第2章


「それが、なんっか妙な感じだったんだよなァ」
「なに、妙って」
「いや、男ではあるんだけどよ。いい歳っぽい見た目のわりに、喋った声が子供みてえなんだ。で、ほとんど口を利かなかった」
「ええ? なんか、変な感じね」
「だろ? 見た感じは、三十くらいか……少なくとも、俺よりは年上っぽかったんだけどな。あとそうそう、デブだったんだよ。そのくせ、やけに素早くてなー。腕の肉と顎の肉、ブルンブルンいわせながら殴りかかってきやがって」
 ますます想像のつかない光景だ。ちぐはぐな情報ばかりが付加されていく状況に、タミアは思わずううんと唸った。口の端についたトマトソースを拭って、あの野郎、とログズは屈辱を思い出したように吐き捨てる。
「取られた杖っていうのは、どんなの?」
 玉蜀黍の香りのパンをかじって、タミアは話題の方向を逸らした。
「上から下までの長さが、俺の肩までくらいあって」
「あら、結構目立つものなのね」
「全体が黒曜石と琥珀でできてる。こう、芯が黒くて、周りを琥珀が、巻きついたヘビみたいに覆ってる感じだ。てっぺんはクリソコーラを嵌め込んだ、俺の顔くらいあるデカい目になってて、片側に琥珀の翼がついてる」
「……訂正。相当、目立つ代物だわ。なんでわざわざ盗んだりしたのか、不思議なくらい」
「うらやましかったんだろ」
「ていうか、あなた魔法使いなんでしょ? 杖がちょっと持っていかれそうになったくらいのこと、魔法でどうにかできなかったの?」
 媒介といったって、必ずしもなくては魔法が使えないというわけではあるまい。現にタミアなど、これまで媒介を用いて魔法を使ったことはない。
 無花果のサラダをつまみながら問い詰めると、ログズはぐっと押し黙った。忌々しげに真珠色の髪をかき上げ、ぼそりと漏らす。
「……らなかったンだよ」
「え? 何?」
「だーかーら、当たんなかったンだっつうの。媒介を使うのは、力を上げるためだけじゃなくて、魔法が当たりやすくするためとか、色々あんだよ。杖が持ってかれそうになって、慌てて魔法は撃ったが、当たらなかった。以上だ」
「……つまり、杖がなかったから上手く的が絞れなくて外したの? あなたノーコンなの?」
「うるせー」
「あっ、ちょっと! 私のサラダ!」
 ザクザクとフォークが突き立てられて、無花果が三、四切れ、持っていかれた。手を伸ばしたときにはすでに遅く、ログズは空のフォークを掲げて赤紫の頬をもぐもぐさせている。
 仕返しに何か取ろうと思ったが、人の皿から食べ物を取ってはいけませんという母親の声が聞こえた気がして、振り上げたフォークを下ろした。
 行儀のよさを、いつまで保てるだろう。この男と一緒にいて。まだ二十四時間も経っていないのに、すでに結構影響されているのが恐ろしい。早いところ問題を解決してアルヤルの元へ行かねばと、タミアは固く決意した。
「特別製なんだよ、あの杖は」
「えっ、派手さが……?」
「違ェよ。補正力の話だ」
 ログズの傾けたグラスの中で、三日月形のオレンジが揺れる。
「黒曜も琥珀もクリソコーラも、どれも磨いたり削ったりする作業の一回一回に、鍛冶師が補正の術をかけながら作ってる。魔法使いでありながらそういう仕事をしてる職人に、頼んで作ってもらった特注なんだ。同じモノはこの世に一本たりともないし、代用品もすぐには用意できない」
「……それは、貴重なものね」
 そんな特注品を使わなければならないほどの、ノーコンだなんて――とは、さすがに口に出さないでおいた。顔に出るのをごまかすため、うつむいたタミアを同情していると思ったのか、ログズは「そうなンだよ」と深く頷く。
「価値が分かってて盗んだのか、単に高そうだから持ってったのかは知らねェが、たぶん売ろうとすれば商人の多いタフリールで売るだろう。町を出るとき、魔法使いでもなさそうなヤツが背負って出るには目立ちすぎるしな」
「じゃあ、杖はたぶんこの町の中にある?」
「そういうことだ」
 パンを押し込んで、最後の一口を冷めたスープで飲み干す。どうやら猫舌のようだ。どうでもいい弱点を見つけてしまったなあ、と眺めながら、タミアも残ったサラダを完食した。
「売り飛ばされたら、買い戻すにはかなりの値が張るからな。ヤツが高く買い取りそうな商人を探してウロついてるうちに、なんとかして見つける。んで、取り返す」
「分かった……けど、考えなしに出ていくのはやめてよ、強い人だったんでしょう? 私、喧嘩の助けには入れないからね」
「お前、人を負ける前提で……言っとくが、俺は杖さえあればマジ強いからな。昨夜は、当たらなかったから負けたんだ。いいか、隙さえ見て杖を取り返せば、こっちのモンだ」
「はいはい」


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