第3章


「着けていなかったな。代わりに金とターコイズの……あれはなんだ、首飾りか? とにかくそんなものを、メダル風の飾りが正面に来るようにして、踊り子の目隠しみたいに巻いていたが」
「はァ? そンなの変態じゃねェか。違和感持ってくれよ」
「う、ううむ? すまない。なんというかほら、なあ?」
 ちらと、副団長が助けを求める視線を投げかけてきた。服装は自由だと思って、などと歯切れ悪くごまかそうとしている。
「常人がやってたら気を疑うけど、あなただから、ありえないってこともないか、って思われたんでしょ」
「ああ?」
「アイデンティティーが裏目に出たわね。仕方ないわよ」
 タミアは彼の言えないでいる言葉を、代わりに伝えた。頬に伸びてきたログズの手を、素早く払い落とす。同じ攻撃は二度食らわない。と思ったら代わりに頭突きを食らわされて、視界が結構揺れた。
「あのデブはどこにいる?」
「え、ああ、彼かい? 彼なら一応まだ、ここの地下にいるが」
「話がしたい。会わせてくれ」
 呆然としている副団長を顎でしゃくって、ログズは階段へ向かって歩き出した。
 その背中を、タミアが軽く引っ張る。
「ちょっと、私に言うことは?」
「よかったなァ、揺れる脳ミソ入ってて」
 にたりと、満足げに彼は笑った。呆気に取られるタミアを見下ろして、さ、行くぞ、と階段を下る。後ろ姿が鼻歌でも歌い出しそうなほど、すっきりしている。まさかとは思うが昨日、足を蹴ったときからずっと、復讐のチャンスを窺っていたのだろうか。
 この、負けず嫌いが。
 大声で叫んで蹴り落としたい衝動に駆られながら、タミアは何とか平静を保って後に続いた。本当に、イクテヤールに着いてアルヤルに会ったら、真っ先に聞いてやる。なぜこの人に自分の迎えを任せたのかと。他に人選はなかったのか。
 副団長がローブの下から、鍵束を取り出した。

「ボクの身近に、魔法使いがいないか?」
 地下牢はちょうど、朝食の時間帯だった。面会だという副団長の言葉に振り返った男は、ママ、と言いかけてログズの姿を見とめるなり、頬張っていたナツメヤシとチーズのサンドイッチを盛大に噎せた。
 すっかりトラウマが染みついている。可哀相に思ったタミアは副団長に頼んで、牢の中に全員を入れてもらった。
 男は食事を横へずらすと、自然な所作でタミアたちを明かりの傍へ座らせ、自分が隅へと回った。全員が絨毯に座れるようにし、副団長にも空席を示したが、彼は職務だと言って扉の前に膝を下ろすに留まった。男はそんな副団長に、それでは、と一言詫びて最後に腰を下ろす。
 鉄格子を挟んでしか喋ったことのなかった男だが、改めて向き合うと、何不自由なく育ったことがありありと溢れる体つきの中に、上流階級の品性を窺わせる仕草がところどころ垣間見える。名をハートールと名乗った。彼に名乗られて、タミアは自分たちも名前を言っていないことを思い出し、本題の前に、ログズと共に簡単な自己紹介を済ませた。
「そう、魔法使いだ。いないか?」
 ハートールの正面に腰を下ろして、ログズは再度、その目を覗き込むように訊いた。ガリ、と蜜がけのナッツが噛み砕かれる。ハートールの母が持ってきたという彼の好物は、猫足のついたガラスの器に山と盛られて、素っ気ない牢の中に甘い匂いを漂わせている。
 ログズはその中に時々、宝石のように交ざっているリンゴを指で弾きだして、口に放り込んだ。
「いない……よ。そういう能力の出る家系じゃない」
「本当に?」
「う、うん」
「じゃ、ちゃんとした訊き方に変える」
 硬く乾燥したそれを、砂糖菓子のように口の中で転がして、ログズは胡坐をかいていた片膝を立てた。膝を抱いて背中を丸め、まるで秘密の話をするようにトーンを落とす。
「お前の身近に、最近、ジンを封じて魔法使いになったヤツはいないか?」
 ひゅっと、ハートールが息を呑んだ音が聞こえた気がした。ターバンに隠されたログズの目は、ハートールからは見えない。当然、ログズからもほとんど見えてはいないはずなのだが、彼は目の前に立つ者に、すべてを見透かされているような錯覚を与える。
 はったりが上手い、と言ってしまえばそれまでなのだけれど。
 一歩離れて見守るタミアには、ハートールが今、己の中の隠し事や見せたくない部分を、本当は何もかも知られているのではないか、隠しても無駄なのではないかという感覚に陥っていることがよく分かった。
 つくづく、魔法使いというより、魔術師である。ペテンと魔法は、いつの時代も紙一重だ。


- 19 -


[*前] | [次#]
栞を挟む

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -