Y.真価


「らしいか、らしくないかで言えば、あまりそれらしい方ではないかもしれませんが」
「うん」
「お仕えして、共に生きてゆくには、私は今以上の主に出会えるとは思っておりません」
 それなのに、目の前に立っていなくても。心の中にいて、思い描くだけで、誰かをこんなにも満たされたように微笑ませたりする。
(ひと月経って、結構分かってきたつもりだったけど。まだまだ、何も知らないんだなあ。私)
 ルクが王様であり続けていることの一番の理由は、もしかしたらそこにあったのかもしれない。いつだったか、タリファさんもルクのことを話すときに笑っていた。私を見る兄の目によく似ていて、けれどその芯にある光がもう少し深い。血の繋がりはないけれど、まるで前世で繋がっていたみたいに大切にしている。そういう目だった。
「まあ、これは全部、ルク様が間違えたところを直していただきに行くのですけれど」
「……え?」
 しみじみと考え込んでいたところに、テティさんが放った一言で顔を上げる。
 これ、と。彼女が両腕の中で再び抱え直して示してくれたのは、間違いなく、あの山のような書類だった。ぜんぶ。オウムのように繰り返した私に、全部、とテティさんは律儀に答えてくれる。
 そうして、慣れた様子で事も無げに言った。
「どうも、ペンを持つ仕事が実はあまりお得意ではないようでして。集中が切れてくると、すぐ鏡文字の癖が出てしまうので」
 いつも、チェックが多くて大変なんですよ、と。言うなりテティさんは、大量の書類を抱えて器用にお辞儀をした。慌てて私も返し、執務室へ向かって歩き出した彼女の背中を、複雑な気持ちで見送る。
「小学生じゃあるまいし……」
 一世界の王が、集中力が途切れたからといって、鏡文字。私も昔はやっていたのかもしれないが、今となっては書こうと思っても書けない。それも、どれだけ頻繁に裏返せば気が済むのだろう。まさかとは思いたいが、あの書類に含まれる間違いというのは、すべてがそんなどうしようもないミスなのだろうか。
 危うく、見直すところだった。
 人から語られる過去の話というのは、ダイジェスト映像のようなものだ。多くの人は、それに残された部分より、残されなかった時間のほうが何倍もある。貴重な話を聞いたことで、実はすごい人なのかもしれないなんて思いかけていたが、ルクはルク。ダイジェストには残らない彼の一面を、主にそれしか知らない私はまた一つ、無駄に知った。
 間一髪だったわ、と思いながら、ぎりぎりになってしまった掃除の集合時間を思い出して、廊下を早足で歩き出す。途中、テティさんにルクの居所を教えるのを忘れてしまったな、と思ったが、振り返った先にはもう彼女の姿は見えなかった。
 多分、いま執務室へ行ってもルクは外出中だ。運よくテティさんが同じ道を通りかからない限り、もうしばらくは戻ってこないだろう。帰ったら執務室の机に、白い山ができているかもしれない。


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