第3章


 魔法使いとは、心の声によってジンと語らう能力を持った人間のことである。ジンと会話する能力とは才能であり、つまるところ、魔法使いはなりたいと思ってなれるものではない。
 勉学や努力だけでは後づけのできない、生まれながらの素質が必要だ。素質を持って生まれ、なおかつそれが何かの引き金によって開花した者が魔法を発現する。さらに魔法を使いこなして「魔法使い」と呼ばれるようになるのは、ジンと上手く語らう術をより深く学び、才能を育て上げた者だけである。

 少なくとも、表向きにはそう言われている。

「おや、君たちか。どうしたんだい?」
 午前七時、信徒たちが朝の礼拝の歌をうたう中、眠い目を擦って歌声と共に坂道を下ったタミアたちは、ギルド〈月の盾〉が開くと同時にそのドアを叩いた。出迎えたのは昨日と同じ、茶髪でバッジを胸に飾った副団長だ。
 気だるさや眠気など一切感じさせない、乱れのない服装と、しゃんとした姿勢。高い窓から差し込む朝の光にも、まったく気圧されることのない爽やかさである。
 彼はその、朝日そのもののような温厚さでもって、タミアたちの前に歩み寄ると、笑顔で口を開いた。
「まさか、また何かに巻き込まれたのかな。もう顔を出してくれることはないと思っていたよ。探し物が見つかったから」
「探し物って、まさか」
 求められた握手に応えるよりも先に食いついたタミアに、彼はおや、と首を傾げた。
「杖だよ。昨日、ログズが取りに来たけど……聞いていないのかい?」
「え……?」
「だめじゃないか、心配してくれていた相手にはきちんと話さないと。昨日の夕方ごろかな、キャラバンの商人だという人から、広場で我々が聞き込みをしていた杖によく似たものが持ち込まれたと預けられてね。持ち込んだ相手の特徴を訊いたら、我々が地下に捕らえている男とそっくりだったもので、そっちは今、全力で捜索に当たっているところだ」
「持ち込まれた杖は?」
「夜になるころ、ログズが一人で来て、受け取っていったよ。届いていないかと思って顔を出した、って……な?」
 同意を求めるように、副団長はログズのほうへと視線を向けた。でも、とタミアは強く、スカートの脇で両手を握りしめた。
 ありえない。
「……やられたな」
 だって、昨日の夜といったら、彼はタミアと一緒にいたのだ。日の沈むころ、あの謎の火に襲われて、窓ガラスを割って。昨夜は二人で部屋と、暗くなった裏庭を掃除しながら、従業員になんとかかんとか信用してもらえるよう、必死に事情を説明していた。
 その最中に、何者かがログズの杖を持っていったのだ。
 否、もう自分たちはその「何者か」を知っている。悔しげに顔を覆ってため息を吐き出したログズを見上げ、タミアは何も言えずに唇を引き結んだ。
 彼の杖を持ち出したのはおそらく、タミアたちを襲った、あの火。もっと正しく言うならば、火のジンである。
「俺じゃねェよ、それ」
「なんだって? だって、どこからどう見ても君で……」
「声は何度も聞いたか? その俺はあんたと、今みたいにベラベラと喋ったか?」
 副団長はそこで、はっと蒼白になった。静かに首を振り、杖の受け渡しをしたときの状況をぽつりぽつりと話しだす。自分はカウンターを離れて、奥で書類仕事に当たっている時間だったこと。カウンターには別の者がいて、彼はログズの名前を聞いてすぐに杖の持ち主だと分かったが、担当者が副団長だったので、確認として念のために顔を見せるだけ連れてきたこと。
 ああ君か、見つかったよ、と一言二言は会話をしたが、仕事が多かったのでデスクから顔を上げて話しただけで、杖の受け渡し手続きはログズを案内してきた者に任せたこと。
 思い返せば、自分は話したが、ログズのほうはほとんど会話らしい会話を発さなかったこと。
 愕然と、呼吸も忘れたように立ち尽くしている副団長を見て、ログズは切り替えるようにかぶりを振った。
「なあ、騙されたあんたをどうこうは思わないから、一個教えてくれ」
「……ああ、私に答えられることなら何でも」
「昨夜来たっていう俺は、赤紫の服着て、コレしてなかったんじゃないか?」
 コレ、と、ログズが指し示したのは、頭に巻いているターバンだ。アイヴォリーに金糸で細い線が入っただけの、彼にしては至極シンプルな持ち物なのだが、色素の抜けた真珠色の髪にはどんな色でも華やかなものに映る。
 服の色までは思い出せない様子だった副団長も、ターバンについては記憶がはっきりしていたようで、すぐに頷いた。


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