第2章


 分かったわよ、と適当に聞き流す。危ないことにはできるだけ関わりたくないのが本音だが、協力すると決まった以上、隙を作る手伝いくらいはすることになるだろうか。
 甘い紅茶を啜って朝食をしめたタミアに、ログズはオレンジをかじって「真面目に聞けよ」と不満を漏らした。
「やけに強い相手だったんだっつの。とりあえず、今日はまず自警団のギルドに行くぞ」
「自警団のギルド? この町の?」
「もしかしたら、昨夜のヤツは有名なお尋ね者かもしんねーだろ? もしそうなら、杖の回収に協力してくれる可能性がある。手伝ってもらえなかったとしても、ギルドが追ってるヤツだとしたら、捕らえて突きだせば報奨金も出るしな」
「えっ!」
「杖も金も手に入る。一石二鳥だろ?」
 どうよ、と言いたげにログズは胸を張った。報奨金。その言葉に、タミアの心の重い腰が、すっくと上がる音が聞こえた。
 グラスをテーブルに置いて、ターバンの奥を覗き込むように、目の前の男と視線を合わせる。
「報奨金が出たら、まず私に二万ガルム返してくれる?」
「勿論だ」
「それと……、月の都の服がほしい。最高とは言わないけど、とびきり素敵なやつ」
 ログズはニイと、唇を吊り上げた。タミアが俄然やる気を出したことを、察したのだ。骨ばった手のひらが、二人の間に差し出される。
「いいぜ。俺が完璧にコーディネートしてやるよ」
「あ、それは大丈夫。自分で選びます」
 間髪入れずに断りながら、タミアはその手を取った。
 渋々だったことに、希望が湧き始めた。悪くない。二万ガルムが返ってきたら、まず脳裏に焼きついた昨夜のワンピースを買う。そして普段着にして、それよりずっとずっと煌びやかな、夢のようなドレスを一着買ってもらおうではないか。

 自警団ギルド〈月の盾〉には、タフリールで生まれ育ってこの町を護ろうと入団した人から、剣や弓の腕に覚えのある流離の人まで、様々な者が所属している。入団希望は老若男女を問わず受け付けているが、盗人を捕まえたり、砂漠で襲われた隊商を救助したりするためだろう。居住区とバザールの間に発つ施設のドアをくぐると、中はやはり、精悍な若者が目立った。
「いらっしゃい。何かあったのかい?」
 カウンターから出て二人を迎え入れた男も、自警団の一員なのだろう。腰に剣を提げている。いかにもといった武器など初めて目にしたタミアは、ぎょっとして見ている間に挨拶をしそびれた。
「杖が取られたんだ」
「なるほど、状況から順を追って聞こう。その頬と、関係があるのかな」
 柔らかい茶髪の、背格好は大きいが穏健そうな男である。彼がとんとんと自分の左頬を指で示したとき、タミアはその胸に、銀のバッジが輝いていることに気づいた。自警団月の盾・副団長、と記されている。
 ログズはああ、と頷いて昨夜の一連の出来事を話しだした。初っ端から酒場での賭博の話が始まったことに、副団長は一瞬渋い顔をしたが――相手の男の特徴を聞くなり、彼はおやと目を丸くした。
「その男なら、つい先刻うちの団員が捕まえたところだよ」
「は?」
「今朝一番で、似たような被害の報告が入ってね。旅の魔法使いが勝負を吹っかけられて、貴重な本を奪われたらしいんだ」
「ひどい……」
 書物は高価なものだ。小さな村で育ったタミアにとって、村人全員で回し読みする本は、村の財産といっていい品だった。思わず呟いた声に、副団長が微笑む。
「心配ない。幸い、本は町の隅にまとめて捨てられているのが見つかったんだ。ただ、犯人は、自宅の目星をつけて行ってみたら、堂々と食事なんかしていてさ」
「事件を起こしておきながら?」
「そう、あっさり捕まった。しかも捕まってからずっと、自分じゃないと言い張ってる」
 タミアは思わずログズを見上げた。彼はうんざりしたような顔で「腹が減れば自白すンじゃねえのか」とぼやく。
 副団長はログズの発言に苦笑して、階段を二階ぶん下った。とにかく、と彼はローブの下から鍵束を取り出す。ギルドの地下にある、鉄製の扉が開かれた。
「君も、会ってみてもらえないか? もう一人の被害者いわく、確かにこの男だったと言うんだが、我々も証拠がなくて困っているところなんだ。会って、顔を確かめてくれ」
 薄暗い地下室に、光が射す。壁掛けランプが左右に吊るされたそこは、簡素な牢屋が五つ並んだ尋問所だった。真ん中のひとつに、人影がある。
 影はタミアたちの足音にびくりと跳ねあがって、おそるおそる振り返った。
「ああ! てめえだー!」
「ひいいッ!? ごめんなさいごめんなさい!」
「謝るならさっさと吐けこの野郎! 俺の杖はどこやった!? ああ?」
「ご、ごめんなさい分かりません! 杖? 杖って何のことですか……!」
 恰幅のいい、三十くらいの男である。昨夜の相手なのかどうか――ログズの様子を見れば、訊くまでもなく明白だった。牢に掴みかかって頭突きをかました彼を、副団長が慌てておさえる。
 どっちが囚人なんだか分かりやしない。タミアはため息をついて、牢の中で怯える男と、羽交い絞めにされて暴れているログズを交互に眺めた。


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