5 青年サボ


「これもこれも、植物で作られているんだ? どうやって作るの」
「裏庭で採れたハーブや、市場で買ってきた薬草の根なんかを使って、乾燥させたり煮出したり……」
「裏庭?」
 細かな工程を説明するとややこしく思わせてしまいそうだ。ユーティアがどの程度、薬のことを話すべきか迷ったとき、サボが思いがけない言葉に反応して顔を上げた。裏庭があるの、と訊かれて、ええと頷く。
「ハーブだけじゃなくて、クリームに使える花やお酒にできる果物、野菜なんかも少し育てているわ。そこの棚にあるジャムやお酒も、ほとんどは裏庭で採れたものを使っているの」
「本当かい? かなり種類があるようだけど」
「どれもそんなにたくさんは育てていないけれど、少しずつ植えて……見る?」
「え?」
「えっと、裏庭を。興味があるみたいだから、良ければと思って」
 コンポートの一角を真剣に眺めているサボに、ユーティアは思わずそう口にしていた。店にきた客を、裏庭に案内しようとしたことなど初めてだ。そもそも、こんなに長々と打ち解けて話をした客など、一部の常連の人々を除いてこれまでにいない。
 サボの純粋な好奇心が、昔よりは口数も多くなったとはいえ、人付き合いの得意でないユーティアにいつもより一歩踏み出した発言をさせた。大切に集めた材料で一つ一つ作った品物に、これほど興味を持ってもらえるというのは嬉しい。
「ぜひ見てみたい」
 サボは迷わず頷いて、ユーティアについてリビングのドアをくぐった。裏庭へは外から行くより、家の中を突っ切ったほうがずっと早い。無理に家とアパートの間の細い通路を通り抜けさせるより、快適で服も汚さない。
 元より店と密接に繋がっているリビングを隠すつもりもなく、ユーティアはいつも自分が出入りしている、裏庭へ続くドアを開けた。
「わあ……!」
 空気が途端に、瑞々しい香りに色づく。緑の匂い。でも、一色の緑ではない。
 太陽を浴びて乾いた土の上に広がる草の香りと、ラベンダーの香り、甘い果樹の匂い。マリーゴールドのオレンジが花壇の中心で眩しく輝き、熟れた無花果の香りと混じって、風の流れと共に広がっていく。傍ではバラもその風に揺れていた。
 色とりどりの緑の匂いだ。ぽたぽたと水をこぼしている蛇口に気づいて締め直すユーティアの横で、驚きに足を止めていたサボが、地面の感触を踏みしめるように足を出す。
 ユーティアはしばらく、彼が自由に庭を散策するのを眺めていた。重なり合う葉の陰にまだ青く小さい林檎の実を見つけ、フェンネルの花を覗き込み、ラベンダーの香りをおそるおそる吸い込んで、檸檬の葉を指で触る。柔らかな癖のある赤茶色の髪に、木々の枝葉が触れるのも構わず、彼は植物の陰を出たり入ったりしながら楽しげに歩き回った。
 まるで蜜蜂のようだ。
 ふとそんなことを思っておかしくなってしまい、サボのほうへと歩み寄る。折れて落ちていたオリーブの枝を一本、拾い上げて観察している彼に、ユーティアは横顔を見上げて問いかけた。
「植物が好きなの?」
「わりと。でも、今は好きというより、珍しくて」
「珍しい?」
「コートドールで王立植物園以外に、こんなに緑の集まっているところを見たのは初めてだよ。僕、お城の近くで郵便配達員をしているんだけれどさ。中心部は石畳ばかりで、毎日歩き続けていると、時々無性に他の色が恋しくなるんだ。何日も雲一つない晴れが続くと、ふと見つけた雲が真っ白で、妙に気持ちよかったりしない? そういう感じ」
 ユーティアは言われてみれば、と納得した。
 確かにコートドールは、石畳の街並みが美しいが緑は少ない。特に駅の周辺から城へかけての道のりは、賑わいがあるだけに店が多く、どこも整備がされていて草の生えた地面など見当たらない。街路樹も葉を落とすからかあまり植えられておらず、代わりに鉄の街灯が立ち並んでいる。ユーティアもたまに出ていくと、足の裏に触れる硬い石の感触を長々と踏みすぎて、土踏まずが痛くなって帰ってくることがあった。
「お城の庭は広いけれど、いつ見ても門の向こう側だし、芝生ばかりでこういう庭とはまた雰囲気が違うし。ああ、なんだか久しぶりに、本当においしい空気を吸った気分だ」
 大げさね、と照れ隠しではにかんだユーティアに、大げさなもんか、と生真面目に返事をしてサボは伸びをする。太陽にまっすぐ向かった手は影絵のように黒くかげり、青空がそこだけ綺麗に切り取られた。


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