第1章


「バーカ、運だけでやってるワケねーだろ。腕前があるんだよ」
「カードの?」
「そ。お前の知ってそうな言葉では、イカサマとも言う」
 酒場での賭博は稼げない。それは、最初の賭け金がある程度大きかったらの話だ。
 夜風に飛んでいきそうな紙幣を、まるでカードのように二本の指で入れ替えたり、たたんだりして、十ガルムを二万ガルムに変えてきた男は自慢げに胸を反らした。イカサマ。知ってはいるが馴染みのなかった言葉に、一瞬間が空いて、タミアは「はあ!?」と裏返った声を上げた。
「それ、ズルしたってことじゃない」
「テクニックと言え、テクニックと」
「妙に強いと思ったら、そんなことしてたの? 見ず知らずの人たちに交じって、お金巻き上げるなんて……!」
「だーからちゃんと、飯代も多めに残してきたろ。いいんだよ、あいつらだって全員顔見知りなんかじゃない。稼ぎに来てたワケじゃなくて、楽しみに来てんだ。ギャラリーがハラハラするような演出だってしたし、盛り上げるだけ盛り上げたぜ?」
「そりゃ、盛況すぎて途中から見えなくなってたくらいだけど……」
 面白い奴がいるらしい。そんな声に店中の客が吸い寄せられて、いつしかログズの周りは厚い人垣に囲まれていた。カウンターにいたタミアは、時折起こる人々の歓声やどよめきだけを頼りに、何が起こっているのか必死に把握しようと努めていた。
 勝っているのか、負けているのか。ルールを知らないゲームほど、察しにくいものもない。
 結局、大きな拍手が起こって酒が振る舞われ、皆が散り散りにテーブルへ戻るころになって、満足げな顔で「出るぞ」と言ってきたログズを見て、やっと勝ったのを確信した。
 ひとまず、今夜の野宿は避けられそうだ。
「ていうか、そんな技があったなら、最初から服代くらい自分で稼いだらよかったじゃない」
「分かってねェなー。ああいうのは見た目が結構重要なンだよ。下着いっちょのイカサマ師はただのズル扱いだが、注目さえ集められれば手品師だ」
「分からない世界だわ。そんなに上手くいったならあと二万ガルム、追加で取り返してくれたらよかったのに」
「簡単に言うなよ。あんまり派手に稼ぐと、目ェつけられる。また身ぐるみ剥がれたら、今度こそオシマイだろ」
「それもそうね……、え?」
 できるだけ手頃な宿を探しながら歩いていたタミアは、会話を聞き流しそうになった。まさか、と思って振り返る。勝利に酒も入って上機嫌なログズは、じとりと見上げたタミアに「なに?」と両手を振った。
「まさかとは思うけど、あなたが裸で転がってたのって」
「ああ、ちょーっと稼ごうと思って賭けに入って、いつもみたいに盛り上げてたらな。ぜひ参加したいって言ってきたヤツがいたんだけどよ」
「ええ」
「デタラメに強くて、気づいたら全財産出す羽目になってたンだよ。で、降参だっつったらちょっと表に出ろって言われて、出せるもん全部出せって殴られた」
「つまり、賭けに失敗した結果の喧嘩なのね?」
 躊躇もなく、ログズは頷いた。
 タミアはもはや呆れで、何も言えなくなってしまった。何か事件じみた喧嘩に巻き込まれて、怪我でもしたのだろうと思っていた自分がまだ甘かった。ただの自業自得ではないか。
「しかもなァ、杖も取られたんだよな」
「杖?」
「魔法の媒介に使ってたヤツ、持っていきやがった。取り返さねーと、アルヤルんとこ帰ったときに破門だろうなー……」
「そう……、それは都合がよか、じゃなくて気の毒ね」
「お前、今なんか言いかけただろ」
「ごめんなさい、ちょっとだけ」
 取り繕う必要も感じなくなってきたので、素直に謝る。ログズはわざとらしく舌打ちした。
「都合がいいとか思ってるみてーだけどな、お前にも協力してもらうからな。杖取り返すの」
「ええ? 嫌よ、自力で頑張ってよ。私も、イクテヤールならもう明日にでも一人で行くから……」
「無理だ」
 妙にすっぱりと、ログズは遮った。断固とした声音に、一瞬、タミアのほうが怯む。
「どうして」
「アルヤルは疑い深くて慎重だ。俺に同行を任せた以上、見ず知らずのお前一人が着いたんじゃ、まず信用しない」
「そんな……」
「もっと言えばだけどな、お前、魔法はどれくらい使える?」
「どれくらいって……、火をつけたり、水を浮かせたりはできたことがあるわ」
「やっぱその程度か。アルヤルはそういう、素質があるだけのヤツじゃ弟子には取らない。魔法を使いこなす術を、ある程度学んだ――この先ももっと伸びるって確信のあるヤツしか」


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