19 袋小路と二人の看守


 今の彼は、明け透けだ。ユーティアは言葉を不用意に挟むことはせず、鉄格子を挟んで、彼の唇が動くのをじっと待った。
「……毎朝、服を着替えて髪を几帳面に結ぶ。仕事の終わった俺たちに、挨拶をする。女の牢にどかどか上り込んでくる兵士に文句も言わず、調合室へ連れられていく。夜は出された食事をしっかり摂って、シャワーを浴びて机に向かって、きっちり時間に眠る。
 何だ? 何があんたを、そうも正しく生かしてくれる? 昨日は仕事を終えてから、まともに眠る気も起こらねえでそいつと酒場に行って、飲んで、追い出されるまで居座って飲んだ。その前の日も前の日も、もうずっとだ。戦争が始まってから、町はそんな人間で溢れかえってる」
「……ええ」
「いつ召集がかかるかは分からないにせよ、こうして普通に仕事があって、自由のある俺たちでさえそうだ。わけもなく苛立って、気が滅入って仕方ない。なのにあんたは崩れない。最初にここへきたときと同じ、しっかりした目のままだ。……どれほど酒を飲みすぎたと思っても、その目を見ると酔いが醒める。
 どうしてそんなに、穏やかでいられるんだ。グリモアってやつが、そうさせるのか? 人生に使命があるから、あんたは落ち着いていられるのか? 牢屋の中でもそうやって、冷静でいられるっていうのかよ!」
 ガシャンと、鉄格子が殴られて耳障りな音を立てる。ティムはユーティアと到底かけ離れた、どうでもいい場所を殴っただけだったが、このときばかりはその音に驚いてびくりと肩が跳ねた。
 瞬きを忘れたように見開かれていた目が、はっと揺らぐ。その奥に金色の光が灯った――レドモンドが、ユーティアの牢の入り口に火を入れたランタンを吊るしたのだ。金の髪が煌々と照らし出される中で、彼は息を切らして呆然としているティムの肩を軽く叩いて、階段のほうへ歩いていってしまった。
 それくらいにしておけ、とでもいうような緩やかな制止に、鉄格子に添えられていたティムの手が力を失って下へ落ちた。
「……今のは悪かった。八つ当たりだ」
「え……」
「忘れろ」
 ユーティアは驚いて、言葉を失った。まさか彼が、自分に謝るとは思っていなかった。
 忘れろと言ったことに返事がないのが不安なのか、ティムは苛々した様子でユーティアと目を合わせ続けている。短気な少年のような、眼光の鋭い青年。ユーティアはまじまじと彼を眺めて、そういえばこんなに正面で顔を合わせるのも初めてではないかと、そんなことに気がついた。
 ちらと、奥に座っているレドモンドを見る。彼は興味が薄れたのか、あとはせいぜい問題を大きくしなければいいといった風情で横を向いていた。あちらは飄々として、明るいのか道化なのか分からない。機嫌がよければ囚人にも笑いかける朗らかさの持ち主だが、ティムより傍観的で、酷薄だ。ランタンの光を浴びて自分を見下ろした目の、薄く張った氷のような印象を感じ取ったのは、これが初めてではない。
 でも、ティムは先ほど「そいつと」酒場に行ったと言った。飲み耽ったのは何も、ティム一人ではないだろう。利益なく誰かのために寄り添って時間を貸すような繊細さは、レドモンドからは感じられない。だとすれば彼にだって、同じように酒に耽りたい理由があったことになる。
(――戦争)
 ユーティアは胸の前で、両手を握り合わせた。ティムがどれほど怒鳴っても怖いと思えなかった理由が、ユーティアにはよく分かっている。それは彼が、彼自身が戦争という大きな脅威に怯える一人の子供に過ぎなかったからだ。
 子供は恐怖で我を失う。大人はそれを抑圧しているけれど、痛みや苦しみ、怖れや悲しみは限界を超えたとき、大人を子供にさせる。理性がなくなって、本能がありのままの不安をさらけ出す。それが、涙となって表れる人もいれば、叫びとなって表れる人もいる。
 なかなか言葉を発さないユーティアに痺れを切らしたように、ティムは帽子を深く被ると、ため息をついて後ろを向いた。
「おい、レドモンド」
「うん?」
「今夜は場所を代わってくれ。俺がここにいたんじゃ、出にくいだろうからな」
「はいよ」
 レドモンドがあっさりと了承して立ち上がる。ティムが牢から逃れるように、背中を向けた。


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