きみがとなりにいる
(☆明里様へB.Dpresent☆)





伊作が初めて単独での忍務に発ってから一週間が経った。
忍務の内容こそ知らないが、自分が留守中後輩達が困らぬようにと夜通し包帯を巻いたり薬を煎じていたから、それが簡単な物で無い事は分かっていた。
分かってはいたが、流石に一週間音沙汰無しとなると嫌でも縁起の悪い事が時々頭を掠める。
お得意の不運も手伝って何やら予想外の出来事に見舞われているんじゃないかとか、どこか怪我でもしてるんじゃないかとか、更に悪い事とか―。
仮にも忍術学園の最高学年、伊達に六年間忍術を学んでいないとは思う。
だがやっぱり気になる自分を無視するのは至難の業で―。

「痛…っ!」

指を金槌で打つなどいつ振りだろうか。
自分の声に後輩達の視線が集まるのが分かる。

「…食満先輩、あの―」

「済まん済まん。大丈夫だから」

作兵衛が作業の手を止めて苦笑いする自分に近付いた。

「…体調が悪いんでしたらそれは俺達がしますんで、部屋に戻って休んで下せえ」

「作、本当に―」

「そうです!先輩、何か最近おかしいです!!」

「きっと修繕し過ぎて疲れてるんですよぉ!!」

「…僕達頑張りますから、休んで下さい〜」

一年生達も必死で訴え掛けて来る。
疲れている、か…。
確かに最近眠れなくなってはいるが、かと言って休んだ所で体が楽になる訳でもこの気持ちが晴れる物でも無いのは分かっている。
寧ろ何もせず一人で居る方が、どんどんと良からぬ妄想に浸かってしまう。
しかし後輩達の前でこれ以上の醜態を晒して心配を掛ける訳には行かない。

「そうだな…これは急ぎでも無いし今日は委員会は終わりにしよう。それより、皆で団子でも食べに行かないか?奢るぞ?」

自分の提案に驚いたのか皆が目を丸くしている中(特に作兵衛)、すぐさま威勢の良い声が聞こえた。

「行きます行きますっ!!わあい、お団子!!」

しんべヱの声を聞いてやっと他の面子も笑顔を見せる。
日頃修繕に追われているんだ、たまにはこんな事も許されるだろう。
最も気を紛らわせたいと言うのが本音なのだが―。
制服を脱いで皆で街へと向かった。





こんな気持ちで居るからだろうか。
他人が楽しそうに会話する姿を見る度、心にぽっかり開いた穴が殊更大きくなって、もう自分がそこに落ちてしまうのでは無いかとさえ思える。
これが感情が鈍磨する、と言う事か。
いつも誰かが居る自分の右側が風が吹くたびに肌寒く感じて、存在が無い事を実感させられた。

「先輩っ、お団子美味しいですねぇ〜?」

「ん?ああ、美味いな」

慌てて笑顔を作り味の感じない団子を口に入れた。
ふと視線を感じ顔を向けると自分を見詰める作兵衛と目が合う。
何やら言いたげな表情から言わんとしてる事は分かった。
結局心配させてしまっている事に自嘲気味に笑う。
女々しいな、俺は。
プロの忍者を目指す者として、自分の今のこの状態は決して有ってはならない物だと言う自覚はある。
いつ命を落とすか分からない、死と隣り合わせの仕事を選んだのは自分だ。
そしてあいつも―。
こんな私的な感情は邪魔なだけだと分かっているのに、分かっているのに自制出来ないのは―。

