19 袋小路と二人の看守


「待って」
 ユーティアは思わず、それを呼び止めていた。ティムだけでなく、レドモンドまでが驚いたように顔を上げる。
 着替えの寝間着とバスタオルを抱えたまま、ユーティアはほとんど無意識に引き留めてしまった二人へ、何でもいいから何か、自分が今思っていることを伝えたい一心で口を開いた。
「あなたたちは、私を不気味な魔女だと思っているかもしれない。何を考えているのか、何をしでかすか分からないと思っているのかもしれない」
「……」
「でも、私はただの囚人よ。このお城に、知り合いなんていない。あなたたちくらいしか、こんなふうに話をする人だっていない。どこへも、漏れていくことなんてないわ。あなたたちが例え毎晩トランプをして遊んでいようと、お城の人たちの悪口を言おうと、私にはそれを喋る相手はいないのよ。――戦争のことだって、そう」
 夜ごと、どうでもいい話をして遊んでいる怠慢な彼らを、本当は戦争にも何にも興味がないのかと思っていた。外の世界のことは他人事で、面倒な仕事の時間が過ぎるのをただいつも待っていて、それが終われば刹那的に遊んで、大砲の音などどうでもよく昼の光の中で眠るのだと思っていた。
 それが間違いだったと分かった今、彼らの苦しみを少しでも吐き出す場所になれないだろうかと、手を差し伸べたいと思っている自分がいる。ティムは自分たちに挨拶をするユーティアをおかしなもののように言ったが、ユーティアは彼らが、声をかければ顔を上げるから挨拶をしていたのだ。孤独でたまらない牢の中で、無反応でない彼らがユーティアには救いだった。
 この人たちのことが、自分とは異なる生き方をしてきた人間だと分かっていながら、とっくに嫌いではない自分がいる。
 鉄格子を押し上げて一歩、外へ出ると、ユーティアは二人を見つめて微笑みを浮かべた。
「私は、この独房と同じ。突き当りみたいなものよ。何を聞かされたって、誰に教えることもない。……教えるつもりも、ないわ」
 もしもこれが彼らの巧妙な罠で、王がユーティアの服従を試すために仕かけたものだったとしたら、牢獄にいる理由が一つ増えるだろう。看守をそそのかし、囚人でありながら彼らと近づこうとしている。そう取られてもおかしくはない。
 けれどそんなことは、微塵も躊躇う理由にはならなかった。戦争は不安だ。人間がその不安を傍にいる人間と分かち合って、何が悪いだろう。自分が彼らを密かに救いとしていたように、彼らの役に立てるのなら、些細な秘密はいくらだって抱え込みたい。
 ティムとレドモンドは呆気に取られたような顔をしていたが、やがて二人で目を合わせた。それから耐えきれなくなったように、何言ってんだあんた、と笑った。
 高圧的な笑みや形だけの笑顔ではない、吹きだすようなその笑い方は、彼らの年相応の青年らしい一瞬に思えた。彼らが決して「分かった」と言わないから、ユーティアも念を押すような真似はしない。言葉は、すでに十分その役割を果たしたのだ。あとはただ、笑ったということだけが、彼らからユーティアへの一つの返事だった。

 ユーティアはその日から、時々二人のトランプに加わるようになった。賭けられるものは何もないので、負けると故郷や、店をやっていたころの話をする。退屈なものでしかなさそうなその話を、二人はいつも決まって賭けるように言った。
 彼らはユーティアがいようがいまいが、変わらず色々な話をする。知人のこと、酒場のこと、兵士のこと、戦争のこと。ユーティアは二人の間を漂う空気のように、じっと耳を傾けて、時に相槌を打ちながらカードを切った。


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