第1章
言ったろ、結構忙しいんだよ。
愕然とするタミアに、ログズは淡々と吐き捨てた。突然垣間見た「魔法使いの弟子になる」という現実の壁の高さに、タミアは瞠目し、押し黙ってしまう。
故郷からアルヤルに手紙を出し、返ってきた手紙には確かに、「タフリールで素養を見せてもらった後」、弟子にすると書かれていた。素質ならあるから大丈夫と楽観視していたが、言われてみれば、確実に弟子にするから来いとは約束してもらっていない。
「なんつー顔してんだ。人の話は落ち着いて聞けよ」
「だ、だって……っ」
「無闇に慌てないことも、魔法使いの素質のひとつだぜ」
泣きそうだ。
柄にもなく目の奥が熱くなってきて、困惑で何も考えられなくなったタミアに、ログズは呆れたように首を振った。魔法の素質が現れたといったって、その扱い方なんて、誰にも教わったことがない。
「ここはひとつ、協力体制といかねェか?」
「協力体制……?」
「お前が俺の杖を探すのに協力してくれるなら、アルヤルの目に留まるように、お前に魔法の使い方を教えてやるよ。つーか、傍で見てりゃ分かってくるはずだ」
「あなたが、私に魔法を?」
「これでも一番弟子、才能はオスミツキだぜ? 悪い話じゃないだろ。それに……」
すいと、ログズが身を屈める。大切な話をするのだと、タミアは反射的に耳を寄せた。
ふ、と。馬鹿にしたような笑いが、耳朶をくすぐる。
「お前、一人で行くとか啖呵きるなら、情報収集は完璧にしろよ? イクテヤールへの橋は、通行税が一人一万ガルムだ」
「え……っ」
「それこそイカサマでもやって稼ぐか、俺から取ってみせるか――どっちか頑張んねェと、渡れないぜ」
月に雲がかかり、足元の影が青く闇に溶ける。
ばっと身を離して顔を上げたタミアに、ログズは挑発的な笑みを浮かべて、視線を受け流した。
「あなた、まさか最初からそのつもりで……!」
「さあなー? でも、お前にとっても魔法を学ぶ時間は必要だろ?」
「く……、卑怯だわ! アルヤル先生のところに着いたら、全部ばらしてやるから!」
「おーおー、やってみな。交渉成立だな?」
奥歯を噛みしめて、タミアは彼を睨みつけて返事をしなかった。ログズは尚も面白げに笑い、脇を通り抜けて、すたすたと宿へ入っていく。
今、蹴飛ばして手持ちの分を奪えば、橋を渡ることはできる。
賊のような考えが頭をよぎったが、タミアは寸でのところで、振り上げかけた足を下ろした。清く、強く生きていきなさいと見送られたのだ。故郷の父母に。こんなところで約束を破るわけにはいかない。
魔法を身につけよう。そして絶対、アルヤルの弟子になって、このアッパラパーな極楽鳥を抜いてやる。
タミアの中に、怒りに代わって、ログズへの闘志が燃え上がった。
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