第十四幕


 カラーン、カラーン、と花馬車乗りがベルを鳴らしながら、城の門へ繋がる大通りを進んでいく。空は穏やかな青天、まさしく春の陽気だ。例年より少し早かった雪解けのおかげで、毎年に比べて人の出が多いように思える。温かい風が、甘い砂糖菓子の匂いを乗せて通り去った。
「王子」
 陸橋の上からそれを眺めていた少年は、耳慣れた声に振り返って揺れた髪を押さえた。十をいくつか過ぎたくらいの、明るい茶色の目をした少年である。癖のない黒髪は、彼が手を離すと再び風に煽られて動いた。ここは下よりも風が強い。
「ウィル、準備は終わったのか?」
「ええ、お待たせして申し訳ありませんでした。夜に打ち上げる花火のことで、少々手間取ってしまいまして」
「そうか。僕ならもう少し待っているから、そちらを手伝ってきても大丈夫だぞ?」
「いいえ、もう無事に済ませて参りましたので。さあ、どこから行きましょうか」
 ウィルと呼ばれた従者は、身を屈めて少年のネクタイを整えてからそう聞いた。少年は歳のわりに大人びた格好で、真っ白なシャツに深いワインカラーのネクタイを締め、七分丈のパンツに短いブーツを合わせている。
 不思議とそのかっちりした服装が彼には落ち着いており、セピア色を基調としたベストのチェック模様だけが、少年を彼の本来の年代らしく見せている唯一の箇所だった。胸元に、蔓草の紋章を刺繍してある。金糸で縫った「アレステア」の文字が、そうだな、と考えるように視線を動かした少年の上でわずかに煌いた。
「……タトゥイ売りの店からでも、構いませんよ?」
 タトゥイは、色とりどりの卵の形をした小さな砂糖菓子だ。持ち手に風船を一つ結んだ篭に入れて、晴れの日によく売られる、この国の伝統菓子。欄干の隙間から彼が見ているものを理解して、従者がわざとらしく囁くようにそう告げた。少年は途端にどこか、悪戯っぽい顔になって笑う。
「父上に、怒られるぞ。また僕を甘やかしただろうと」
「良いのではありませんか、お祭りですから」
 従者がそう答えると、少年は彼の袖を引いて上機嫌に歩き出した。下では楽団が、その足取りを軽くするような音楽を奏で始めている。軽やかなピアノの音に合わせて、管楽器の晴れ晴れとした音が鳴り響いた。
 今日は、春黎祭(しゅんれいさい)。春の始まりを祝う、アレステア王国の祭りの一つだ。
「ウィル、去年は緑だったんだ。今年は青がいいな」
「青ですか、いいですね。あ、あそこの店に売っていそうですよ」
 タトゥイの上に結ばれた風船の色の話をしながら、少年と従者は陸橋を下りていく。町は家々の軒先にも飾りつけがされているおかげで、店の出ている通りだけでなく、ここから見渡すと全体が賑わっているのがよく見えた。カラーン、カラーンと花馬車のゆく音がする。ちょうど今、陸橋の下をくぐる。
 春黎祭の日は毎年、各国からも訪問があって、王と王妃である両親はその対応に忙しい。少年は挨拶だけ済ませたあと、こうして従者と共に祭りを回ることになっていた。子供のうちこそ自分の足で国を見ておくべきという両親の考えで、立場のわりには自由に散策している。城に戻った彼が両手に花と菓子を抱えて来客と鉢合わせても、両親は毎年のことだからと全く気にすることなく、挨拶を促すだけだ。
 今年もすでに、何人かと挨拶を済ませた。少年は握手をした人数を片手で数えて、わずかに足りずもう片方の手を費やす。これでも例年より少ない。午後にもう一度、顔を出しておいたほうが良いだろう。昼過ぎに到着する予定の人数だけで、確か、この倍はリストが出されていたはずだ。
 三代前の女王、カナリーの時代に、アレステアは今の外交の礎を築いた。それより以前はこの王国に、外国からの来訪者などほとんどいなかったらしい。彼女は交渉と社交に長けた女王で、それまでは小国であることを理由に内向的であった国を開き、数多の周辺国と和平条約を結ぶなど、国の安定と発展に力を発揮したという。
 これによりアレステア王国は「小さき石の国」と呼ばれるまでになった。小国ながら頑丈で、傷つきにくく、堂々と構える。外から見たアレステアの気風を、分かりやすく表した言葉だ。少年はこの通称が、なかなかに気に入っていた。


- 41 -


[*前] | [次#]
栞を挟む

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -