11 母の来訪


 それから四年が経ち、ユーティアが三十四歳になった年の冬。六十になった母シャーリーが、コートドールを訪れた。
 今年はユーティアがサロワへ里帰りするのではなく、母がユーティアの家を訪ねてきてくれたのだ。彼女が首都にやってきたのは、実に十五年ぶり、ユーティアがサロワから引っ越した際に父と二人で見送りにきてくれたとき以来である。
 夏に電話で約束をしてからというもの、ユーティアはこの日を心待ちにしていた。毎年、冬に母と会える日を楽しみにしている。だが、母のほうが会いに来てくれるのは初めてのことだ。今年は見られなかった実家を懐かしく思う気持ちもあるが、それ以上に楽しみな気持ちと、胸の高鳴るような緊張感が膨らんでいる。この町で過ごした自分の十五年は、母の目にどう映るだろうか。
 ユーティアは駅前の広場に立って、大時計を何度も見上げながら母を待った。窓の掃除も済ませてきたし、客室のシーツも真っ白に洗濯してある。ソリエスは、今日は一日休みをもらっているが、去年の冬に見せた写真よりも品物が多くて華やかだ。リビングには昨日の晩、用意した焼き菓子が並んでいる。
 家というよりも、まるでテーマパークにでも招こうとしているようだとユーティアは思った。実の母なのだ。何もそんなに気負う必要はなく、いつも通り、自分が生活している家にそのまま招けばいい。
 頭ではそう分かっているのだが、十五年ぶりにソリエスを訪れる母に、少しでも喜んでもらいたい気持ちがあって準備に力を入れてしまった。食材はベレットがやってくるときよりも豊富にあるし、店内はたぶん、営業日よりも掃除が行き届いている。客室のドアにはこの日のために作ったリースを、さも以前から置いてあったかのような顔で飾ってしまったし、ベッドの脇には鉢植えのアイビーまで置いてしまった。
 浮かれているのだ、それくらいに。いい歳をして我ながら子供のようだ、と呆れてから、母の前では何歳になったところで子供にすぎなかったという当たり前のことを思い出した。
 正午を告げる鐘が、噴水の輝く広場に響く。汽車の到着予定時刻は、ちょうど十二時だと聞いている。
「ユーティア!」
 構内から人がざわざわと溢れてきて、行き違うコートやマフラーの色で景色が賑わいを増したとき。雑踏の向こうから、明るい声がユーティアを呼んだ。
「お母さん!」
 臙脂の手袋をはめた手を、人ごみから見えるように振りながら、一年ぶりに顔を合わせた母はユーティアを見て笑顔を浮かべた。歩き出そうとして、目の前を通った人にぶつかりそうになる。ユーティアはそんな母に駆け寄ると、自分のマフラーをほどいてその首に巻いた。
「久しぶりね。相変わらずここはすごい人だわ」
「遠くからありがとう、大変だったでしょう。汽車は大丈夫だった?」
「ええ、おかげさまで。ユーティア、あなた寒くないの」
「私は平気よ、今日、コートドールにしては暖かいほうだもの。使って」
 石畳に下ろされた母の重たい鞄を掴んで、肩にかける。母は礼を言って、マフラーを綺麗に一周させた。
「お昼ごはん、まだでしょう。良かったら、近くで食べていかない?」
 すっかり見慣れたコートドールの街並みの中に、母が立っている。相反する大切なものが一堂に会している風景に、ユーティアはそれだけで嬉しくなっている自分に気づきながら、ゆるんでしまう頬を押さえて母の手を引いた。

 母は一ヶ月間、コートドールに滞在することになった。ユーティアの家の客室に寝泊まりして、ソリエスを手伝ったり駅前へ出かけたり、気ままな生活を楽しむ。母は初め、一ヶ月もいるのだから何か仕事をしようかと提案したが、ユーティアがそれを義務づけたくないと断った。
 この家で母が引き受けてくれそうな仕事といったら、専ら家事だ。ユーティアは母が今でも、お世話になっているからと身を寄せた親戚の家の家事を手伝っていることを知っている。せっかく一ヶ月も自由になるのに、自分の許でまで決まった仕事をさせたくはなかった。
 気が向いたときだけ、手伝ってくれたら嬉しい。ユーティアのそんな要望もあって、母はキッチンに立つこともあればソリエスに出ていることもあり、どこかへ遊びにいっていることもある。


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