第十四幕


 わあっと、噴水の前で歓声が上がる。騎士による剣術披露の大会に、今年も優勝候補が登場したらしい。ここからでは鎧の紋章までは見えないが、恐らく誰か、グラン家の者だろう。彼らの血脈には、剣の才を持つ人間が多い。
 グラン家といえば、「騎王」ことハイエル・グランは、前述の女王、カナリーの夫であった。騎士の身分でありながら王となり、カナリーと共に現在のアレステアの基盤を作っていったとされる。
 彼は王の身となってからも、常にその腰に剣を携えて手離さなかったという。彼自身の言葉を記録したとされる当時の兵士の手記によれば、その理由は「女王の最も傍に立っている人間は自分だから」だそうだ。
 国を守るため、周辺国との関係を築くため、日々面識のない土地へも出向いていたとされるカナリーを、常に傍らで護り続けたとされる王。騎士のような王、という言葉が風に乗って広まり、いつからか人々が彼を、騎王と称したという。
 彼が王家に入ったことで、直系のグラン家は一度絶えたが、後に彼の二人の息子のうちの弟が王家を出て、グラン家を再興した。王家の血の濃い家となったが、彼らは再興後も、基本的には騎士としての生涯を選んでいる。現在の当主、ディック・グランは、ハイエルが創設したアレステア流剣術指南場の代表師範だ。騎士を志す子供からそうでない子供まで、門を叩く者には平等に、この国の伝統の剣術を教える。
「おや、いらっしゃいませ。お買い物ですか」
「ええ、こんにちは。そこのタトゥイを一つ」
「有難うございます」
 青い風船のついたタトゥイを買って、それを片手に祭りの賑わいの中を歩く。時々、店主のように少年に気づく人がいたが、毎年のことなのであまり驚かれもしない。挨拶を交わして、従者と共に石畳の道を歩いていく。少年の機嫌がすこぶる良いので、これも毎年のことながら、彼はとうとうタトゥイを自分が持とうと申し出ることはしなかった。
 花馬車は城の前で止まり、中から降りた女性が集まった人々に季節の花を配っていた。彼女は薄紫のドレスを着ている。理由は伝えられていないが、春黎祭で花を配る女性は毎年、薄紫を纏うのが伝統のようだ。
 この祭りを始めたのもカナリー王女の時代のことだそうで、文献によれば彼女は本来、当時の王の弟の娘であったらしい。王には「生まれなかった王女」と呼ばれた娘があって、騎王ハイエルは当初、その王女と結婚するはずであった。
 しかし、時を経て彼はカナリーと結ばれ、二人はこのアレステアを大いに発展させた。その喜びを亡き王女にも届けようということで、彼らは彼女の誕生するはずだったこの季節に、毎年小さな祝祭を計画したという。
 それが、春黎祭の始まりだそうだ。話を聞いた町の人々が、それならばと自分たちも軒先に花を飾った。通りが色鮮やかになり、人々が自然に集まってきて、店が出された。手品師や楽団がそれを見てやってくるようになり、賑わいを聞きつけて、人々は一層集まり始める。
 やがてそれが、一つの大きな行事となった。そんなふうにして作られていったものだから、いつから始まった祭りなのか、正確なことは分からない。分かるのは、当時の人々がそれを大切に後世へ伝えようとしたということだけだ。
 少年は風船の向こうに広がる空を見上げて、写真でしか見たことのないハイエルを思い浮かべた。彼がやってくるまで、王家に黒髪の血はない。生まれ変わりのようにそっくりだといって、祖父はよく少年の髪に触れ、懐かしそうにその目を細めたものだった。
「見てください、王子。荷車の花売りが来ていますよ」
「え?」
 ――ハイエル、か。
 少年が青い風船を高く上げてみたとき、従者がふいに彼の肩を叩いてそう言った。楽団の演奏する音楽に紛れて、その声は所々、聞き取りづらく届く。
 花売りだというのは少年にも聞こえた。確かに立ち寄ることもあるが、花は春黎祭で最も売られる品物だ。何か特別に目を引くものでもあったのだろうかと、帽子売りの店に向かいかけていた足を止めて振り返る。従者が人の波の向こうに手を伸ばして、あそこです、と一つの角を指差した。


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