12 隣国の魔女


 黙り込んだまま、力なく頷いたサラに罪悪感が募る。天秤にかけておいて言えることではないが、同じ魔女として、ユーティアは彼女を救うだけの力がないことが申し訳なくてたまらなかった。助けたい思いはあるが、自分では仕事を見つけてやることはできない。
 そして、どれほど助けたいと思っていても、所詮は自分も一人の人間。情の繋がった誰かを守るために、目の前の誰かの手を離す。例え同胞でも、何年も、飽きるほど傍で過ごしている人と、出会ったばかりの人を平等に想うことはできないのだ。
「サラさん、これを」
「え?」
「持っていってください、ほんの少しですけれど。市場に持っていけば、他の品物と交換してくれるお店もあります。何か、お役に立てていただければ」
 ユーティアはせめて、かごを掴んできて、店にあったドライハーブや薬を詰め込んだ。黄金色に焼き上がったパンと、テーブルにあった苺ジャムも入れる。
 サラは戸惑った顔をしていたが、断らなかった。食べるものや資金にできるものに困っていたのだろう。ユーティアは最後に、雨よけとして新品のハンカチをかけて渡した。商人は、指の汚れた客からは品物を高く買わない。
 かごを受け取ったサラが何度も礼を言うのを、遮るようにして、お気をつけてと言葉をかけた。サラはそれを、ユーティアが早く自分を追い返そうとしていると感じたらしい。名残惜しむように振り返りながら、早足でソリエスを出た。ユーティアには、それ以上かける言葉を見つけることができなかった。

 その日の夕方、ユーティアは肩にショールを羽織って、商店街を通り抜け、駅からほど近い場所に建つアパートを訪ねていった。幅の狭い、石造りの階段の上から黒猫が下りてくる。ユーティアに気づくと金の目を瞬かせて、ニャアと一声鳴いて擦れ違った。
 この階のどこかで飼われている猫だろうか。最上階にあたる三階の、緑のドアが一列に並ぶ廊下をまっすぐに見て振り返ると、黒猫はもう見えなかった。覗き込むと、慣れた足取りでエントランスへ下りていく背中が見える。ユーティアなどよりよほどこの階段の歩き方を知り尽くしたようなその後ろ姿は、やはりこの中のどこかの部屋の飼い猫であろう。
 ただし、302号室以外の――思いながら、その302号室のドアをコンコンと叩く。この部屋の主が、猫を飼っている話を聞いたことはない。少しあってから「はい」と返事が聞こえて、ドアの向こうに足音が近づいてきた。ノブが回り、見知った顔が覗く。
「あら、いらっしゃい」
「こんばんは。今、ちょっといい?」
「いいわよ、上がって」
 仕事から帰って寛いでいるところだったのか、ベレットは長い髪を一本に縛って、ラフな黄色のワンピースに身を包んでいた。どことなく、雰囲気が先ほどの猫と似ている。くすりと笑ったユーティアに気づかず、黒髪を尻尾のように揺らして奥へ入ったベレットは、紅茶とクッキーを出してきて座るよう促した。
 生活用品の少ない、脚の細い家具で統一された室内の所々に、吊り下げられて乾燥を待つ植物が並んでいる。ベレットの家に来たのは久しぶりだ。彼女がユーティアの家に来ることのほうが多くて、ユーティアが約束もなしにここを訪れることは珍しい。
 自分で作るものとはまた違う、ナッツやドライフルーツの味がふんだんに使われたクッキーを一枚、すすめられて手に取った。
「何かあったの?」
「うん。あのね――」
 単刀直入に聞いたベレットに、ユーティアはできるだけ淡々と今日あったことを話し始めた。
 セリンデンの魔女が店にやってきたこと。仕事を探していたことや、アルシエの人々の彼女に対する警戒が以前より強くなっていると感じたこと。ベレットを紹介しなかったことについては、簡単にしか触れなかった。サラはこのままアルシエで暮らしたいと言っていたこと、何よりセリンデンにはもう、魔女が帰れる場所がないことなどを話した。
 相槌を打ちながらユーティアの話を聞いていたベレットは、温くなった紅茶を啜って、そうねえと言葉を選ぶように目を伏せた。


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