Z.冥夜祭


 宴が始まって一時間ほど過ぎたころ、私は最初にいたテーブルを離れて、グラスを片手に別のテーブルの料理を堪能していた。どのテーブルにもメインとして出されている料理は同じだが、それ以外のメニューは全く別のものが並んでいることに気づいて、興味を引かれずにはいられなかったのだ。
 特に気になって仕方のないのが、デザートだった。初めのテーブルにあったフルーツゼリーの他に、隣はショートケーキ、反対隣はチョコレートケーキ。その時点でかなり感動していたのに、ブリュレや焼き林檎、大ぶりのカットフルーツまで見つけてしまい、私のお腹は瞬時に脳と交信をとり、食事が三割、デザートが七割という文句なしの決定を下した。
 ちなみにもちろん、ここまでに見つけたものはすべて食べてきている。今は最後のテーブルで出会ったチョコレートファウンテンで、果物とマシュマロをたっぷりと包んで、人生初のチョコレートファウンテンを満喫したところだ。一度やってみたいと前から思っていたことが、まさかここにきて叶うとは。魔界、なかなかいいところかもしれない。
(……それにしても)
 ほどよくお腹もいっぱいになり、ストロベリーサイダーを片手にテーブルを見渡してみる。改めて思うのは、この舞踏会がとても自由だ、ということだ。
 会場にいるのは全員、普段はこの城で働いている騎士や兵士、メイドたちで、先ほどのテティさんのようにパーティーらしい服装をしている人もいれば、比較的ラフな格好で楽しんでいる人もいる。男性にも正装の人から、リボンタイのシャツに細身のパンツを合わせたようなカジュアルな格好の人まで幅広くいる。
 そして驚くことに、男女問わず仕事着で参加している人も少なくない。華やかなドレスやフォーマルなシャツに交じって、鎧姿の兵士が談笑していたり、メイド服のメイドがワインを手にしていたりする。一見、不思議に見える光景だが、彼らの大半はつい先ほどまで仕事をしていた人々のようだ。会場の警備を確認して回っていた兵士や、料理担当のメイド。直前まで仕事をしていた足で、今は客として、会場に溶け込んでいる。
 かくいう私も、メイド服の一人だった。顔見知りはずいぶん多くなったが、面識のない人もまだまだ多くいる。舞踏会に紛れて人間が入り込んでいると、せっかくの宴に余計な混乱を招くことは避けたかった。
 それに、どのみち服なんて、この世界に堕ちてきたときに着ていた洋服一式か、このメイド服しか持っていない。私服はお気に入りの服ではあったけれど、動物園にいくつもりで選んだ格好だ。どちらがお城のパーティー会場に合うかと考えれば、私のスカートが膝上十五センチを優に上回るミニ丈だという時点で、メイド服のほうがずっと、圧倒的に勝っている。
 選ぶ余地はないな、と思って選んだメイド服だったが、思いがけず自分以外にも着ている人がいてくれて、だいぶ気が楽になった。格好は自由だ、とは聞いていたものの、仕事着はさすがに浮くだろうかと少し気にしていたのだ。
 もっとも、そんなことを言ったら、人間という時点である程度は異色なのだろうけれど。最近、あまり自分が別物だということを意識しなくなってしまって、時々いまのようにああと思い出すことがある。
「マキ」
 シャンデリアを見上げてストロベリーサイダーを飲み干したとき、聞きなれた声が後ろから私を呼んだ。マイクを通さないほうが、やっぱり馴染みがあって落ち着くな、と思う。
 声というのはどうして、マイクに触れると歪に膨張した感じがするのだろう。暗闇の中で聞いたとき、仕方ないとは思いつつも、いつものほうがいいのにと思った。
「ルク」
 振り返ると、やあと軽く微笑む。一時間前、ステージで短いながらにそれらしい挨拶をした彼は、会場を一回りしてきたのか、その手に私たちと同じグラスを持っていた。白ワインか何か、アルコールが入っているように見えるが、中身はそれほど減っていない。
 乾杯、と軽く縁を合わせれば、ほとんど空になった私のグラスの底に、薄く色づいた光が反射して揺れた。
「楽しんでいるか?」
「新米メイドなのに、こんなに楽しんじゃっていいのかなっていうくらい」
「いいんだ、今日はそういう日なんだから」
 短い会話を交わして、彼はグラスに一口だけ口をつける。ああなるほど、と思った。内輪の宴といっても、招待客がいないからこそ、ここでは彼が最も多くの人から挨拶を受けるだろう。全員と話すたびに飲み干していたら、あっという間に酔いが回ってしまう。
「ルクはどうなの?」
「え?」
「私たちも準備で忙しかったけど、ルクだって多分、この一週間は慌ただしかったでしょ。みんなと話すのもいいけど、疲れずに楽しめてるかなって、ちょっと気になって」
 かといって、ルクがまったくの飲まず食わずで歩いていては、近くの人たちが楽しみづらい。挨拶さえ終えてしまえば、あとは自由、というわけにもいかないのか。
 代わりのきかない、上に立つ人というのはこういうときに大変なのだなと思って遠慮がちに問いかければ、彼は少し驚いた顔をしたように見えた。だが、すぐに笑顔を取り戻して「ああ」と頷く。
「会場の様子が気にかかるのは、主催者として仕方ないことだ。気心の知れた者ばかりな分、食事会や舞踏会としては一番楽しいさ」
「それなら良かった」
「これだけの人数が一堂に会す機会も他にないから、料理の種類に関しては、実は冥夜祭が一番豊富だしな。君も何か食べたか?」
「うん、私はね――」
 あちらでもこちらでも、歓談する声を背中に、私は少しの間ルクと話した。優先的に食べたものはデザートに偏っているが、テーブルには他にも色々と印象に残ったメニューがあったのだ。あれが美味しかった、これが初めて食べた、と思いつくままに話すのを、所々相槌を打ちながらルクは聞いていた。


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