「…作、俺みたいになるなよ?」

「…先輩」

「忍者失格だろう?情けない姿を見せて、幻滅させたか」

「…」

口にすると益々情けなくなり、黙って俯く作兵衛から目を逸らす。
そろそろ帰るかと懐の小銭に手を伸ばす。

「…そんな風に思わねえです」

「ん?」

湯呑みを握り締めた作兵衛がぽつりと呟いた。

「…忍になるって事が厳しい事は分かります。その為に守らなければならない規則も…」

「…」

「だけど、それは人間を辞めるって事じゃ無い…そんな時代だからこそ、一人位大切に思う奴が居たって、ばちは当たらねえと思います…」

思わぬ言葉が返ってきて瞬きすら出来なくなる。
空を見上げた作兵衛の瞳に移るのは一体誰なのだろうか。
そう言えばいつも隣を歩いている同窓の姿が思い浮かんだ。
三つも年下の後輩に、こんな事を言わせるなんて―。

「…作、お前―」

「あっ、伊作先輩だぁっ!!」

耳を突いた一年生の声に心臓が跳ねる。
振り返った先、小さく手を振りながらこちらへと駆けて来る見慣れた桃色の着物姿―。
切望していた筈なのに、僅かにも体が動かない。
次第に大きくなっていくその姿を暫く見詰め、その顔が泣き出しそうだと分かる距離まで来た頃に小銭を置いて立ち上がった。

「作、先に戻ってくれ!」

その返事も聞かず足は勝手に地面を蹴り出していた。

「あれ、食満先輩?」

「どこ行くんですかあ?」

「…おめえら、帰るぞ!」

「置いて行っちゃって良いんですか?」

「今日は委員会無しだろ?先輩だって、ゆっくりしたい時もあるんだよ。ほらっ、行くぞ!」





どちらとも無く手を取ってそのまま道から外れ、腰の丈まである野草に身を隠すように座り込んだ。
力の限り、痛いと言われるまで抱き締める。
このまま一つになってしまえば良いのにと思いながら。

「いさ…っ!」

「…留っ、とめ、何で居るのさ?」

腕を首に回し、自分の肩に顎を乗せて伊作が震えた声を出す。

「お前、何やってんだよっ…遅えよ」

「ちょっと、ヘマして…心配した?」

「…全然」

「…僕は、凄く会いたかった…っ!」

その一言に抑えていた感情が流れ出して、気付けば伊作の髪を掴んで噛み付くように口付けていた。
呼吸をする事も忘れる程、深く深く、離れていた時間を埋めるように―。

「…っ…いさ…」

「…と、めっ…」

人目が全く無い訳じゃ無い。
頭では分かっていても衝動は止められなかった。
体が伊作を欲しがって、ここで繋がってしまいたいとまで思う自分を何とか抑える。
その分どんどんと激しくなる口付けに、伊作が息も絶え絶え囁く。

「…とめっ、僕等、こんなで、…忍になれるのかな…」

先程まで自分も悩んでいた事を尋ねられる。
でももう自分の答えは決まっていた。

「…お前が待っててくれたら、何でもやれる気がするから―」





















「…待ってて、くれたんだ」

「…当たり前だろっ」

伊作が嬉しそうに笑った。
少し汚れた頬を撫でると猫のように自分から摺り寄せる。
もっと触れたい気持ちを我慢して、早く帰ろうと立ち上がる。
手を取って立ち上がらせてやると足元に目をやった。
端切れで縛った足首を見て、それが遅くなった原因かと溜め息を付く。
団子所では無いのだが伊作の好物だし、忍務も終わったから甘えさせる事にした。
伊作に背を向けてしゃがむと、それはいいよと手を振るが構うものか。
無理やり負って店まで運ぶ間、恥ずかしいやら何やら呟いていたが、それはこちらも同じ。
しかしそれは道行く者に見られて、では無い。
どうにも綻んでしまう顔をお前に見られるのが恥ずかしくて、重くても文句を言われても背負う事にしたんだから。
何ならこのまま学園まで、と考えて流石にそれはと一人首を振った。




(完)




明里様、HappyBirthday☆☆
遅くなって申し訳ないです。
「危険な忍務に発った伊作を心配してもやもやする留三郎」のつもりです!
愛だけは篭ってますので、お受け取りくださいませ(^▽^)
いつも有り難う御座います!おめでとうございます!!



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