りに引っ付き、何故か顔を真っ赤にする姿に嫌な予感がした。



「…何だ、その視線は」

伊作を探して襖を開ければ、三人から冷ややかな視線(内一人は睨み殺す勢い)を浴びせられ、片足を部屋に入れたまま廊下で思わず立ち尽くした。

「…いさっくんなら居ないぞー」

「…そ、そうか」

「お前〜…!」

突然文次郎に掴みかかられ自然と部屋に引っ張り込まれる。

「何喧嘩してんだよっ!馬鹿野郎!」

「な、何だよいきなり!」

「何で俺がお前と同じ部屋なんだよ!」

「はぁ?意味が分からん。おい、こいつどうしたんだよ」

他の二人に助けを求めるがちらりともこちらを見て居ない。
興味が無い、と言わんばかりに。

「そもそも、何で喧嘩したんだ!伊作が可哀想だろうが!」

伊作の名前が出た途端、二人がそうだそうだと顔を向けたので呆れてしまった。

「喧嘩…と言うか…」

言いかけた時、勢い良く襖が開き仙蔵が凄い形相で入って来た。

目の前の留三郎の姿を見るなり思い切り頭を叩く。

「痛っ!何だよ、仙蔵!」

「…貴様、仕様も無い事で仲違いしおって!馬鹿者が!さっさと行って謝って来い!」

尋常でない憤慨振りに全員が青くなる。

留三郎が何も言えずに居ると、無理やり廊下に押し出し襖をぴしゃりと閉めた。

「せ、仙蔵…?」

「…何があった?」

「…」

ゆっくりと振り返り呟く。

「…阿弥陀籤は無駄だった。あやつらは喧嘩などしていない」

「「「はぁ!?」」」

「くそ、糠喜びだった」

「じゃあ何だったんだ?」

文次郎が拍子抜けした様にへたり込む。

溜め息を付きながら仙蔵が少し頬赤くして答えた。

「…留三郎が、その、伊作の体に…」

「体に?」

「…跡を付けるのが嫌だと言う話だ」

「…」

「医務室で見せ付けられた」

「…いいな。見たかった」

「…長次。お前も末期だな」

その後留三郎が組み手の相手とは何の事だ、と再び部屋に戻って来るまでの間暫く、四人は無言のまま床に置かれた阿弥陀籤を見詰めて居た。

(完)


サカタ様、「留伊前提の伊作総受」がとんだギャグになってしまいました。゚(゚´Д`゚)゚。
申し訳ありません。



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mokuji



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