第2章


「あの、すみません」
「な、なんですか? アナタもボクに何か取られたとでも!?」
「違うわ。突然怒鳴ったりしてごめんなさい。あの、昨夜すごく酔っぱらっていたりはしませんでした?」
 牢の前にしゃがんで、タミアは男と目線を合わせて訊ねた。ええと、と彼は狼狽しながらも、タミアの真意を探るように顔を上げる。脇で何事か言い合っていたログズと副団長が、様子を窺うようにぴたりと口を噤んだ。
「この人、酒場で賭けを持ちかけてきた人に殴られて、杖を持っていかれたの。すごく大切なものみたいで……記憶がなくても、もし何か心当たりがあったら正直に教えてほしくて」
「そんな……ボクは本当に何も」
「……何も、覚えてない?」
「違うよ。覚えてないも何も、やってないんだって。酒場になんか行ってないよ、ああいうガラの悪いところ、に、苦手なんだ……! そのうえ人を、な、殴るとか? とんでもないよ……!」
 男はぶるぶると首を横に振った。想像しただけで無理、と言いたげに顔から血の気が引いている。
 そうして狼狽えている姿は、とても悪人には見えない。むしろどちらかといえば、恐喝をされる側にしか。
「おい、お前……」
「ヒッ」
「猫被って騙そうとしてンじゃねえだろうなァ……? 俺はお前の顔に、嫌ってほど見覚えがあるぞ」
 ログズは先ほどより落ち着きを取り戻したものの、自分の記憶にも間違いはないと確信しているらしい。囚われた男をあらゆる角度から観察するように、首を低くして、牢の前をぐるぐると歩き回っている。
 まるで獲物の様子を窺うトラだ。グルル、と唸り声が聞こえそうな空気に、副団長が助けの舟を出した。
「取られた杖は、黒曜石と琥珀でできているそうだ」
「黒曜石と、琥珀?」
「上部にクリソコーラで作られた目と、琥珀製の翼がついている。何か思い出すことはないか?」
「いや、何も……ていうか」
 牢の中の男が、困ったように視線をさまよわせた。そしてログズをふと、頭の先から足の先まで眺めて――何か、なんとも言えない納得のいったような表情を浮かべながら、そろそろと首を横に振った。
「そんな派手なもの、ボク取らないよ……」
 ああ、ごもっともである。
 最も恐れていた正論が来たな、とタミアは居た堪れなくなって目を逸らした。副団長と視線が合う。彼もまた、返す言葉のないという顔を必死にごまかしていた。
「ボクは魔法使いでもないし、確かに貴重そうなのは分かったけど、わざわざそんな目立つものを奪ったりする意味が分からない。パパから継いだ隊商宿があるんだ。お金にも困ってないし、ママが心配するから夜遊びはしないよ……ましてや、賭博なんて」
 考えただけで恐ろしい、とでも言いたげに、彼は両腕で自分を抱いて身震いした。後半は何となく聞き流したが、前半は至って同意見である。確かに、と心の中で頷いたつもりが、声に出ていた。
 裏切り者を見るように、ログズが振り返る。タミアはしまったと思ったが、口に出てしまったものは仕方ないと腹を括った。
「あのね、ログズ」
「何だよ」
「私……、正直に言って、この人は犯人じゃないと思う」
 言いたいことは薄々察していたのだろう。ログズは明らかに苛立った表情を浮かべたが、驚きは見せなかった。牢の男が、静かに息を呑む。
「じゃあ、他の誰だっていうんだよ。言っとくが、俺が見た顔は確かにコイツだぜ? 顔だけじゃない。背格好もコイツだ」
「でも、声は?」
「……声……?」
「あなた、昨夜自分を襲った人は子供みたいな声だったって、言ってなかった?」
 はっと、ターバンの奥でログズもまた息を呑んだ気配がした。副団長は輪を外れて、静かに全員を観察している。
 タミアはたたみかけるように、自分の感じたことを素直に打ち明けた。
「態度をごまかして、弱々しく振る舞うのは簡単だと思うわ。でも、声をごまかすのって、難しいと思うの」
「……」
「それにこの人、あっけなく捕まったって言ってたわよね。ログズ、あなたの会った人は強かったみたいだけど……本当に同じ人?」
 ログズは腕を組み、じっと押し黙った。牢の中の男をしばらく眺める。男は縮み上がっていたが、こちらもまた、自分ではないという意識がはっきりしているのだろう。タミアという味方が現れたことで気を持ち直したのか、彼は顔を上げて、自ら潔白を見つけ出してもらおうとするようにログズを見つめた。
 はあ、と深いため息が地下室に響く。


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