Z.冥夜祭


 中には地上にない果物を使ったスープなどもあって、どうりで知らない味だと感じたはずである。魔界は地上より、果物をデザートとしてでなく、野菜のように料理に入れて使うことが多いようだった。言われてみれば、普段から食堂で出されているメニューにも果物がよく入っている。城の食堂が特別なのではなく、ここでは地上より野菜が育ちにくく、代わりに果物が作りやすいから。そういう、土地の事情らしい。
「知らなかったなあ。……あ、ごめん、あんまり話し込んじゃだめだよね。つい」
「ん? ああ、別に平気だ。回っていなかったのは、このテーブルで最後だから」
「ああ、そうだったんだ。良かった、それならいいんだけど」
 今まであまり聞くこともなかった話がいくつか出てきて、つい次から次に話を振ってしまった。引き留めてしまったかな、と思って周囲を見回してみたが、特にこちらの話が終わるのを待っている様子の人はいない。一人を除いて。
「あの、ところでなんだけど」
 私はちらと、その人――ルクの後ろに控えている、短い黒髪に鋭い銀の眸をした男の人――を見上げた。ルクに声をかけられたときからすでに彼と一緒にいて、ルクが私のところで足を止めてからというもの、何をするというわけでもなく会場内を眺めたり、たまにこちらを見たりして無言で待っている。シャンデリアを見上げているその人の横顔をそれとなく確かめてから、私は躊躇いがちに、そっと訊ねた。
「後ろの人は、誰?」
「……え?」
 ルクが一瞬、きょとんとした顔になる。彼の後ろに立っていた黒髪の人が、気づいたように私を見た。
 ――あれ?
 視線が、ぴたりと重なった。その角度に、何だか覚えがある。日頃、自分の視界にない高さを見上げているこの感覚。ちょうど頭一つ、いや、二つほど高い。
 その黒髪の人は一度、振り返ったルクと目を見合わせた。そして、ふと納得したように、そういえばと頷いた。
「鎧兜を脱いでお会いするのは、初めてでしたね」
「え?」
「分からないか? マキ。ゼンだよ」
 こんにちは、と、声を確かめさせるように、ゆっくりと話される。頭の中でようやく目の前の男性と、いつもの鎧姿のゼンさんが繋がって、私は思わずええっと声を上げた。ルクが面白いものでも見たように、くすくすと笑う。
 見た目に、ざっと三十から三十五歳というところだろうか。黒に近いが、若干薄めたグレーのロングコートが、元からの長身をさらにすらりと見せている。きっちりと締められたネクタイや切れ長の目は、いかにも研ぎ澄まされて、厳しい印象を与えるものだ。それなのに纏う空気は不思議と、堅苦しいのではなく、余裕がある。
 何というか、これは。
(……想像を遥かに上回る、かっこよさだわ)
 あの絵に描いたような鎧の下が、まさかそれ以上に、絵に描いたような人だとは思わなかった。もっといかつい、荒々しい人だろうと無意識に作っていた想像が、思いがけない方向に崩れたことに動揺してしまう。目の前のゼンさんは、「紳士」という言葉が冗談のように似合う。けれどただそう呼ぶには、広い肩や凛とした眼光がどことなく力強い。
 一見スマートな「紳士」の中に、「騎士団長」という本当の一面が、時折鏡を裏返すかのように見え隠れしている。出で立ちだけ見れば、武器を手にして戦うようにはとても見えないのに、放つ雰囲気の中に混じる、立場や力といったものに自覚のある人の堂々とした気配。
 鎧姿のときには何とも感じなかったそれが、眩しいオーラとなって襲いかかってきて、私は戸惑いで頭を抱えたくなるのをぐっと堪えた。
「マキさん? どうかしましたか」
 あ、堪えられてなかった。
 いえ、とそれとなく目を細めながら、顔を上げる。
「気づかなくてすみません。……あの、今日は鎧じゃないんですね」
「ええ、今日は我々にとっても、特別な日ですから。まあ、そうは申し上げても、騎士団の者は軽装だというだけで。武器は一応、携帯しているのですけれどね」
「え?」
「警備兵も、今日は全員休みですので。事前の警備は万全ですが、念のため」
 ゼンさんは私に見えるように、コートの裾を片方開いた。左の脚にまっすぐ沿わせて、ベルトで剣が固定されている。コートの長さに隠されて、まったく気づかなかった。こういうときは槍じゃないんだ、と思いながら、実は他にも同じように剣を提げている人がいるのかと会場を見回す。
 警戒をむき出しにして立っている人など一人もおらず、警備などまるでないように見えるのに。裾の長いコートの男の人は意外に多くいて、全員が騎士団というわけでもなさそうだが、私にはその中の何人が剣を潜めているのか、見当もつかなかった。
 多分、ポーカーフェイスというやつだ。それ以上にすごいと思えるのが、片足に剣を提げて、歩きにくそうにしている人がひとりもいないというところである。
「重くないんですか?」
「日頃の鎧に比べれば、これくらいは。さすがに、踊るときは外しますが」
「……踊る?」
 頭の中にふと、疑問符が浮かぶ。ゼンさんは瞬きをした私を見て、ゆったりとした仕草で頷いた。


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