12 隣国の魔女


 だが、ユーティアはそのことに疑問を抱かずにはいられなかった。
「なんでもいい、というのなら、普通にどこかのお店に勤めることはできないんですか? アルシエでは確かに私たちのような薬草魔女も残っていますけれど、大半の魔女は他の人々と同じように、自由な仕事に就いていますよ」
 魔女であるという自らの形に拘らなくていいならば、わざわざソリエスを訪ねてこなくても、仕事などいくらでも見つかりそうなものである。客観的に見て、誰かを雇うほどの余裕がある店には見えないだろうにと、ユーティアは店内を見回して思った。
 この店に、誰かの手を借りなくてはならないほどの仕事はない。商店街のカフェや駅前の雑貨屋のほうが、見るからに忙しそうで、猫の手も借りたいといった具合に見える。
 けれどサラは悲しげに、首を横に振った。
「仕事をさせてほしいと言ったら、奥に通してはいただけたのですが。セリンデンの魔女だということがばれてしまって、断られました」
「え……?」
「アルシエの地理に疎かったり、言葉に少し違いがあったり、その辺りを隠しきれなくてすぐに出身を訊かれてしまったんです。ごまかすのも怖かったので、正直に言いました。でも、どうやらあまり公にしないほうが良いことだったようで……聞かなかったことにしてやるから、諦めてくれと言われてしまいました」
「……」
「似たようなことが、何軒かの店であって。アルシエの方々は皆、申し訳なさそうにしてくださいますけれど、聞かなかったことにしてくださるということは、身元がばれたら捕まってしまうのだろうかと思うと恐ろしいです。そうなったら、国に帰されてしまうかもしれない。アルシエに逃げて捕まった、前科のできた魔女なんて、今のセリンデンでは恰好の研究材料です」
 だから私はもう、この国で、アルシエの魔女として生まれを隠してひっそりと暮らしたい。サラの切実な声音に、ユーティアは胸が締めつけられる心地がした。発展した科学の矛先を、セリンデンは魔女に向けたのだ。ただ人と違うというだけの理由で、ひそやかに生きていた彼女たちを捕らえ、大切なものを取り上げ、調べ尽くそうという。
 悪いことなど、何もしていないのに。終わったはずの迫害の歴史が、研究と名を変えて、もう一度開かれようとしている。
 胸の奥が怒りと悲しみで、荒波を立てているようだった。脳裏をベレットが掠めていく。彼女ならば何か、サラの働き口を紹介できるかもしれない。残念ながらユーティアには、本当にあてがなかった。
 植物はほとんど裏庭で育ててしまっているから商人との交流は薄いし、先にも言ったように、ソリエスに人を雇うほどのゆとりはない。実家もすでに無花果園を手放しているから紹介することはできないし、ユーティアの狭く深い交友関係の中では、間違いなくベレットを紹介してやるのが最善である。
 そう、サラにとっては、それが一番いい。
 ユーティアはエプロンの裾を握って、開こうとした口を一、二度閉じた。それからぎゅっと唇を噛みしめて、か細い声で一言、いった。
「ごめんなさい……」
 サラがのろのろと顔を上げる。その表情が次第に愕然としたものに変わっていくのを、居た堪れない気持ちで見つめて、ユーティアは自分を律するように抑揚のない声で続けた。
「どうにか力になりたいけれど、私にはそういう伝手はなくて。このお店も、見ての通り小さな店ですから。すみません」
 嘘です、という言葉が喉から飛び出してきそうになるのを、抑えているのに必死だった。脳裏にずっと、ベレットの顔がちらついている。でも、ユーティアはサラに、彼女のことを教えることはできなかった。
 押し黙ってしまったサラと目を合わせているのが辛くて、その目に頭の中まで見透かされてしまいそうで怖くて下を向く。目の前の人が藁にも縋る思いで伸ばした手を、自分が振りほどこうとしているのだと思うと、両手両足の先から体温が逃げ出していって、ひどく冷たい人間になっていく気がした。けれど、返事を覆すことはできない。
 それはひとえに、ユーティアにとって、ベレットがとても大切な存在になっていたからであった。アルシエは以前、セリンデンからやってきた魔女をもっと寛容に受け入れていたはずだ。それがどうやら、サラの話を聞く限りでは、状況が変わってきつつあるように思える。
 今までよりも格段に、受け入れが厳しくなっているようだ。セリンデンの魔女の立場は、今のアルシエでは非常に危ういもののようである。迫害こそされていないが、人々からやんわりと拒絶されている。紙一重だ。そんな彼女を軽率に任せて、どこかに紹介でもしてもらおうものなら、場合によってはベレットの立場も危うくなりかねない。
 ベレットを危険にさらすのは、想像しただけで胸が抉られるようで、耐えられなかった。
「助けられなくて、すみません。私もあなたから聞いたことを口外しないし、あなたがセリンデンの魔女だったことは忘れます。それと……」
「……」
「コートドールは人目が多すぎて、出身を隠して生活するには向かないと思います。かといって、田舎の小さな町や村はとても閉鎖的で、全員が家族のような場所も多いです。知らない人には敏感ですから、外れに向かうのはおすすめできません。……あてが何もないのでしたら、ロメイユという町を目指してみてはいかがですか。コートドールほど大きくはないですが、開かれていて、適度に賑わいのある町ですから」


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