琥珀の月

全てはあの夜から始まったのだ。

実習で文次郎と組む事になり、ある城の兵力を調べる為、真夜中に忍び込んだ。

手筈通り忍務を終え、いざ学園に戻ろうと城壁を下りる瞬間ー。

城の忍組に見つかり追われ、愚かにも自分を庇った文次郎が肩を負傷してしまった。

幸い追っ手は無く、奴を抱えるようにして学園に戻ってから、医務室で手当てをしていた時ー

何が悪かったのだろうか。

突然口付けられ床に押し倒された。
情けないが指一本動かせなかった。

結局訳の分からないまま私は奴に抱かれたのだ。

最中も必死に理性と頭を働かせて考えてみた。
忍務で気が高ぶっているのだろうか、それとも怪我の原因の自分に腹を立てているのだろうか、と。

しかし奴が何度も自分の名前を呼ぶから、途中からどうでも良くなって身を任せた。

初めてな上に訳の分からないまま何回も事に及ばれて、終わった後も動けないでいる自分に奴が言い放った。

済まない、無かった事にしてくれ、だとー。



「立花先輩、今日の委員会はどうします?」

「どうします、とはどういう意味だ?」

「最近体調が悪そうですから」

こいつは蛸壷ばかり掘っている訳では無いな。
いつも人の事をよく観察している。

「少し、な。だが大した事は無い。お前は本当によく私を観察しているな」

「興味があるので」

尊敬しています、と付け加える。

可愛い奴だ。しかしー

「だから潮江先輩は嫌いです」

勘が良過ぎるのは頂けない。

「…何故あやつの名前が出て来る?」

「違うんですか?彼が原因だと思ってました。同室の癖に気まずい事をしたのかなぁって」

「…」

「立花先輩、彼の事が好きなんですか?」

「だから何故そうなるんだ?」

思考回路が読めずに綾部の顔を睨む。
全く表情を変えずに答えた。

「嫌いな相手ならそんなに悩んだ顔してないと思います。好きだから困っているんでしょ?立花先輩のどうしたらいいか分からないって顔、初めてですから」

「…今日は委員会は休みにしよう。皆にも伝えて置いてくれるか?」

分かりました、と直ぐさま去って行く。

一度だけ振り返って蛸壷が必要ならご遠慮無く、と呟いた。

綾部の言葉に内心驚いていた。

何故…文次郎にあのような事をしたのか問いたださないのか。
奴が委員会だ、鍛錬だと徹夜で部屋に戻って居ないのは理由にはならない。
日中は嫌でも顔を合わせて居る。

綾部の言うように普段の自分ならこんな風にまごついては居ないだろう。

あのような屈辱的な行為を受けて、どうしてこんなに落ち着いて居られるのだ…
自分でも分からない。

「仙蔵!」

突然呼び掛けられはっとする。

顔を上げると留三郎が驚いた顔をしていた。
近付いた気配に気付かない自分に驚いているようだった。

「どうした?お前がぼーっとするなんて珍しいな」

「考え事だ、気にするな。何用だ?」

「いや、伊作見てねえかなって。探しても居ねえんだ。もしかしたらタコに落ちたかも」

確かに綾部は今気が立っているから蛸壷を掘りまくって居るかも知れない。

「見かけて居ないが急用か?」

そう尋ねると頭を掻きながら目を逸らした。

「いや、全く。今日は珍しくどっちも暇だから一緒に団子食いに行こうって言ってただけだ」

「…そうか。相変わらず仲が良いな。羨ましい」

本心から思わず出た言葉だった。
留三郎も目を見開いてこちらを見やる。
弁解しようとしたその時ー

「留さん!待たせちゃって御免ね。新野先生と話してて」

伊作が慌てて駆け寄る。
留三郎の視線が自分から逸れてほっとした。

「おう、またタコに落ちたかと思って冷や冷やしたぞ。大丈夫だな?」

「今日はまだ落ちて無いよ。未遂はあったけどね。さて、行こうか」

そう言って伊作が自分を見やる。

「仙蔵もお団子屋さん一緒に行かない?美味しいって最近評判なんだよ」

屈託の無い笑顔を向けられる。

伊作のこの笑顔は隣に居る男の仕業なのだ。

二人で行って来い、と言うと楽しそうに学園を出て行った。
門をくぐる時、どちらとも無く手を繋ぎ合って…。

情けない。
今頃自分の気持ちに気付くだなんて。

理由を聞くのが怖かったのか。
自分の事を何とも思って居ないと言われるのが怖くて…

きっと留三郎達のようには行かない。

もしあやつが私に惚れて居るなら、無かった事になどと言う筈が無い。

聞いてしまったら最後ー
自分が今までの様には接して居られなくなる。

それならばいっそ、あやつが言う通り無かった事にすれば良い。

「女々しいな」

一人ごちて、しかし内心少しほっとしていた。



湯屋から戻ると珍しく文次郎が部屋に居た。

久し振りに部屋に二人で居ると何を話せば良いか分からない。
暫くの沈黙の後、口火を切ったのは奴だった。

「…体、大丈夫か?」

「何だ、それは。誰に物を言っている。貴様こそ徹夜ばかりするな。隈がうっとおしい」

そう言うと黙ってしまったので、ちょっと言い過ぎたかと思って居ると、突然こちらを向き頭を畳に擦り付けた。

「仙蔵…!馬鹿な事は百も承知だ!それでも聞いてくれ!」

驚いて頷く事しか出来ない。

「お、俺と…恋仲になって欲しい!」

「…は?」

頭を上げずに続ける。

「順番が違うのは分かっている。この間の事は…お前に本当に済まない事をしたと…。もしもあの時庇わなければお前が傷付いたかも知れないと思ったら、堪らなくなって気付けば押し倒していた」

「…おい」

「お前に罵られるのが怖くて無かった事にしてくれと言ったが、やはり我慢出来なかった。例え殴られても気持ちだけは伝えようと…」

「文次郎!」

話を遮って無理やり髪を掴み顔を上げさせた。

「…つまり、お前は私を好きなのか?」

そう聞くと情けない顔をして好きだ、と呟いた。

ならば明日委員会も鍛錬も休んで団子を食いに連れて行け、それで許す、と言うと訳が分からないまま奴が頷いたので、思わず吹き出してそっと額に口付けた。

(完)


明里様、あんまり切なくならず申し訳ありません(;´Д`)
文才の無い私には限界です↓↓



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mokuji



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