第十三幕


 アレステア王国を思い続けるライラの気持ちも、それをやがて一人、託されるカナリーの存在も。自分にとっては、どちらもかけがえがなく、手を離すことのできないものだと分かったのだ。だからこそ、ライラの大切に思うものを、思いながらその手で守っていくことのできなかったものを。託されたこの手は、ウツロワでカナリーの手を取ることを選んだ。それでも。
「ライラ、右手を出していただけませんか」
「何ですか?」
「結論を見出した今、左手を取ることはかないませんが――」
 ハイエルは片手でライラの右手を取り、もう片方の手でポケットから取り出したものを差し出した。手のひらを上向けて出された手を、少し笑って裏返す。
 かすかに冷たい感触に、ライラが瞬きをして、やがてその目を大きく見開いた。
「婚約者であったことも、そこに相応な気持ちがあったことも嘘ではありません。貴方に覚えていてもらいたいだけではなく、私もまた、それを覚えていたい」
「ハイエル……」
「誇りに思いますと、申し上げた通りです。貴方を、忘れません」
 ハイエルの手が去った場所に残されていたものは、ライラの薬指にぴたりと嵌る、銀の指輪だった。彼の眸と同じ、紫黒の石が一つ飾られている。周囲を覆う細い銀の装飾は蔓草のようで、アレステア王国の紋章を彷彿とさせた。鏡のように澄んだ銀色が、ライラの肌によく似合う。
 何だかありきたりですね。自らそう笑ったハイエルに、ライラはつられて笑いながらも、その首を横に振った。月明かりのごとく光る花が、互いの姿を照らしている。
 例えこの先にいくつの幸福が訪れたとしても、今生で最も美しい瞬間は、今このときだろう。それでいい。目に映る風景を焼きつけるようにそう願ったハイエルの手を、今度はライラが取り、彼女はその場にゆっくりと膝を折った。
「有難う、ハイエル。――ハイエル・グラン、貴方の生涯に、この先も数多の喜びが訪れますように」
 歌うように紡がれた祈りを胸へ抱いて、ハイエルはその手を引いて彼女を立たせ、今度は自分が膝をついた。見上げれば、アイスブルーの眸がハイエルを見つめている。光がまた一つ、その目の中に咲いたように見えた。
「ライラ・オル・アレステア。次の世界での貴方が、多くの愛と、喜びに満たされていることを願って」
 指輪を授けた手に、口づけを落とす。心からの祈りに、周囲に咲いた花が一斉にその明るさを増した。トコロワが、月夜のごとく眩しくなる。どちらからともなく、同じ言葉が最後になることを分かっていた。
「また、いつか――……」
 伽羅の香りに包まれて抱き締めた体は、意識が消えるその瞬間まで温かかった。


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