4:商隊兵団


「そちらが、ニフタの?」
「そうだ。ルエルという」
 遠巻きな視線はそれなりに感じながらも、特に困るようなことはなく賑わいの中にいる自分を他人事のように見て、ぐるぐると考え込んでいたルエルの肩にジャクラの腕が回された。隠れていた背中から、ムラーザの前に押し出されてしまう。
 ムラーザは慣れた口調で名乗り、商人らしい、明るい笑みを口元に乗せた。婚約の祝いを卒なく述べることも、もちろん忘れない。ぎこちなく自己紹介を返したルエルの声に、周囲の店から、さすがに視線が集まってくる。
 ジャクラがぐいと、ルエルを自分のほうへ引き寄せた。
「周知のとおり、婚約は本当なんだが、まだ決定じゃない。今はここで暮らしてもらって、互いに良い関係を築けそうか見極めているところだ。……そういうわけだからな、あまり騒ぎ立てるなよ?」
 前半をまるでムラーザと語らうように言って、ジャクラは最後に、笑顔で周囲を見渡した。軽い調子で刺された釘に、いつのまにか辺りを囲んでいた人々はいたずらに微笑みながらも承知の礼をする。
 思わずほっと、ルエルは肩の力を抜いた。ムラーザが水煙草をどけて脚を組み、くつくつと笑みをもらす。
「可愛らしいご婚約者ですな。皆、ご到着のときにあまりお顔を見られなかったもので、気になってならんのでしょう。あの程度の注意では、噂の口は閉じきれぬやもしれませんぞ」
「その時はその時だ。元より、こうして変装もなしに出てきておいて、何も言われないとは思っていないが――」
 ふと、ジャクラの指先に力がこもった気がして、ルエルは顔を上げた。
「まあ、直々の頼みだ。少しの間、遠目に見守ってくれ」
「仰せのままに」
 ムラーザは片膝を立て、その場で座ったまま、腰に手を当てて一礼した。商人なのに、まるで忠誠を誓うような台詞だ。ぼんやりとそう思ってから、横目に自分の肩を見る。
 かけられた手はそのままだが、先の一瞬にこもった力はとっくに抜けていた。押さえていなくても、今さら後ろに隠れるような真似はしないのだが、あえて指摘するのもここでは憚られる。
 ムラーザはそんなルエルの前に立つと、近くに積んであった木箱の中を探って、あったあったと上機嫌に言った。
「王女殿に、これを受け取っていただきたく思います。本日、ここへ寄ってくださったお近づきの印として」
「これは……?」
「膝掛けですよ。薄いですから、寒いときは肩に羽織ってもお使いいただけるかと。腕利きの職人に織らせた、私の自慢の一枚です」
 はらりと腕に垂れかかるような、淡い青と緑を基調とした、絹の膝掛けだ。両端に並んだ房の糸の一本一本まで、つやがあって美しい。
「こんなに良いものを、本当に?」
 思わず聞き返すと、ムラーザは勿論と頷いた。慣れた手つきで木箱から品を出し、カードのように並べて、深い笑みを浮かべる。
「お一人でいらっしゃることは、あまりないかもしれませんが……白の間にいて、お困りのときは私にお声をかけてください」
 水煙草のかすかな香りが、ふわりと漂った。

「商隊兵団?」
 日もわずかに傾き、照り返す白い歩廊が赤みを帯びてきた帰り道。ルエルはジャクラを見上げて、耳慣れない言葉を聞き返した。白の間でムラーザの店を眺めてから、雑貨屋や食器屋などを回り、思いのほか長い時間を過ごしていたのだと気づく。
 あちこちの店から土産にと差し出された首飾りや耳飾りで、足元に伸びるルエルの影は所々がステンドグラスのように透けていた。装飾過多になりそうだから手に持って帰ろうと思ったのに、受け取る傍からジャクラにつけられてしまったのだ。
 ムラーザのショールも、日よけとして肩にかけている。こんなに色も形もばらばらのアクセサリーを一度につけたことはないので、なんだか体ごと、自分がジュエリーボックスの中に落ちてしまったような心地だ。
「そう呼ばれているな。そちらの国で言えば、王宮騎士団か親衛隊のようなものだと思えばいい。彼らは皆、商人であると同時に武人なんだ。ああして宮殿の入り口で日がな一日店を広げているが、見張りを兼ねているようなもので、有事の際には剣を取る」
「つまり、彼らは皇帝陛下に忠誠を?」
「ああ」
 ジャクラはあっさりと肯定した。
 白の間にいた商人たちが、商隊兵団であることは知っていたか。華やかな店と活気ある人々の風景を思い返して語り合う最中に、ジャクラが問いかけたのはそんな、ルエルには馴染みのない言葉だった。なるほど、確かに白の間の前には人々の通行を監視する兵士が立っていたが、白の間の中には、そういういかにもという格好の人物は見かけなかった。


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