Y.真価


 野心や下克上、血生臭いこととは、彼はあまりに遠い場所に身を置いているように思えた。それは私がまだここにきたばかりで、表面上の印象しか知らないからだったのだろうか。王様らしくない人だったのではなく、単にそう見える部分しか見てこなかっただけ?
 困惑する私に気がついたのか、テティさんは付け加えるように言った。
「あの頃は魔界も、時代が時代でしたから」
「時代?」
「ええ。ルク様の前に王だった者というのが、その……気性の荒い、激しい王でして。年々酷くなる悪政に皆、辟易していたのです。ルク様のことは当然、誰も知らなかったのですが、魔界の外れに当時の王と同じか、それを凌げる魔力を持った者がいると聞いて……騎士団が、ルク様に望みを賭けてクーデターを起こしました」
「ええ?」
「結果は今、玉座に就いておられる方を見れば分かる通りです。おかげさまで魔界はずいぶん、良くなったのですよ。当時は私たちも、状況を変えたくて必死でしたから……ルク様はクーデターによって王位を手に入れたということになっておりますが、正しくは私たち城の者を始めとする多くの者に、やらされた、というほうが正解なのかもしれません」
 テティさんはそこでふと、わずかに表情を曇らせた。申し訳ないと思っている。そんな顔だった。
 彼女一人のせいではないし、と思ってから、ルクの立場に回って考えて、はたと口を噤んでしまう。自らの目的や野心があって掴んだ地位ではないのなら、彼は自分の身に起こったあまりに大きな転機を、どう受け止めているのだろう。王になるという、普通では経験するはずのなかった出来事を、どんな思いで受け入れたのだろう。
 こんな力があったなんて、と喜んだだろうか。大きな城と広大な世界を手に入れたことを、あっさりと自負したのだろうか。彼の、そういう姿の想像がどうしてもつかないといったら――テティさんは、それは貴方が知らないだけですよ、と言うのだろうか。
「ルクは、やりたくないけど王様をやってるの?」
「それは……現在もそうなのかと訊かれれば、私にはどちらとも確信しかねます。今よりずっと若く、少年のようだったあの方を、ここまで来たら後戻りはできないと押し上げて、王位へ就かせてしまったのは間違いなく私たちですから。……ただ、とても温かく笑いかけてくださるようになったな、と。希望に過ぎないかもしれませんが、私はそう感じております」
 ぽつりと零れた本心からの疑問に、テティさんは一言一言、迷いながらもそう答えた。希望なんかではない、と思う。多分、今のルクは自分の立場も含めて、この城を嫌ってはいないはずだ。他所から飛んできて、過去の経緯を何も知らない私の目には、彼はこの城の人々を本当に大切にしているように思えた。
 無知な目だったからこそ、私が見たものが真実だったと私は期待したい。
「クーデターで先代の王を捕らえてすぐに、彼を処刑したのはルク様でした」
「え……」
「私たちは初めから、最後の最後は私たちの誰かが手を汚すつもりで、あの方に最も重い一振りを背負わせるつもりはなかったのです。でも、こんなことは誰がやっても後味のいいものじゃないから。王を倒したのは自分だから、自分はこの王の命に最後まで触れておく責任がある、と言って。……後にも先にも、そのときだけです。処刑場の鍵を開けるよう、ルク様が命じられたのは」
 頭の中に、冷たい石の処刑場が浮かんだ。見たことなどもちろんなく、現実味もないはずのその場所に、ルクの背中を想像する。血は苦手なんだ、と言っていたルクの姿を。私の知らない先代の王を引きずって、灰色の石の上を歩く、王になる直前の彼の後ろ姿を。
 ――ああ。もしかして、だから。
 ふと、つい先ほど目にしたアルさんの姿を思い出して、私は彼の過保護の根底にあるものに気がついた気がした。強い魔力を持って生まれたせいで、時の反乱に巻き込まれ、周囲から押される形で王になったルク。それでも彼は最終的に、自分の手で一つの時代を終わらせる決意をして玉座につき、先代の悪政を正していった。
 アルさんはそんなルクが、きっととても大切なのだ。もしかしたら彼もまた、前の時代を知る一人なのかもしれない。警戒心を持ってくれ、我が身を大事にしてほしいということは、貴方が王である日々が末永く続いてほしいのだという意味にもなる。
「もしかして、王様っぽくないって思ってたの、私だけ……?」
 想像以上に、この城の人々の心の深いところで、ルクは慕われているのかもしれない。知らなかった過去の出来事に、驚いたらよいのか悲しんだらよいのか、どんな顔をしたらよいのか分からなくなって、私は思わずそう口にしていた。
 王冠を被っているわけでもない。赤いマントを引き摺っているわけでもない。気弱で使用人に甘くて、威厳とは縁遠くて。


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