20 君の名を


「元々の知り合いなのか? あんたの」
「ええ、昔からの知人で」
「名前は。なんて名前の配達員だ」
「サボよ。……どうかしたの、いきなり気にして」
「いや、何でもねえ。何となく訊いただけだ」
「そう?」
 ユーティアはいつも身の回りの出来事に無頓着な二人が、急にサボの話に乗り出してきたように思えたものの、ティムが断固として「何でもない」と首を振るのでそれ以上は訊かなかった。彼らは自分から話してくれることはあっても、ユーティアが追うと途端に慎重になる。線引きは全く失われているわけではないのだ。こういうときは追及しても、レドモンドにははぐらかされ、ティムには聞こえないふりをされるだけである。
 サボはその晩、とうとう九時まで待ってもやって来なかった。ユーティアは諦めて風呂に入り、三十分ほど二人とトランプをして待ってみたが、やがて疲れが襲ってきて早々に眠ってしまった。

 待ち人は翌日、思わぬ形で現れることになった。いつものように目覚めたユーティアは身支度をして、念のため二人に、自分が眠っている間に訪ねてきた人がなかったか訊いてみたが、彼らは首を振るだけだった。それもそうか、と手紙を引き出しにしまって、気持ちを切り替えて仕事に向かう。
 ユーティアが丸一日働いて、牢に戻って食事と風呂をちょうど済ませたとき。時計が八時を指して、石の塔の扉からティムとレドモンドが姿を現した。
 真ん中に、俯いた赤毛の人をつれて。
「サボ……!」
 こんばんはと言おうとしていた唇から、彼の名前が漏れる。まさか二人とサボが一緒にやってくるとは思わなくて、ユーティアは急いで鉄格子へ走り寄った。扉が閉まった暗がりの中を、どこか微笑むような声色で「ユーティア」と言って、サボはゆっくりと歩いてくる。
 その姿が正面に迫ったとき、ユーティアは彼の着ている服を見て、はっと息を呑んだ。
「ユーティア」
 目尻を歪めて、サボが微笑もうとする。レドモンドが無言でランタンをかけ、明かりが彼の全身を鮮やかに照らし出した。カーキの、丈の短いジャケット。膝の汚れた茶色いズボン。
 サボは調合室の行き帰りによく見かける、城に集められた訓練兵たちと同じ格好をしていた。
「召集が、かかったのね……?」
 声が震えようとも、信じたくないと胸が冷たく凍ろうとも、その姿はまさしく訓練兵であり、すべてを察しないわけにはいかなかった。強張った声で訊ねれば、彼もブリキの人形のように力なく頷き返す。錆びついた微笑みが、ひどく無理をして作られたものだと分かって、ユーティアは彼にかける二言目を見つけることができない。
「サボのことを、探してきてくれたの?」
 逃れるように視線を、後ろで佇んでいる二人に向けた。レドモンドは肯定も否定もしない。ただ唇に笑みを刷くだけだ。ティムが顔を上げて、まあな、と頷いた。
「配達員や鉄道員といった、公共の仕事に従事する人間は、これまで召集の対象から外されていた。それが撤回されたのが、昨日の朝だ。タイミングからして、もしやと思ってな」
「そうだったの……」
「訓練兵の集まってるのを覗いたら、それらしい奴がいたから連れてきた。最初は自分じゃねえって言ってたんだが、あんたの名前を出したら表情が変わったんでな」
 ユーティアが見上げると、サボは心苦しそうに目を逸らした。急な召集に、彼自身まだ現実を捉えきれていないように、手足が落ち着きなく動いている。彼の姿に馴染んでいた郵便配達員の制服ではなく、支給品の、使い回しのくたびれた制服なのが、その姿を一層よりどころのなさげなものに変えてしまっていた。
「ごめんね、君にどんな顔をして会ったらいいか、分からなかったんだ。そこの彼らに声をかけられたときも、頭が上手く回らなくて、とっさに僕ではないと言ってしまった」
「サボ……」
 帽子を押さえるような仕草をするが、彼の頭に、長年被っていた帽子はない。ユーティアは居た堪れなくなって鉄格子を上げると、廊下に出て、サボの首に両腕を回して抱きついた。硝煙と土埃の匂いがする。太陽と草木と紙の匂いに包まれていた、かつての彼の体とは遠くかけ離れた薄暗い匂い。


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