5 青年サボ


「気に入ったなら、また遊びにきて」
「いいのかい?」
「定休日以外なら、いつでも開けるわ。今は日差しが強いけれど、秋になったら毎年、テーブルと椅子を出すの。本を読んだり、ジャムに貼るラベルを作ったり……私もよく、天気のいいときはここで仕事をするのよ」
 サボは楽しそうに、へえ、と目を輝かせた。
「それはぜひ、僕も座ってみたいな。公園みたいで、隠れ家みたいで、気持ちがよさそうだ」
「ええ」
「それに、秋っていうのもちょうどいい」
「ちょうどいい?」
 ユーティアが聞き返すと、彼はうん、と頷く。
「実は僕、秋からこの辺りに引っ越す予定なんだ。さっき、お城の近くで働いているって言ったろう? 傍にアパートを借りているんだけれど、持ち主が変わってしまって、取り壊されることになってね。今日は、引っ越し先に決めたアパートを見に来たところだったんだ」
 サボはそう言って、開け放したドアから店内のほうへ視線を向けた。ええとね、と言いながら歩いていって、ソリエスのドアから川の向こう側を見て、青々と茂るプラタナスの先に指をさす。
「ちょうど、木の陰で見えないけど。橋の近くに、いつも鉄を打ってる工房があるだろう? あそこの何軒か隣の、アパートなんだ」
「煉瓦で、青い雨どいのあるところ?」
「そう、それだよ。屋根に風見鶏がいる」
「黒い鉄のね? 二階の部屋から、よく見える風見鶏だわ。ずいぶん近所になるわね」
「本当だね」
 毎朝、屋根裏部屋の窓を開けて髪を結うとき、東の空に出た太陽を背負って立つ風見鶏が目に入る。煉瓦造りの四角いアパートで、ユーティアも何度となく前を通ったことがあった。
「近くにこんな店があることが知れて、よかったよ。よろしく」
「ええ、こちらこそ」
 サボは上機嫌に握手を求めた。ユーティアもそれに応じて、右手を差し出す。手には人柄が滲むのだろうか。そう思えるような、人懐っこく温かい握手だった。
 バジルのパンと西瓜のシロップ、無花果のコンポートを買い、ソリエスを後にしたサボを見送る。入れ替わりにこのところ顔を見ていなかったリコットが、川沿いの道をゆっくりと歩いてきているのが見えた。
 ユーティアはドアの傍で、リコットがやってくるのを待った。やがて彼女がそれに気づき、顔を上げて、こんにちはと唇を動かした。


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